第23話 リーナが選ぶ部屋
リーナの後見について、特別面談が行われた。
法廷ではなく、監察局宿舎の小さな面談室だ。白い壁に、低い机。椅子は大人用と子ども用があり、窓辺には小さな鉢植えが置かれている。リーナが疲れたらすぐ横になれるよう、隣室には寝椅子も用意された。
出席者は、監察官一名、ミラ医師、エルヴィン侯爵、カイ辺境伯、私。リーナ本人の希望で、ネラも部屋の隅に座った。
リーナは最初、緊張で手を握りしめていた。
私は隣に座りたいと思ったが、監察官から少し離れた椅子を勧められた。本人の言葉を聞くためだ。代わりに、リーナの手元には呼び鈴が置かれた。
「鳴らしてもいい?」
リーナが聞く。
監察官は微笑んだ。
「もちろん。休みたい時、質問が分からない時、誰かに来てほしい時に鳴らしてください」
リーナは頷き、鈴に赤い糸がまだ結ばれているのを確かめた。
面談は、ゆっくり進んだ。
「リーナ嬢。今、一番安心できる場所はどこですか」
「エリシア様がいる部屋です」
即答だった。
私は思わず膝の上で手を握った。
「ノルデン別邸、監察局宿舎、ベルモンド侯爵家、公爵家。場所としてはどうですか」
リーナは少し考える。
「公爵家は、いやです。冬の部屋は好きだったけど、もう怖い。ベルモンドのお家は、お母様のお話が聞けるから行ってみたい。でも、知らないお部屋は少し怖い。ノルデンのお屋敷は、鈴を鳴らしても怒られなかった」
監察官が丁寧に書き取る。
「エリシア様と暮らしたいですか」
「はい」
「エリシア様は実のお母様ではありません。そのことは分かっていますか」
リーナは、少しむっとした。
「分かっています」
その声に、子どもらしい強さが戻っていた。
「実のお母様は、マリアンヌお母様です。エリシア様は、エリシア様です」
「では、エリシア様をどう思っていますか」
リーナは私を見た。
私は、頷きたいのを我慢した。ここで合図をすると、彼女の言葉が私のものになってしまう。
リーナは自分で考え、ゆっくり言った。
「手を握ってくれる人。薬が苦い時に、苦いって言っていい人。怖い人と二人きりにしない人。母役じゃなくて……」
そこで言葉が止まる。
リーナは鈴を鳴らした。
ちりん。
監察官がすぐに聞く。
「休みますか」
「違います。言葉が見つからない」
部屋に、柔らかい沈黙が落ちた。
カイ辺境伯が、珍しく助け舟を出さなかった。エルヴィンも、ミラ医師も、ネラも待っている。
リーナは眉を寄せ、もう一度言った。
「母役じゃなくて、わたしが選んだ家族」
私は目を伏せた。
涙が落ちそうになったからだ。
監察官は静かに書いた。
本人希望。エリシア・クロフォードを「選んだ家族」と表現。
リーナは続けた。
「エルヴィン叔父様にも会いたいです。お母様のお話を聞きたい。でも、暮らすところは、エリシア様と相談して決めたい」
「カイ辺境伯については?」
リーナは少し笑った。
「鈴係」
カイ辺境伯が無言で瞬きをした。
「あと、書類を書く人。怖い顔だけど、鈴を鳴らしてくれる人」
監察官の筆が一瞬止まった。笑いを堪えたのだと思う。
面談の後、リーナは疲れて寝椅子に横になった。ネラが毛布をかけ、ミラ医師が体温を測る。
廊下に出ると、エルヴィンが私に言った。
「リーナは、あなたを選びました」
「重いですね」
「ええ。だから、一人で背負わないでください。ベルモンド家は、医療費と母方の記録を支援します。ノルデン辺境伯も、制度と安全を支えるでしょう。あなたは、リーナの手を握ってください」
私は、しばらく答えられなかった。
手を握ることは簡単に見えて、簡単ではない。熱がある時も、反抗する時も、私自身が疲れている時も、握ると決め続けなければならない。
「私で、よいのでしょうか」
小さく言うと、カイ辺境伯が隣で口を開いた。
「本人が選んだ。医師が安全上の条件を出す。支援者がいる。なら、次はあなたが自分で選ぶ番だ」
私が選ぶ番。
これまで私は、選ばれる側だと思っていた。妻に選ばれ、後妻にされ、母役を押し付けられ、都合よく使われた。
でも、リーナのそばにいることは、私も選ばなければならない。
義務ではなく、恐れでもなく、役でもなく。
「私は、リーナと暮らしたいです」
言葉にすると、胸が温かくなった。
「ただし、あの子を私だけのものにはしません。ベルモンド侯爵家にも会わせます。医師の意見を聞きます。怖い人と二人きりにしません。できたことを記録します」
カイ辺境伯が頷いた。
「良い条件だ」
「契約書にしますか」
「必要なら」
エルヴィンが笑った。
「ノルデン辺境伯、本当に契約書がお好きなのですね」
「約束を長持ちさせる道具です」
その返事に、私は笑ってしまった。
面談室に戻ると、リーナは半分眠りながら私を見た。
「エリシア様、怒ってない?」
「どうして?」
「選んだ家族って言ったから」
「怒りません。とても嬉しかったです」
リーナは安心したように目を閉じた。
「じゃあ、新しい部屋に、椅子いっぱい置いて」
「はい」
「鈴係の椅子も」
部屋の隅で、カイ辺境伯が静かに咳払いをした。
私は体温表の「できたこと」に、新しい一行を書いた。
リーナ、自分で家族を選ぶと言えた。
その文字を見て、私はようやく涙を一粒だけ落とした。
温かい部屋で泣く涙だった。




