第40話 公爵家からの手紙
ノルデン城へ戻ると、アルヴェルト公爵家から一通の手紙が届いていた。
差出人はジェラルドだった。
封蝋は公爵家の紋章ではなく、彼個人の小さな印になっている。裁定により、彼の財産と職務の多くは監査下に置かれ、紋章を使うにも制限がかかったと聞いていた。
私はしばらく封筒を見つめた。
手紙を読む義務はない。返事をする義務もない。けれど、逃げたまま心の中で何度も開き直すより、一度だけ現実として扱った方が、私には合っていると思った。
執務室でカイ辺境伯に告げると、彼は短く言った。
「同席する」
「私が一人で読むこともできます」
「できることと、するべきことは違う」
私は少し笑った。
「怖い人と会う時は、二人きりにならない」
「手紙も同じだ。言葉は部屋に入ってくる」
その言い方が真剣で、私は反論をやめた。
手紙は長くなかった。
謝罪の言葉。リーナへの面会を急がないという約束。療養費を横領した親族と家令を裁く手続きに協力していること。公爵家の一部を売却し、賠償へ充てること。そして最後に、私へ向けた言葉があった。
君が公爵家を出た日の夜、冬の部屋に入った。暖炉は消えかけていたが、部屋はまだ温かかった。私は初めて、あの部屋が誰のために守られていたのかを考えた。
遅すぎた。
遅すぎたことを、許してほしいとは書けない。
君が返事をしなくても、私はそれを罰として受け取る。
読み終えた時、私は紙を膝の上に置いた。
胸の中に強い怒りは湧かなかった。だからといって、許したわけでもない。怒りが薄まることと、傷が消えることは別だ。
「返事は?」
カイ辺境伯が尋ねた。
「しません」
「理由は」
「返事を書けば、また私はあの家の言葉に合わせて生きることになるからです」
私は手紙を畳んだ。
「謝罪を受け取るかどうかを、急いで決める必要もありません。彼の反省が本物かどうかを、私が見守る必要もない。私の暮らしは、そのためにあるのではありません」
カイ辺境伯は、静かに頷いた。
「いい判断だ」
「褒めていますか」
「褒めている」
あまりに平らな声だったので、私はまた笑いそうになった。
その日の午後、リーナにも手紙が来ていた。
ジェラルドからではなく、公爵家に残っていた古い書庫係からだった。リーナが幼い頃に読んでいた絵本と、マリアンヌの蔵書の一部を送る許可が下りたという連絡だ。
リーナは封筒を膝に置き、長い時間、考えていた。
「お父様からも、そのうち来る?」
「来るかもしれないわ」
「読まないと、悪い子?」
「いいえ。読むか読まないかは、あなたが決めていい」
リーナは少しだけ肩を落とした。
「読んだら、また寒い部屋に戻りなさいって言われそうで怖い」
「その時は、私もカイ様も、ミラ先生も、ネラもいるわ」
「鈴を鳴らしても?」
「何度でも」
リーナは枕元の鈴を見た。
それから、私の手を握った。
「お父様が変わっても、わたしはすぐには変われない」
「それでいいの」
私は彼女の手を包んだ。
「人を許すことも、許さないことも、体に無理をさせて急ぐものではないわ」
リーナは深く息を吸った。
「じゃあ、今日の帳面に書く」
彼女はペンを持ち、一行を記した。
リーナ、手紙をすぐ読まなくてもいいと知った。
私はその言葉を見て、ジェラルドの手紙をもう一度だけ思い出した。
遅すぎた謝罪は、たしかに届いた。
けれど、私たちはもう、遅すぎた言葉に合わせて歩幅を変えなくていい。
冬の部屋を出た時に選んだ道は、誰かの反省を待つ道ではない。
私たち自身の朝へ向かう道だった。




