第26話 もう遅い謝罪
ジェラルドが私と話したいと言ってきたのは、判決の翌日だった。
もちろん、二人きりではない。監察官立ち会い、カイ辺境伯同席、録音記録あり。リーナとの約束を破るつもりはなかった。
面会室に入ると、ジェラルドは昨日より老けて見えた。
礼服は整っているが、肩が落ち、目の下に影がある。公爵家の主人として人を見下ろしていた男が、今は椅子に座り、机の向こうで両手を組んでいる。
「エリシア」
彼は私の名を呼んだ。
「君に謝りたい」
私は座った。
カイ辺境伯は斜め後ろに立っている。監察官が記録を始める。
「聞きます」
私が言うと、ジェラルドは少し顔を歪めた。以前なら、私がすぐに「謝らないでください」と言うと思っていたのだろう。
「リーナのことは、悪かった。あの子がそこまで苦しんでいるとは思わなかった」
「なぜ、思わなかったのですか」
ジェラルドは黙った。
「診断書がありました。体温表がありました。私は何度も説明しました。冬の部屋を奪えば悪化すると言いました。あなたは、なぜ思わなかったのですか」
彼は視線を落とした。
「聞きたくなかったのだと思う」
小さな声だった。
「マリアンヌが死んでから、リーナを見ると……自分の失敗を見ているようで。あの子が弱いのも、屋敷が暗くなるのも、全部、私を責めているように感じた。だから、君に任せた。君なら上手くやると」
私は指を組んだ。
その言葉は、初めて少しだけ本当のように聞こえた。
けれど、本当だからといって許しになるわけではない。
「あなたが見たくなかったものを、私は三年間見ました」
ジェラルドの肩が揺れた。
「リーナの咳。薬代の不足。使用人の冷たい目。あなたがカミラ様を隣に置く夜会。先妻に似ているから選ばれたのかもしれないという噂。それでも私は、妻として、母役として、家を守ろうとしました」
私は息を吸った。
「でも、それは私の間違いでした。あなたが見ないものを私がすべて見れば、家が保てると思った。実際には、あなたはますます見なくなっただけです」
ジェラルドは、顔を覆った。
「もう一度、やり直せないか」
その言葉は、予想していた。
だから、胸は大きく揺れなかった。
「できません」
私は答えた。
「私はあなたの妻には戻りません。リーナも、公爵家の冬の部屋へ戻りません」
「リーナに会いたい」
「今は無理です。医師と監察官が許可し、リーナ本人が望んだ時だけです」
「私は父親だ」
またその言葉。
けれど、今の声には怒りより縋るような響きがあった。
「父親なら、待ってください」
私は言った。
「あなたが会いたい時ではなく、リーナが会える時まで。父親という名が、あの子を急がせる理由にならないことを、行動で示してください」
ジェラルドの目が赤くなった。
「君は、強くなった」
「強くなったのではありません。あなたに許可を求めるのをやめただけです」
面会室が静かになる。
ジェラルドは、しばらく何も言わなかった。
最後に、低く言った。
「エリシア。君を妻として、大切にしなかった。すまなかった」
その謝罪は、遅かった。
遅すぎた。
でも、遅い謝罪にも意味がないわけではない。私がそれを受け取るかどうかを、自分で決められるからだ。
「謝罪は聞きました」
私は言った。
「許すかどうかは、今は決めません。私の人生は、あなたの謝罪に返事をするためにあるわけではありません」
ジェラルドは、何か言いたそうに口を開き、閉じた。
面会はそこで終わった。
廊下へ出ると、カイ辺境伯が私の隣を歩いた。
「大丈夫か」
「はい。思ったより、揺れませんでした」
「まだ揺れてもいい」
私は足を止めた。
「閣下は、そういうところがありますね」
「どういうところだ」
「強くあれとは言わないのに、立っている場所を用意してくださるところです」
カイ辺境伯は、少し困った顔をした。
「立っている人間に、余計な荷物を持たせたくないだけだ」
「それを、世間では優しさと言うのでは」
「定義を確認する必要がある」
私は笑った。
控室へ戻ると、リーナが待っていた。彼女には、ジェラルドと話したことを隠さなかった。ただし、言葉を選んだ。
「お父様は、謝りました。でも、すぐに会うことはありません。あなたの体と気持ちが大丈夫になってからです」
リーナはしばらく考えた。
「お父様、待てる?」
「それは、お父様が頑張ることです」
リーナは頷いた。
「わたし、今は会わない。できたことに書いて」
「何を書く?」
「リーナ、今は会わないって決めた」
私はその通りに書いた。
もう遅い謝罪は、過去を消さない。
けれど、こちらが未来を急がない理由にはなる。
私たちは、私たちの速度で回復する。




