表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
義娘の冬の部屋を明け渡せと言われましたが、母役の座も妻の座もお断りして公爵家を出ます  作者: 花守りつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/53

第24話 最終弁論

最終弁論の日、法廷の傍聴席はいっぱいになっていた。


 貴族、新聞記者、医療関係者、ベルモンド家の親族、クロフォード家から来た父の代理人。冬の部屋をめぐる公爵家の争いは、もはや一つの家庭問題ではなくなっていた。療養費の不正、医師の責任、父権の制限、後妻の権利。人々は、それぞれ見たいものを見に来ている。


 私は、見世物になることを覚悟していた。

 けれど、リーナは見世物ではない。彼女は別室で待機し、必要がなければ法廷には入らない。それだけは、監察局とカイ辺境伯が徹底してくれた。

 公爵家側の弁務官は、最後まで父親の権利を訴えた。


「ジェラルド公爵に過ちはあったかもしれません。しかし、父子の絆を完全に断つことは、リーナ嬢の将来にとっても不利益です。公爵家の継嗣である彼女を、血縁のない元夫人のもとへ置き続けるのは不自然であり、家の秩序を乱します」


 家の秩序。

 その言葉は、何度聞いても便利な布だと思う。中に何が包まれているか見せず、外側だけ整って見せる。

 弁務官は続ける。


「薬の不正については、家令と医師が主導したものです。公爵は詳細を知りませんでした。誘拐とされる件についても、父親として娘と話したい一心であり、悪意はありません」


 悪意がない。

 リーナを雪の夜へ連れ出しても、悪意がなければ軽くなるのか。

 私は机の上に置いた赤い糸付きの呼び鈴を見た。証拠として提出した後、リーナの希望で写しを作り、本物は返してもらうことになっている。

 次に、監察局側の弁論が始まった。

 薬の配合不正。療養費横領。冬の部屋の破壊。接触禁止違反。誘拐。眠り薬。父親の名の下で行われた一連の行為が、静かに積み上げられる。


 そして、私の代理人が立った。

 クロフォード家が紹介してくれた女性弁務官、アデル・クライン。彼女は小柄だが声がよく通る。


「本件で問われるべきは、父親か後妻かという名ではありません。誰が、リーナ嬢の呼吸を実際に守ったかです」


 法廷が静かになる。


「ジェラルド公爵は父親です。しかし、その名は薬を濃くしませんでした。部屋を暖めませんでした。夜の咳を聞きませんでした。むしろ父親の名は、療養を妨げるために使われました」


 ジェラルドの顔が強張る。


「一方、エリシア・クロフォードは実母ではありません。本人もそれを認めています。だからこそ彼女は、母役という曖昧な義務ではなく、記録と行動でリーナ嬢を守ろうとしました。薬代を払った。体温表を付けた。搬送令を申請した。法廷で証言した。そして何より、リーナ嬢本人が彼女を『選んだ家族』と呼びました」


 私は息を詰めた。

 選んだ家族。

 リーナの言葉が、法廷の高い天井に届く。

 アデルは、最後に呼び鈴を示した。


「この鈴は、リーナ嬢が助けを呼ぶために鳴らしたものです。子どもが助けを呼び、大人が応じる。その単純なことが、公爵家では長く行われませんでした。今後の後見は、この鈴が鳴った時に誰が来るのかを基準に判断されるべきです」


 私は、目を閉じた。

 その言葉は、私の胸に深く入った。

 法廷では、家名や血統や権利が語られる。けれど、リーナにとって大事なのは、苦しい時に鈴を鳴らせるかどうかだ。鳴らした時に、誰が来るかだ。

 休廷前、判事はリーナの面談記録を確認した。

 本人は公爵家への帰還を拒否。エリシアとの生活を希望。ベルモンド侯爵家との交流を希望。ノルデン辺境伯の保護体制を安全と認識。

 文章にすると淡々としている。


 けれど、そこにはリーナが言葉を選んだ時間が入っている。

 休廷中、私は廊下でアデル弁務官に礼を言った。


「呼び鈴の話をしてくださって、ありがとうございました」

「あなたが記録していたから使えました。良い証拠は、良い物語を持っています」

「物語ですか」

「ええ。ただし、法廷では泣かせるためではなく、判断を誤らせないために使います」


 私は頷いた。

 泣かせるためではなく、判断を誤らせないため。

 それは、小説ではなく現実のための言葉だった。

 控室へ戻ると、リーナは体を起こして待っていた。


「終わった?」

「弁論は終わりました。判決は明日です」

「鈴、使った?」

「使いました。アデル様が、鈴を鳴らしたら誰が来るかが大事だと言ってくれました」


 リーナは真剣に考えた。


「じゃあ、わたし、いっぱい鳴らしてもいい?」

「必要な時は」

「嬉しい時は?」


 私は少し笑った。


「嬉しい時にも、一回くらいなら」


 リーナは枕元の鈴を鳴らした。

 ちりん。

 廊下にいたカイ辺境伯が、条件反射のように顔を出した。

 リーナは驚き、それから笑った。


「嬉しい時の鈴です」


 カイ辺境伯は一瞬黙り、真面目に頷いた。


「記録しておく」


 その場にいた全員が笑った。

 判決の前夜に笑うことができた。

 それも、できたことに書いていいと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ