第25話 判決の日
判決の日、リーナは法廷に入らなかった。
本人が聞くには負担が大きすぎる。判決内容は、私とミラ医師が後で分かる言葉に直して伝えることになった。リーナは控室で、ネラとレティシアと一緒に絵を描いている。紙の上には、新しい部屋の椅子が増えすぎて、窓が半分隠れていた。
私は法廷の席に着き、背筋を伸ばした。
カイ辺境伯が隣に座る。彼は何も言わない。ただ、机の下で一枚の紙を私の前へ滑らせた。
短い文字。
怖い時は、呼吸を数えろ。
私はその紙を見て、息を吸った。
一つ、二つ、三つ。
判事が入廷し、全員が立ち上がる。
判決は、長かった。
まず、リーナの後見について。
ジェラルド・アルヴェルト公爵の単独親権および後見権を停止。リーナは成年または再審理まで、エリシア・クロフォードを主たる療養後見人とし、ベルモンド侯爵家が血縁後見支援者、ノルデン辺境伯家が監察保護者として関与する。父親との面会は、医師と監察官の許可、本人の意思確認、第三者立ち会いを条件とする。
私は指先が震えるのを感じた。
主たる療養後見人。
母役ではない。妻の付属物でもない。私自身の名で、リーナのそばにいる権利と責任が認められた。
次に、療養費横領と薬の不正。
家令マルクスは横領、記録改竄、証拠隠滅関与で拘束継続。ベイン医師は医師資格剥奪に向けた手続きと刑事裁定へ。元助手と印刷所関係者も処罰対象。公爵家はベルモンド信託へ不正流用分を返還し、リーナの治療費と慰謝料を支払う。
ロアン母娘については、冬の部屋占有と療養費流用の認識があったとして、社交上の保護停止、受領した宝飾品の返還、監察局への協力義務が命じられた。
そして、ジェラルド。
公爵位の即時剥奪ではなかった。けれど、王家監督下での公爵家財務管理、リーナの後継権保全、ジェラルド本人の監察処分と一時的な登城停止、誘拐未遂に関する刑事審理への送致が決まった。
完全な破滅ではない。
だが、公爵家の名で何でも押し通せたジェラルドにとっては、十分な崩壊だった。
最後に、私の婚姻について。
白い婚姻の不履行、公爵家による財産利用、妻としての権限侵害が認められ、婚姻の無効に近い形での離縁手続きが開始される。私はクロフォード姓へ正式に戻り、持参金の返還と損害賠償を請求できる。
判事の声が、法廷に落ちる。
「家族の名は、弱い者の声を消すために用いてはならない。本件は、父、夫、家令、医師といった立場が、それぞれの責任を曖昧にするために利用された事案である。今後、療養信託を扱う貴族家に対し、記録提出と第三者監査の制度を整備するよう王立監察局へ勧告する」
制度。
マルクスの帳簿を見た時に考えたことが、判決文の中に入った。
私は、静かに息を吐いた。
隣で、カイ辺境伯が小さく頷いた。
ジェラルドは、判決の途中から顔色を失っていた。公爵家の財務管理に王家が入る。それは、彼が最も嫌う恥だったのだろう。彼は立ち上がり、何か言おうとしたが、警備兵に制された。
その時、彼は私を見た。
怒り、困惑、恨み、そして少しの恐怖。
以前の私は、その視線だけで謝っていたかもしれない。
今は、視線を返した。
あなたの怒りは、私の責任ではない。
言葉にしなくても、そう思えた。
閉廷後、控室へ戻ると、リーナが鉛筆を置いて私を見た。
「どうなった?」
私は膝をつき、彼女の目線に合わせた。
「あなたは、公爵家へ戻らなくてよくなりました。私が、あなたの療養後見人になりました。ベルモンド侯爵家も、ノルデン辺境伯家も、あなたを支えてくれます」
リーナは、瞬きをした。
「エリシア様と暮らせる?」
「暮らせます」
「お父様に、勝った?」
私は少し考えた。
「勝ったというより、あなたが息をしやすい場所を選べるようになりました」
リーナはその言葉を飲み込むように黙った。
やがて、枕元の鈴を手に取る。
ちりん。
廊下から、カイ辺境伯、ミラ医師、レティシア、ネラ、エルヴィンがほぼ同時に顔を出した。
リーナは驚いて、それから笑った。笑いながら、少し泣いた。
「いっぱい来た」
その一言で、私も泣いた。
温かい部屋では、泣いてもいい。
判決の日、私たちは泣いた。
それは敗北の涙ではなく、鈴を鳴らしたら人が来る世界へ戻るための涙だった。
お読みいただきありがとうございます。
本編の大きな裁定はここで一区切りです。物語はこの後、リーナの新しい部屋とエリシア自身の幸せへ進みます。応援いただけると嬉しいです。




