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出会い-何よりも眩いもの-




「お前との婚約を破棄する!」




艶やかな装飾を纏う絢爛豪華な舞踏会。楽団の奏でる優美な音楽を割く無粋な声。周囲の視線を浴びてなお伯爵令息の語気は荒いままだ。



「学園でも数々の陰湿な嫌がらせを行うばかりか、よりによってパーティ中にミレイ嬢のドレスを引き裂くなど野蛮な!貴様には愛想が尽きた!」

「マイク様、私とても怖かった・・・!」

「可哀想なミレイ。大丈夫、こんな女すぐに処罰してやる!」



人でひしめき合う広間だったが、騒ぎの中心の3人を避けるように、周囲の人々は自然と距離をとっていた。おかげで、騒いでいる集団の顔ぶれが少し離れたところからでもよく見えた。


最近、貴族学院でも話題にあがるマイク・カークランドと、その彼にしなだれかかるのは男爵令嬢のミレイ・マッケイン。そして2人に向かい合うように立つアン・スチュアート伯爵令嬢。



マイクに指を刺され声高に婚約破棄を告げられたアンは遠目に見ても顔を白くさせている。右手に持つシャンパンのグラスは小刻みに震え、透明な液体が波打った。突然の糾弾に動揺しているのがよくわかった。


「わ、私はなにも」

「白々しい!」マイクの声が響く。


「お前以外にだれがミレイ嬢に嫌がらせをするというのか!俺と仲の良い彼女をねたんでいるんだろ」

「マッケイン様に嫌がらせなどしておりません!ましてやドレスを傷つけるだなんて!」


悲鳴のような声だった。

音楽は小さくなり、楽しげだった周りの会話も今は潜められたものに変わっている。「あれが噂の」「このような場で・・・」そんな声が広間のあちらこちらから溢れていた。

貴族の通う学院で、この3人は最近話題にのぼりがちだ。婚約者を放り他の令嬢と懇意にする伯爵令息の行動と、浮気者の令嬢が訴える持ち物の紛失や損壊。

パーティの出席者には学院に通う者は多く、話題の人物の声に刺さる好奇と非難の視線。

誰も助けてくれない状況で、それらを16歳の少女が1人で受け止めるのは困難だろう。



「マイク様、もういいのです」


ミレイ嬢が小さく口を開いた。その目には涙が浮かんでいる。


「マイク様を困らせたくはないのです。」

「あぁ!ミレイ!」


震える声にたまらずミレイの肩をマイクがかき抱いた。

その拍子に揺れたドレスの袖は確かに裂けており、手首から肘までが露出していた。



一見すれば、陰気な女の嫉妬に耐える健気なヒロインと、それを守るヒーローのよう。

しかし、そもそも、他人の婚約者に手を出す女が悲劇のヒロインなわけが無い。


公爵令嬢のレイチェル・アッシュフォードは扇をあおぐように広げ、口元を隠した。

「あら、まぁ。困りましたわねぇ。」


このパーティの主催者である両親を目線だけで探す。集団から遠く離れた人垣に父の頭が見えた。

距離の近い自分が割り込んで場を収めようかと口を開いたところだった。








「お待ちください」








涼やかな声だった。


人々の視線が1人の少女に一斉に向く。

すらりと伸びる四肢に沿うよう広がるマーメイドドレス。艶やかな黒髪は癖ひとつなく、前を見据える瞳は大きなキャットアイ。広間を照らす無数の蝋燭の灯りを受けて輝くシャンデリアの煌めきを受け、彼女の青い瞳は眩い煌めきを放っていた。

きらきらと輝く瞳は、レイチェルの胸元を飾る最高級のサファイアでさえ色褪せるだろう。

レイチェルの足が引き寄せられるように静かに動いた。




「ドレスが傷つけられたのはいつのことでしょうか?」

突然現れた令嬢はアンの横に進み出ると、周囲の視線など意にも介さずマイクに質問する。

急な質問に驚きつつも、マイクは声をあげた。



「つい先ほどだ!ミレイ嬢の驚く声がしてすぐに確認したら、彼女の袖がぱっくり切れていたんだ。そばにはこの女がいて、こいつはいつも彼女に嫌がらせをしている!」

「私はしておりません!」

「見苦しいぞ!」

「切った瞬間を見たわけでは無いんですね?」

「側を通った瞬間に切られたんです!」


令嬢の質問にミレイが弱々しくもはっきりと答えた。


「あなた以外に見た方は?」令嬢が周囲を見渡すも手を上げるものはいない。

「あなただけが目撃者ですか」


令嬢が前に踏み出す。自然とアンを後ろに庇うような立ち位置になった。

「では、この女性がドレスを傷つけることは不可能です」


令嬢の発言にマイクが吠えた。

「何をいう?!」


怒声に怯むことなく、令嬢はミレイに質問を続ける。

「何を使って切られたのかわかりますか?」

「えっと、ナイフです!」

「そばを通った時に、ナイフで左腕を切り付けられたということですね?」

「その通りですわ」

「あなたの左腕は彼との間にあります。普通狙うなら右手だと思いますが」


令嬢は澱みなく言葉を発しながら歩みを進める。


「普通、エスコートとは男性が女性を剣で守るために男性の右側に女性を立たせます。剣は左側に刺してますからね。抜く時女性が左側にいるとやりづらいからです。由来はともかく、周りの方々もそのマナーを守ってる方がほとんどのようです。現にあなたも男性の右側に立っている。」


声を張り上げたのは伯爵令息。

「だからなんだと言うんだ!」


「すれ違いざまということはあなた方は手は組んでいたんでしょう。その組んでいる左手を狙って切りかかったのなら相当目立つ動きになります。パートナーのあなたが気づかないわけが無い。」

「しかし実際に袖が切れてるんだ!」

「ええ、きっと自分で切ったんでしょう。小さな手のひらほどのナイフであれば右手に隠せるでしょうし、自身で切るのならナイフを袖に引っかけ手前に引けば肘くらいまで一瞬で切ることは容易でしょう。」


令嬢の言葉にマイクとミレイはぎょっとする。戦慄く唇でミレイが叫んだ。

「私ではありません!」

焦るミレイなど眼中にないように令嬢が説明を続ける

「移動中の出来事です。すぐに声を上げないと罪を着せることができません。ナイフを隠す暇はなかったはずです。」


令嬢のほっそりした指がミレイの右手を指した。

「唯一の物証にもなる物です。隙を見て女性の側から見つかったと言えばいい。今もあなたは袖の中に隠しているはずです。」

そっと4人に近寄っていたレイチェルは、その言葉を聞きミレイの手を掴んで捻りあげた。

「きゃ!!」

「あら、まぁ。確かに硬い感触がありますわ」


ミレイの袖は先が広がる作りになっていて、捲り上げると細いベルトとそこに収納されている小さなナイフが見えた。レイチェルはベルトごとナイフを取り上げ、皆に見えるようにかかげた。ざわめきが広がる。


「なるほど、自作自演でしたか」

「アッシュフォード公爵令嬢!このような」

「このような騒ぎ、当家と致しましては問題とせざるを得ませんねぇ、マッケイン男爵令嬢。まさかパーティに刃物を持ち込むだなんて。」


そばに来た侍従にナイフを預け、ミレイを解放すれば、ミレイは顔を真っ青にしてそのまま地面に座り込んでしまった。


「お二人のお話は私も耳にしておりますわ。・・・でも、このようなことがございますと、いくつかの噂も疑わしくなってまいりますわねぇ。」

レイチェルは口を挟むつもりはなかったが、今回の一件で学院での噂、アンがミレイに嫌がらせをしているというのもミレイの自作自演かもしれない、とこぼしてみる。

レイチェルは両親の開催したパーティに唾を吐いた2人が許せなかった。


「それに、このような場で刃物だなんて。・・・切るのがドレスだけだった保証はありませんねぇ。」

暗に誰かの暗殺の可能性があったことを示唆すると、ざわめきは更に大きくなった。

「ご、誤解です」

血の気の失せた顔でマイクが訴える。先ほどまでの勢いは嘘のように萎れていた。レイチェルの冗談に、騒ぎを起こした傲慢な男の慌てる顔に溜飲を下げるも、大いに呆れた。


「あら、そうでしょうか?要人の集まる場にカトラリー以外の刃物を持ち込んでいることこそが問題です。カークランド伯爵令息、彼女のパートナーである貴方も彼女からナニカ伺っていたのではなくって?」



レイチェルが扇を振ると、控えていた公爵家の騎士達がマイクとミレイを拘束した。

「まぁまぁ、まさか!このお芝居のためだけにしでかしたなんて、短慮なことはないでしょう。この場に王族の皆様がいなかったことが幸いでした。詳しいことは憲兵にお話しなさいな」


マイク達が喚いて暴れるも屈強な騎士たちはものともせず彼等を淡々と引きずっていき、すぐに広間は静寂に包まれた。音楽が流れ出す。


「さて、皆様お目汚し失礼致しました。騒動のお詫びと言ってはなんですが、10xx年のブルドーを振る舞わせていただきますわ。ご賞味くださいませ。」

初めは戸惑いの空気があったものの、古城も買える額のワインが供されるとあって、会場の話題も移ろい、空気も落ち着いたようだった。


レイチェルはにこやかにアンと令嬢に近づく。

「スチュワート伯爵令嬢、災難でしたわねぇ。」

「アッシュフォード公爵令嬢、大変ご迷惑をおかけいたしました」

アンはまだ青白い顔をしていたが、だいぶ落ち着いてきたようで、レイチェルに非礼を詫びる。きっとアンの頭の中では婚約者のしでかした騒動で公爵家から自分の家にどんな賠償が課せられることかと気が気ではないことだろう。しかしアンのできることは場を納めてくれたレイチェルに誠実に対応することしかなかった。


礼をとり、深く頭を下げるアンの肩に手をそっと触れ、顔を上げてとレイチェルは微笑んだ。

「うふふ、災害は予期することができぬものですわ。しかし、嵐は過ぎ去りました。スチュワート様のこれから見える景色は美しく変わることでしょう。」

レイチェルの穏やかな声に、アンの目からポロポロと涙が溢れた。「あ、ありがとうございます。」小さな嗚咽と礼が聞こえた。

レイチェルはメイドにアンを休憩所に案内するよう指示を出し、小さな背中を見送った。急いで周りを見渡すが、すでに近くに黒髪の令嬢の姿はなかった。



「レイチェル様、大変お疲れ様でした」

レイチェルが指示を出し終わるのを待っていたのだろう、騒動前に話していた令嬢達が集まってくる。見事な采配だったやらおべっかをする彼女達の言葉を遮ったレイチェルは今1番気になることを質問する。



「あの、どなたか先ほどの黒髪の令嬢をご存知?」



国の貴族なら全員の顔と名前を覚えている自信があったのに、レイチェルはあの令嬢が誰なのかわからなかった。しかし、パーティに来ている時点で自国の貴族であることは確定している。

誰かしら、黒髪といえばあちらの?あの年頃の令嬢なんておりました?なんて言って、どの令嬢もあてにならない。

普段姦しく、取るに足らない噂話に花を咲かせているくせに残念なことだと、レイチェルが溜息を扇で隠していると、側にいた婦人に話が聞こえていたらしく、朗らかに答えてくれた。


「アナスタシア・マーシャル侯爵令嬢ですよ。ご両親が外交官でいらしてずっと海外を飛び回っていたから殆どの方と面識はないと思いますよ」



「アナスタシア・マーシャル侯爵令嬢・・・」



チラリと自身の胸元に輝くサファイアに目を落とす。

蝋燭の灯りを受けた蕩けるような輝きもレイチェルにはどこか褪せて見えた。






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