第24話 最終弁論
最終弁論の日、法廷の傍聴席はいっぱいになっていた。
貴族、新聞記者、医療関係者、ベルモンド家の親族、クロフォード家から来た父の代理人。冬の部屋をめぐる公爵家の争いは、もはや一つの家庭問題ではなくなっていた。療養費の不正、医師の責任、父権の制限、後妻の権利。人々は、それぞれ見たいものを見に来ている。
私は、見世物になることを覚悟していた。
けれど、リーナは見世物ではない。彼女は別室で待機し、必要がなければ法廷には入らない。それだけは、監察局とカイ辺境伯が徹底してくれた。
公爵家側の弁務官は、最後まで父親の権利を訴えた。
「ジェラルド公爵に過ちはあったかもしれません。しかし、父子の絆を完全に断つことは、リーナ嬢の将来にとっても不利益です。公爵家の継嗣である彼女を、血縁のない元夫人のもとへ置き続けるのは不自然であり、家の秩序を乱します」
家の秩序。
その言葉は、何度聞いても便利な布だと思う。中に何が包まれているか見せず、外側だけ整って見せる。
弁務官は続ける。
「薬の不正については、家令と医師が主導したものです。公爵は詳細を知りませんでした。誘拐とされる件についても、父親として娘と話したい一心であり、悪意はありません」
悪意がない。
リーナを雪の夜へ連れ出しても、悪意がなければ軽くなるのか。
私は机の上に置いた赤い糸付きの呼び鈴を見た。証拠として提出した後、リーナの希望で写しを作り、本物は返してもらうことになっている。
次に、監察局側の弁論が始まった。
薬の配合不正。療養費横領。冬の部屋の破壊。接触禁止違反。誘拐。眠り薬。父親の名の下で行われた一連の行為が、静かに積み上げられる。
そして、私の代理人が立った。
クロフォード家が紹介してくれた女性弁務官、アデル・クライン。彼女は小柄だが声がよく通る。
「本件で問われるべきは、父親か後妻かという名ではありません。誰が、リーナ嬢の呼吸を実際に守ったかです」
法廷が静かになる。
「ジェラルド公爵は父親です。しかし、その名は薬を濃くしませんでした。部屋を暖めませんでした。夜の咳を聞きませんでした。むしろ父親の名は、療養を妨げるために使われました」
ジェラルドの顔が強張る。
「一方、エリシア・クロフォードは実母ではありません。本人もそれを認めています。だからこそ彼女は、母役という曖昧な義務ではなく、記録と行動でリーナ嬢を守ろうとしました。薬代を払った。体温表を付けた。搬送令を申請した。法廷で証言した。そして何より、リーナ嬢本人が彼女を『選んだ家族』と呼びました」
私は息を詰めた。
選んだ家族。
リーナの言葉が、法廷の高い天井に届く。
アデルは、最後に呼び鈴を示した。
「この鈴は、リーナ嬢が助けを呼ぶために鳴らしたものです。子どもが助けを呼び、大人が応じる。その単純なことが、公爵家では長く行われませんでした。今後の後見は、この鈴が鳴った時に誰が来るのかを基準に判断されるべきです」
私は、目を閉じた。
その言葉は、私の胸に深く入った。
法廷では、家名や血統や権利が語られる。けれど、リーナにとって大事なのは、苦しい時に鈴を鳴らせるかどうかだ。鳴らした時に、誰が来るかだ。
休廷前、判事はリーナの面談記録を確認した。
本人は公爵家への帰還を拒否。エリシアとの生活を希望。ベルモンド侯爵家との交流を希望。ノルデン辺境伯の保護体制を安全と認識。
文章にすると淡々としている。
けれど、そこにはリーナが言葉を選んだ時間が入っている。
休廷中、私は廊下でアデル弁務官に礼を言った。
「呼び鈴の話をしてくださって、ありがとうございました」
「あなたが記録していたから使えました。良い証拠は、良い物語を持っています」
「物語ですか」
「ええ。ただし、法廷では泣かせるためではなく、判断を誤らせないために使います」
私は頷いた。
泣かせるためではなく、判断を誤らせないため。
それは、小説ではなく現実のための言葉だった。
控室へ戻ると、リーナは体を起こして待っていた。
「終わった?」
「弁論は終わりました。判決は明日です」
「鈴、使った?」
「使いました。アデル様が、鈴を鳴らしたら誰が来るかが大事だと言ってくれました」
リーナは真剣に考えた。
「じゃあ、わたし、いっぱい鳴らしてもいい?」
「必要な時は」
「嬉しい時は?」
私は少し笑った。
「嬉しい時にも、一回くらいなら」
リーナは枕元の鈴を鳴らした。
ちりん。
廊下にいたカイ辺境伯が、条件反射のように顔を出した。
リーナは驚き、それから笑った。
「嬉しい時の鈴です」
カイ辺境伯は一瞬黙り、真面目に頷いた。
「記録しておく」
その場にいた全員が笑った。
判決の前夜に笑うことができた。
それも、できたことに書いていいと思った。




