表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
義娘の冬の部屋を明け渡せと言われましたが、母役の座も妻の座もお断りして公爵家を出ます  作者: 花守りつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/53

第26話 もう遅い謝罪

ジェラルドが私と話したいと言ってきたのは、判決の翌日だった。


 もちろん、二人きりではない。監察官立ち会い、カイ辺境伯同席、録音記録あり。リーナとの約束を破るつもりはなかった。

 面会室に入ると、ジェラルドは昨日より老けて見えた。

 礼服は整っているが、肩が落ち、目の下に影がある。公爵家の主人として人を見下ろしていた男が、今は椅子に座り、机の向こうで両手を組んでいる。


「エリシア」


 彼は私の名を呼んだ。


「君に謝りたい」


 私は座った。

 カイ辺境伯は斜め後ろに立っている。監察官が記録を始める。


「聞きます」


 私が言うと、ジェラルドは少し顔を歪めた。以前なら、私がすぐに「謝らないでください」と言うと思っていたのだろう。


「リーナのことは、悪かった。あの子がそこまで苦しんでいるとは思わなかった」

「なぜ、思わなかったのですか」


 ジェラルドは黙った。


「診断書がありました。体温表がありました。私は何度も説明しました。冬の部屋を奪えば悪化すると言いました。あなたは、なぜ思わなかったのですか」


 彼は視線を落とした。


「聞きたくなかったのだと思う」


 小さな声だった。


「マリアンヌが死んでから、リーナを見ると……自分の失敗を見ているようで。あの子が弱いのも、屋敷が暗くなるのも、全部、私を責めているように感じた。だから、君に任せた。君なら上手くやると」


 私は指を組んだ。

 その言葉は、初めて少しだけ本当のように聞こえた。

 けれど、本当だからといって許しになるわけではない。


「あなたが見たくなかったものを、私は三年間見ました」


 ジェラルドの肩が揺れた。


「リーナの咳。薬代の不足。使用人の冷たい目。あなたがカミラ様を隣に置く夜会。先妻に似ているから選ばれたのかもしれないという噂。それでも私は、妻として、母役として、家を守ろうとしました」


 私は息を吸った。


「でも、それは私の間違いでした。あなたが見ないものを私がすべて見れば、家が保てると思った。実際には、あなたはますます見なくなっただけです」


 ジェラルドは、顔を覆った。


「もう一度、やり直せないか」


 その言葉は、予想していた。

 だから、胸は大きく揺れなかった。


「できません」


 私は答えた。


「私はあなたの妻には戻りません。リーナも、公爵家の冬の部屋へ戻りません」

「リーナに会いたい」

「今は無理です。医師と監察官が許可し、リーナ本人が望んだ時だけです」

「私は父親だ」


 またその言葉。

 けれど、今の声には怒りより縋るような響きがあった。


「父親なら、待ってください」


 私は言った。


「あなたが会いたい時ではなく、リーナが会える時まで。父親という名が、あの子を急がせる理由にならないことを、行動で示してください」


 ジェラルドの目が赤くなった。


「君は、強くなった」

「強くなったのではありません。あなたに許可を求めるのをやめただけです」


 面会室が静かになる。

 ジェラルドは、しばらく何も言わなかった。

 最後に、低く言った。


「エリシア。君を妻として、大切にしなかった。すまなかった」


 その謝罪は、遅かった。

 遅すぎた。

 でも、遅い謝罪にも意味がないわけではない。私がそれを受け取るかどうかを、自分で決められるからだ。


「謝罪は聞きました」


 私は言った。


「許すかどうかは、今は決めません。私の人生は、あなたの謝罪に返事をするためにあるわけではありません」


 ジェラルドは、何か言いたそうに口を開き、閉じた。

 面会はそこで終わった。

 廊下へ出ると、カイ辺境伯が私の隣を歩いた。


「大丈夫か」

「はい。思ったより、揺れませんでした」

「まだ揺れてもいい」


 私は足を止めた。


「閣下は、そういうところがありますね」

「どういうところだ」

「強くあれとは言わないのに、立っている場所を用意してくださるところです」


 カイ辺境伯は、少し困った顔をした。


「立っている人間に、余計な荷物を持たせたくないだけだ」

「それを、世間では優しさと言うのでは」

「定義を確認する必要がある」


 私は笑った。

 控室へ戻ると、リーナが待っていた。彼女には、ジェラルドと話したことを隠さなかった。ただし、言葉を選んだ。


「お父様は、謝りました。でも、すぐに会うことはありません。あなたの体と気持ちが大丈夫になってからです」


 リーナはしばらく考えた。


「お父様、待てる?」

「それは、お父様が頑張ることです」


 リーナは頷いた。


「わたし、今は会わない。できたことに書いて」

「何を書く?」

「リーナ、今は会わないって決めた」


 私はその通りに書いた。

 もう遅い謝罪は、過去を消さない。

 けれど、こちらが未来を急がない理由にはなる。

 私たちは、私たちの速度で回復する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ