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義娘の冬の部屋を明け渡せと言われましたが、母役の座も妻の座もお断りして公爵家を出ます  作者: 花守りつ


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第17話 妻の座を返します

本審問の三日目、婚姻についての審理が始まった。


 リーナの保護と療養費の問題が中心だと思っていた公爵家側は、明らかに動揺していた。けれど、カイ辺境伯が言ったとおり、私自身の権利を後回しにしてはいけない。私が妻としてどのように扱われたかは、リーナが守られなかった理由にもつながっている。


 白い婚姻。

 その言葉が法廷で読み上げられた時、ジェラルドの顔が赤くなった。


「夫婦間の私的な問題を、こんな場で」

「私的な問題ではありません」


 私は証言台で答えた。


「公爵家は、私の持参金とクロフォード家からの支援を受け取りました。その一方で、婚姻の義務を果たさず、私を公爵夫人として都合よく使いました。リーナの療養費が不足した時、私は妻として家計に発言する権利を求めましたが、実質的には与えられませんでした」


 弁務官が反論する。


「夫人は公爵家で生活し、身分を得ていました」

「身分は、薬代になりません」


 自分でも、少し声が硬くなったのが分かった。


「公爵夫人の肩書きがあっても、薪庫の鍵は開きませんでした。会計の決裁権もありませんでした。客人の前では妻として従えと言われ、リーナのために発言すれば母親ではないと言われる。私は、都合のよい時だけ妻で、都合の悪い時は他人でした」


 傍聴席が静かになる。

 ジェラルドは、私を睨んだ。


「君は、私に愛されなかったことを恨んでいるのか」


 以前の私なら、その言葉に傷ついたかもしれない。

 今は、不思議なくらい遠かった。


「いいえ」


 私ははっきり答えた。


「あなたに愛されなかったことではなく、あなたが愛していない人間から都合よく金と労力と沈黙を取ったことを問題にしています」


 カイ辺境伯が、机の上の紙を一枚めくった。まるで、今の言葉を記録に入れる位置を確認しているようだった。

 判事が、婚姻契約書を読み上げる。

 クロフォード家からの持参金。公爵家の管理権。リーナの療養補助に関する条項。夫婦の同居義務。後継ぎに関する規定。

 書類の上では、私は丁寧に迎えられた妻だった。


 現実には、夫婦寝室の扉は一度も開かなかった。社交の場ではカミラが夫の隣に立ち、私はリーナの体調を理由に欠席した女として扱われた。欠席したのは事実だが、理由は看病であり、看病が必要だった理由は公爵家の怠慢だった。


「エリシア・クロフォード」


 判事が問う。


「あなたは、この婚姻の継続を望みますか」


 法廷の全員が、私を見た。

 ジェラルドの顔には、どこかまだ余裕があった。私がリーナのために公爵家へ戻る可能性を、彼は捨てきれていないのだと思う。妻の座を人質にすれば、私が折れるとまだ信じている。

 私は左手を上げた。

 指輪の痕は薄くなっている。


「望みません」


 静かに言った。


「公爵夫人の座はお返しします。妻として従うことも、後妻として黙ることも、母役として利用されることも、すべてお断りします」


 ジェラルドが立ち上がった。


「エリシア、考え直せ。君は公爵家を出て、どこへ行くつもりだ。クロフォード家は君を庇いきれない。世間は、離縁された女に冷たい」

「離縁された女ではなく、離縁を求めた女として生きます」


 言葉にした瞬間、胸が震えた。

 怖くないわけではない。世間は確かに冷たい。実家も強くない。リーナの後見がどうなるかも、まだ決まっていない。

 それでも、公爵家へ戻る道よりは暖かい。

 判事は、婚姻不履行と財産管理の問題について、別途民事裁定に回すと告げた。ただし、リーナの療養費不正と関連するため、私の私費支出記録は本件証拠として扱われる。

 ジェラルドは椅子に崩れるように座った。


 彼は、妻がいなくなることより、妻が自分の意思で去ることに傷ついているように見えた。

 休廷後、廊下でカミラが私を待っていた。

 彼女は以前のように甘い笑みを浮かべようとしていたが、唇が震えている。


「エリシア様、わたくし、本当にそこまで悪いことをしたつもりはありませんの。ジェラルド様が、あなたは強い方だから大丈夫だと」

「私は強いから大丈夫だったのではありません。大丈夫ではないと言っても、聞かれなかっただけです」


 カミラは目を潤ませた。


「でも、わたくしも母を守りたかっただけで」

「誰かを守るために、病気の子どもの部屋を奪う必要はありません」


 言うと、彼女は何も返せなかった。

 廊下の先に、カイ辺境伯が立っている。怖い人と会う時は二人きりにならない。リーナとの約束を、彼も覚えていたのだろう。

 私はカミラから離れ、カイ辺境伯の方へ歩いた。


「大丈夫か」

「はい。今日は、妻の座を返しました」

「軽くなったか」


 私は少し考えた。


「軽くなったというより、寒くなくなりました」


 公爵夫人の座は、外から見れば厚い毛皮のようだった。けれど私には、濡れた布のように冷たかった。

 それを脱いだ今、私は薄着かもしれない。

 でも、自分の体温が分かる。

 カイ辺境伯は、短く頷いた。


「なら、次は風邪をひかない外套を用意する」

「それは比喩ですか」

「半分は比喩で、半分は実務だ。北境の外套は暖かい」


 思わず笑った。

 法廷の廊下で笑うには、場違いかもしれない。けれど、妻の座を返した私は、初めて自分のために笑った気がした。

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