第48話 婚礼の日、冬の部屋の窓辺で
婚礼は、春の小さな晴れの日に行われた。
王都の社交界なら、辺境伯の婚礼としては質素だと評したかもしれない。招待客は多くない。ベルモンド侯爵家、クロフォード伯爵家、基金の関係者、ノルデン城の主だった者たち。華やかな花輪より、温かい椅子と膝掛けが多い式だった。
私はそれで十分だった。
白い婚礼衣装は、以前の公爵家で着たものより軽い。胸元の刺繍には、小さな鈴と、南向きの窓を思わせる花が縫い込まれている。仕立て屋の母娘が手伝ってくれたもので、ミーナも小さな針仕事を一つ担当したという。
控え室で、リーナは私の裾を整えていた。
「曲がっていませんか」
「大丈夫よ」
「本当に?」
「本当に」
リーナは今日は緑の札を出している。体調は良い。ただし、式の後は必ず休む約束だ。
彼女は淡い水色のドレスを着ていた。マリアンヌの温室記録に描かれていた花を、ベルモンド家の職人が刺繍してくれた。亡き母の記憶と、今の暮らしが、一枚の布の上で静かに並んでいる。
「エリシア様」
「はい」
「今日から、カイ様のお嫁さん?」
「そうね」
「でも、わたしのお母様でもある?」
私は膝を折った。
「あなたがそう呼びたいなら」
「呼びたい」
「なら、変わらないわ」
リーナは少しだけ唇を噛んだ。
「お父様のお家では、結婚すると、誰かの席がなくなるみたいだった」
「ここでは増やしましょう」
「席を?」
「ええ。必要なだけ」
リーナは安心したように息を吐いた。
「じゃあ、今日の席も、あとで増やせる?」
「もちろん」
礼拝堂へ向かう前、カイ辺境伯が控え室の扉の外で声をかけた。
「入っていいか」
「まだだめです」
リーナが即答した。
「なぜだ」
「花嫁は、まだ秘密です」
「そういうものか」
「そういうものです」
扉の向こうで、カイ辺境伯が真面目に納得する気配がした。
私は笑ってしまい、リーナも笑った。
式は、古い礼拝堂で行われた。
雨の日に求婚された場所だ。今日は窓から春の光が入り、石の床を淡く照らしている。席には膝掛けが用意され、リーナの場所には小さな鈴が置かれていた。体調が悪くなった時、彼女が遠慮なく鳴らせるように。
誓いの言葉は、通常の婚礼文に少しだけ加えられた。
互いの名と意思を尊重すること。
役割を押しつけず、言葉を確認すること。
家族の鈴が鳴った時、聞こえないふりをしないこと。
司祭は最初、その文面に戸惑っていたが、カイ辺境伯が「我が家に必要な条項です」と言うと、何も言わなくなった。
指輪を交わす時、私は彼の手が少しだけ緊張していることに気づいた。
「カイ様も緊張するのですね」
「する」
「記録しますか」
「しなくていい」
小声で交わした言葉に、近くにいたリーナが肩を震わせて笑った。
式の後、私たちは冬の部屋の窓辺へ向かった。
ノルデン城に用意されたリーナの部屋だ。今日だけは、部屋に小さな花飾りが置かれている。派手ではないが、窓から入る光に似合っていた。
リーナは窓辺の椅子に座り、できたこと帳を開いた。
「今日の分、書いてもいい?」
「もちろん」
彼女は少し迷ってから、丁寧に書いた。
リーナ、お母様の婚礼で、席が減らないことを知った。
その一行を見た時、私は涙をこらえられなかった。
カイ辺境伯が、私の隣に立つ。
「泣くことは、予定に入っていない」
「予定外です」
「なら、許容範囲だ」
彼はそう言って、手巾を差し出した。
リーナが笑う。
窓の外では、春の光が雪解けの庭を照らしている。
私は指輪の内側に刻まれた鈴を、指でそっと確かめた。
妻の座ではなく、隣の席。
母役ではなく、選ばれた手。
その二つを抱えて、私はようやく、自分の名前で家族の中に座ることができた。




