親交-鮮やかな閃き-1
学院に重厚な鐘の音が響き渡る。
レイチェルはそっと息をついた。教師が授業のまとめを完結に伝えると、帰り支度を始める生徒で教室はすぐに賑やかになった。レイチェルも教材をまとめ始めるとクラスメイトの令嬢達がレイチェルの周りに集まってきた。
「昨夜は楽しゅうございました。」
「大変貴重なワインを惜しげもなく振る舞われるなんて」
「さすがアッシュフォード公爵家ですわ」
「王国一の資産家ですものね」
「領地運営もさることながら事業にも明るくて」
「レイチェル様の機転も素晴らしく」
「流石完璧な淑女たるレイチェル様でございました」四方八方から美辞麗句がかけられる。
いつものことだが、昨夜のパーティのあとなので集まる人数がいつもより多かった。
予想通りであったので、レイチェルは微笑みながら返した。
「まぁ、皆様に楽しんでいただけて幸いですわ」
皆賛辞を送ってくるが、どこか落ち着きがなく、1番話題に上げたいことについて誰か口を滑らさないかと期待して浮き足立っているのが察せられた。
しかしアッシュフォード家主催のパーティで刃物をつかった私情にまみれた騒ぎなんて、公爵家を侮辱するようなものだ。騒動を収めたレイチェルの手腕を話題にあげることができても、騒動についてや、まして解決をした謎の令嬢のことを楽しげに話すわけには行かない。
親の目のない学舎といっても、小さな社交界と同じ。流石に自分から話題にするわけにはいかないがどうしても話したいといった気持ちがあからさまだった。
「皆様、この後のご予定は?」
「ございませんわ!」
レイチェルの質問に食い気味な返答が返る。
レイチェルは笑みを深めると、話を聞きながらまとめていた鞄を手に持って立ち上がった。
「あら、そうですの。私は図書室に参りますわね。」予想とは違った返答だったのだろう、思わず目を瞬かせた令嬢にレイチェルはにっこりと微笑みかけた。
「返却日なんですの。アリア・マレスティをご存知?私、彼女の小説を初めて読んだのですけど、とっても面白くって。おすすめいたしますわ。他の作品って蔵書にあるのかしら。」
「えっと、ぞ、存じませんわ」
「あら、そうですの。じっくり探してみますわね。それでは、皆様ごきけんよう。」
レイチェルが歩き出せば令嬢達はそっと道を開ける。口々にご機嫌ようと返すが、その声は僅かに気落ちしている。
レイチェルから予定を聞かれお茶に誘われることを期待したのだろう。
無邪気そうに振る舞ってレイチェルは教室を後にした。
ちなみに、アリア・マレスティはデビューしたばかりの小説家で、世に出ている作品は一冊のみだ。
ゆるくウェーブがかかった長い金髪に薄い紫の瞳は美しく。垂れた目尻とぽったりした小さな唇は微笑みを絶やさず、鈴を転がすような声は周囲を和ませる。
温和な性格でありながら努力を怠らず、学院での成績は常に首位。
美しく品のある所作は公爵家に相応しいと、レイチェル・アッシュフォードは完璧な淑女と謳われている。
幼い頃から最上級の家庭教師に囲まれ、学院の授業内容など既に学んだものであったが、レイチェルは予習復習をかかしたことはなかった。
学院の宿題と予習復習が終われば家庭教師によるマナー講習や領地、屋敷の運営管理、各貴族について等々多様な勉強がレイチェルを待っていた。
静かにすべき図書室では話に花を咲かせることはできない。ましてや本を吟味したいというレイチェルを邪魔してまで図書室にくっついてくる令嬢などいるわけがなかった。
レイチェルとて嘘はついていない。
実際、図書室に本を返却して新たな小説を一冊借りると、ゆったりと歩き出した。
馬車を待たせている玄関ホールに向かってではなく、遠回りになるようにゆっくりと。
レイチェルにとって、授業終わりの静かな校舎を散歩することがちょっとした息抜きだった。
今日は図書室や資料室がある別館を散歩しようと、階段を降りて踊り場を曲がると、前方に艶めく黒髪が見えた。レイチェルは目を見張った。
窓ガラスから降り注ぐ陽光を受け、黒髪は艶やかに輝いていた。絹糸の様な髪には淡い光の輪が浮かび、その美しさに思わず目を奪われる。
きちんと整えられた制服姿は清楚で、伸びた背筋や細く白い手足がより一層その印象を際立たせていた。黒い靴下から覗く白い肌との対比すら眩しい。
斜め後ろから見えた白い肌に映える薔薇色の頬。そのすぐ先には同じ色をした薄い唇が僅かに動いている。
気づけば、誘われる様にそっとその背中に近づいていた。
もう少し近くで見てみたい。
コツ、となった自分の靴音にハッと我に帰った。
前を向いていたアナスタシアが振り返ってレイチェルを見た。
「アッシュフォードさん、ごきげんよう。」
アナスタシアの側に教師がいたことに気づかなかったレイチェルは、しかし驚きをおくびにも出さずに微笑んだ。
「ごきげんよう先生。少し、お散歩を。」
早まりそうになる口調を抑えようと、無意識にほんの一瞬唇を舐めた。
普段の自分では絶対にしない、一瞬の所作の乱れに今更気づき、そっと指先を唇に添えた。
「先生、こちらの方は?」
「彼女はアナスタシア・マーシャル侯爵令嬢です。明日付けで本校に転入されるので、本日は校舎を案内していたのですよ。」
レイチェルははやる気持ちを抑えアナスタシアに向き合う。
「ごきげんよう。レイチェル・アッシュフォードと申します。」
レイチェルが略式のカーテシーを取ると、アナスタシアもそっと膝を折った。
無駄のない洗練された所作だった。
「アナスタシア・マーシャルと申します。」
「ええ。昨夜以来ですわね。」
レイチェルの言葉にアナスタシアが訝しげに目をすがめるも、続いたレイチェルの「我が家主催のパーティにいらしてたでしょう?」の言葉で納得したのか目を細めて笑った。
「先生、よろしければ私がマーシャル様をご案内しても?」
「よろしいのですか?」
「ええ、もちろんですわ。」
「では別館は終わったので、あとは本館をお願いしますね。」
レイチェルはにこやかに頷いた。




