第28話 クロフォード伯爵家への手紙
実家のクロフォード伯爵家へ手紙を書いたのは、判決から五日後だった。
父は病弱で、王都へ来ることができなかった。兄は領地の春支度で忙しい。代理人は来てくれたが、家としての本音はまだ分からない。離縁した娘が、血のつながらない公爵令嬢の療養後見人になる。弱小伯爵家にとって、喜ばしい話ばかりではない。
私は机に向かい、何度も書き出しを書き直した。
父上、ご心配をおかけしました。
これは違う。心配をかけたのは事実だが、謝罪から始めると、また私は自分を小さく置いてしまう。
父上、私は公爵家を出ました。
これも事実だが、あまりに硬い。
結局、私はこう書いた。
父上、私はリーナの療養後見人になりました。
そこから、判決の内容、リーナの体調、クロフォード家へ直接負担をかけないようベルモンド侯爵家とノルデン辺境伯家が支援すること、私がクロフォード姓へ戻ることを丁寧に記した。
最後に、少し迷ってから書き足した。
私は、家のために良い縁談を保てなかった娘かもしれません。けれど、寒い部屋で苦しむ子どもを置いてくることはできませんでした。お叱りは受けます。ただ、私は戻るのではなく、リーナと暮らす場所を作りたいと思っています。
書き終えると、手が少し震えていた。
カイ辺境伯が向かいの机で制度改正案を読んでいる。彼は私の震えに気づき、顔を上げた。
「実家か」
「はい。父がどう思うか、少し怖くて」
「クロフォード伯爵は、あなたを公爵家へ嫁がせた責任を感じているかもしれない」
「父は、家を守るために縁談を受けました。私も納得していました」
「納得していたから、傷つかないわけではない」
その言葉に、私は手紙を見た。
私はずっと、納得したのだから文句を言ってはいけないと思っていた。公爵家へ嫁いだ時も、ジェラルドに距離を置かれた時も、リーナの世話を任された時も。けれど、納得と我慢は同じではない。
手紙を封じると、少しだけ肩が軽くなった。
返事は、思ったより早く届いた。
父の字は震えていたが、文面は短く、はっきりしていた。
エリシア。よく帰らず、よく守った。お前を公爵家へ送った父として、謝らねばならない。だが今は謝罪より先に言う。クロフォード家は、お前とリーナ嬢を支持する。領地は小さいが、南の果樹園の収入から、療養基金へ毎年一定額を出そう。家へ戻りたい時は戻れ。戻らず進みたい時も、家はお前の背後にある。
私は手紙を読み終え、机に額をつけた。
泣いた。
声を上げず、けれど止めようともしなかった。
リーナは寝台の上で、心配そうに見ている。
「エリシア様、悲しい?」
「嬉しいです」
「嬉しいのに泣くの?」
「温かい部屋では、嬉しくても泣くことがあります」
リーナは納得したように頷いた。
「じゃあ、花丸?」
「花丸です」
父の手紙を、カイ辺境伯にも見せた。
彼は最後まで読み、静かに言った。
「良い背後だ」
「背後?」
「前へ進む時、背後があると倒れにくい」
私は手紙を胸に抱いた。
クロフォード家は強い家ではない。大金も大軍もない。けれど、私が戻らず進みたい時にも家は背後にあると、父は書いてくれた。
それは、私にとって新しい種類の支援だった。
翌日、兄からも手紙が届いた。
内容は父より乱暴だった。
ジェラルドを一発殴りたいが、法的に問題があるなら我慢する。リーナ嬢には果樹園の乾燥林檎を送る。お前は昔から寒がりなのだから北境へ行くなら厚手の靴下を履け。辺境伯が変な男なら知らせろ。
私は声を出して笑った。
リーナは乾燥林檎の部分に反応した。
「乾燥林檎、食べられる?」
「ミラ先生に聞きましょう」
「北境って寒い?」
「寒いでしょうね」
リーナは少し不安そうにした。
「でも、カイ様のお城には、暖かい部屋ある?」
「作ると言っていました」
カイ辺境伯は、北境のノルデン城にリーナの療養に適した部屋を用意すると申し出ていた。王都に残る選択肢もあるが、公爵家の影響が少なく、カイ辺境伯の監察保護が続けやすい北境は、安全面で利点が多い。ベルモンド侯爵家も、定期的に訪問する形を了承している。
私はリーナに聞いた。
「北境へ行ってみたい?」
「雪が多い?」
「多いと思います」
「寒いのは怖い。でも、暖かい部屋があるなら……見てみたい」
それが、今のリーナの正直な答えだった。
怖い。でも、見てみたい。
私は体温表の下へ書いた。
リーナ、北境を怖いけれど見てみたいと言えた。
その下に、自分のための一行も書いた。
エリシア、実家へ戻らず進むことを許された。
家は、戻る場所だけではない。
背後にあって、前へ進む足を支えることもある。




