騒がしい学園と取り残された王子様
カトリーナが公爵家の改革に精を出している頃、学園のサロンは不穏な噂と困惑に包まれていた。
「ねえ、聞いた? カトリーナ様、あの大騒動のあと、一度も取り乱すことなく静かに帰宅されたらしいわよ」
「ええ……。リュシアン殿下に何を言われても、まるで反抗期の子どもをあやすごとく『あらあら』と微笑んでいらしたとか……」
生徒たちの間では、断罪イベントでのカトリーナの「あまりにも落ち着き払った美しい所作」が、尾ひれをつけて広まり始めていた。
悪役令嬢として恐れられていたはずの彼女が、実は圧倒的な気品と大人の包容力を持っていたのではないか——そんな噂すら流れ始めていたのだ。
そんな噂の中心で、一番イライラを募らせていたのは第一王子リュシアンだった。
「……くそっ! なんだあの態度は!」
豪華なサロンのソファーに深く腰掛け、リュシアンは忌々しそうに杯を机に叩きつけた。
あの日、大勢の前でカトリーナの悪行を咎め婚約破棄を突きつけた時。
自分は間違いなく勝利し、彼女が泣いて縋り付いてくるか激怒して醜く暴れるものだと思っていたのだ。
それなのに、彼女が向けたのは悲鳴でも怒号でもなく——まるで幼子を見るような、温かくもどこかすんと澄んだ「呆れ混じりの眼差し」だった。
(俺は……馬鹿にされたのか? あいつに……っ!)
プライドを酷く傷つけられたリュシアンは、手元のお茶を飲み干そうとして、思わず眉をひそめた。
「……おい、レオン。この茶はなんだ。ぬるいし、妙に苦いぞ」
傍らに立つ側近のレオンに苛立ちをぶつける。
普段なら、カトリーナが陰で指示を出していたおかげで、リュシアンの好みに合わせた完璧な温度と茶葉のお茶が絶妙なタイミングで差し出されていたのだ。
「……申し訳ございません、殿下」
レオンは静かに頭を下げたが、その瞳はどこか遠くを見つめていた。
レオンの胸の中には、あの日カトリーナからこっそり手渡された「疲れに効くハーブの小瓶」の感触が、今も鮮明に残っていた。
(カトリーナ様は、殿下が気付かないところで、どれほど細やかに殿下や周りの体調を気遣っておられたか……)
毎日仕事に追われ過労で倒れそうだった自分に気づいてくれたのは、主人である王子ではなく悪役令嬢と罵られていたカトリーナだったのだ。
「レオン! 聞いているのか! カトリーナの奴、実家に引きこもって泣いているに決まっている! 近いうちに頭を下げて泣きついてくるはずだ!」
鼻息を荒くするリュシアンに対し、レオンはどこか冷ややかな、そして切ない思いで心の中で呟いていた。
(いいえ、殿下……。カトリーナ様があなたに泣きつくことなど、決してございません)
男たちの思惑がすれ違う中、カトリーナのいない学園の均衡はゆっくりと崩れ始めていた。




