第41話 ロアン母娘の裁定
※公爵家側の裁定を含みます。
ロアン母娘に対する裁定は、王都の小法廷で下された。
私は出席しないつもりでいた。リーナの体調を考えれば、私が王都まで出向く理由はない。だが、基金の運用を始めた以上、療養費の横流しに関わった者がどのように裁かれるかを知っておく必要があった。
カイ辺境伯は、私の同行に条件をつけた。
「傍聴のみ。発言しない。終わったらすぐ戻る」
「承知しました」
「相手が何を言っても、席を立たない。席を立つ必要があれば、私が先に立つ」
「それは命令ですか」
「安全手順だ」
その言葉に、私は逆らわなかった。
王都の小法廷は、冬の終わりの湿った空気に包まれていた。傍聴席には貴族だけでなく、新聞売りや商会関係者の姿もある。アルヴェルト公爵家の事件は、すでに社交界の噂ではなく、領地管理の失敗例として扱われ始めていた。
ロアン男爵未亡人は、以前よりも装飾の少ない衣装を着ていた。それでも首元の宝石だけは手放せなかったらしく、燭台の光を受けて硬く光っている。
カミラ嬢は青ざめていた。
彼女は私を見つけると、唇を震わせた。あの日、晩餐室で扇を持ち、母親の滞在を当然のように求めた女性とは別人のようだった。
裁定の内容は明確だった。
ロアン未亡人は、療養費から流れた金銭を受け取った事実を認め、男爵家の残る財産をもって返還に応じる。返還しきれない分については、今後の年金と領地収入から差し押さえられる。王都での社交出入りは禁止され、親族の監督下で地方へ移る。
カミラ嬢は直接の横領には関与していないが、療養部屋の明け渡し要求によって未成年者の健康を危険にさらしたとして、一定期間の社交停止を受けた。公爵との婚姻話は当然、消滅している。
ロアン未亡人は判決の途中で声を荒げた。
「私はただ、娘に相応しい待遇を求めただけです! 病弱な子どもの部屋一つで、なぜここまで」
その言葉に、法廷の空気が冷えた。
裁判官は、書類から目を上げた。
「部屋一つではありません。療養環境です」
静かな声だった。
「あなたが軽んじたものは、未成年者の生命維持に関わる環境です。貴族の体面より重い」
ロアン未亡人は口を閉じた。
私はその横顔を見ながら、胸の中に浮かぶ感情を確かめた。
勝った、とは思わなかった。
ただ、言葉が正しい場所に戻ったのだと思った。
部屋一つ。薪一束。薬一瓶。大げさだと笑われてきたものが、ようやく生命に関わるものとして扱われた。
閉廷後、カミラ嬢が私たちの方へ歩いてきた。
カイ辺境伯が半歩前に出る。私はその背中の横から、彼女を見た。
「エリシア様」
カミラ嬢の声は小さかった。
「リーナ様に、謝りたいと伝えていただけませんか」
「伝えるかどうかは、私が判断します」
「……はい」
彼女は扇を持っていなかった。両手は手袋の上から握りしめられている。
「私は、母を喜ばせたかったのです。公爵夫人になれば、もう誰にも見下されないと思っていました。リーナ様の部屋がどういう場所か、考えようともしませんでした」
私は黙って聞いた。
「許していただけるとは思いません。ただ、あの部屋を欲しいと言ったことを、今は恥じています」
謝罪は、弱い。
けれど、弱いから無意味だとは限らない。少なくとも、ロアン未亡人のように部屋一つと切り捨てる言葉とは違った。
「あなたの謝罪で、リーナの咳が治るわけではありません」
「はい」
「でも、あなたが二度と同じことをしないなら、謝罪には意味があります」
カミラ嬢は深く頭を下げた。
私はそれ以上、彼女を見なかった。
馬車に戻ると、カイ辺境伯が扉を閉めた。
「疲れたか」
「少し」
「後悔は」
「ありません」
私は窓の外の王都を見た。
この街には、私が泣きつかなかった晩餐室がある。リーナの部屋を奪おうとした人々がいる。けれど同時に、診断書を受け取った法廷があり、証言を聞いた人々がいる。
すべてを嫌いになる必要はない。
ただ、戻らなくていい場所を、戻らなくていいと認めればいい。
馬車が動き出すと、カイ辺境伯が膝掛けを差し出した。
「北へ帰る」
「はい」
帰る。
その言葉が自然に聞こえたことに、私は少し驚いた。
ノルデン城は、もう避難先だけではなくなっていた。




