第13話 本審問、冬の部屋の設計図
王都中央法廷は、冬の光を高い窓から取り込む作りになっていた。
石造りの床は磨かれているが、どこか冷たい。壁には王家の紋章と、法の女神を象った古い彫像がある。公爵家の晩餐室のような花も香水もない。ここにあるのは、木の机、書類箱、証言台、そして逃げ場の少ない沈黙だった。
リーナは別室で待機している。体調を考え、必要な時だけ証言することになった。ネラとミラ医師、レティシアが付き添っている。
私は証言台の前に立った。
正面には判事と監察官。右側にはジェラルドと公爵家の弁務団、カミラ、ロアン未亡人、家令マルクス、ベイン医師。左側には私とカイ辺境伯、監察局の補佐官たち。
ジェラルドは、今日は怒鳴らなかった。
濃紺の礼服を着て、父親としての威厳を整え、私を見る目にも哀れみの色を混ぜている。彼の隣でカミラが伏し目がちに座り、ロアン未亡人は膝に手を置いてため息をついた。
その姿だけ見れば、彼らは突然家族を奪われた被害者に見えただろう。
だから、私は最初に冬の部屋の設計図を出した。
「こちらが南棟二階、通称冬の部屋の改修図です。マリアンヌ前公爵夫人の実家、ベルモンド侯爵家から支出された療養費で作られました。床下の温水管、南窓の角度、換気口の位置は、すべてリーナの病状に合わせたものです」
図面が大きな板に貼られ、法廷の中央へ置かれる。
ただの部屋ではない、と視覚で示すためだった。
ミラ医師が続いて説明する。
「冬咳の患者は、冷気と湿気、急な温度差を避ける必要があります。この部屋は、日照と低温暖房を組み合わせることで、強い暖炉の熱に頼らず体を温める設計です。家具の位置も換気に関係します」
ロアン未亡人が扇を上げた。
「わたくしは、そんな危険な設備とは知らされておりませんでしたわ。公爵様が暖かい部屋だとおっしゃっただけですもの」
彼女は自分を守るのが早かった。
カイ辺境伯が、静かに一枚の写真板を出した。監察局の技師が撮った、冬の部屋の現状記録だ。療養棚が廊下に出され、大きな寝台が置かれ、床下の調整弁が外れている。
「この状態にしたのは、どなたの指示ですか」
判事が問う。
ロアン未亡人はすぐにマルクスを見た。マルクスは汗をかきながら頭を下げる。
「客人の体格に合う家具へ変更するため、使用人に指示しました。設備の重要性は認識しておりませんでした」
「療養室であることは知っていましたか」
「それは……はい」
小さな声だった。
私は図面を見つめた。
あの部屋で、リーナは何度も光を追った。冬の朝、白い窓辺に座り、息が楽な日は「今日は雲の形が犬みたい」と言った。あの子にとって冬の部屋は、贅沢な客間ではなく、外へ行けない季節の小さな庭だった。
「エリシア・クロフォード」
判事が私を呼んだ。
「あなたは、部屋の明け渡しを命じられた時、なぜその場で父親である公爵へ従わなかったのですか」
私は息を吸った。
「従えば、リーナが苦しむと分かっていたからです」
「妻としての義務より、子の療養を優先したということですか」
「はい。ただし、妻としても本来、家族の健康を守る義務があったと思います。公爵家では、その義務が『客人に逆らわないこと』や『夫の面子を保つこと』にすり替えられていました」
ジェラルドの顔がわずかに歪む。
「母親でもないのに」
彼が低く言った。
法廷の空気が止まる。
私は彼を見た。
「母親ではありません」
その言葉に、ジェラルドが勝ったような顔をした。
「だから、母役として我慢しろと言われる筋合いもありません。私はリーナの実母ではありませんが、あの子の体調を記録し、薬を買い、部屋を守ってきた人間です。実母でないから何も言えないのなら、実父であるあなたは何をしましたか」
ジェラルドの顔から色が引いた。
私は続けた。
「リーナが咳をしても、あなたは夜に一度も部屋へ来ませんでした。薬代が不足しても、会計を確認しませんでした。冬の部屋を奪えばどうなるか、医師に聞きませんでした。父親という名があるだけで療養を妨げるなら、その名はリーナを守りません」
法廷の隅で、誰かが小さく息を吐いた。
判事は私を止めなかった。
カイ辺境伯も、何も言わない。ただ、机の上に置かれた図面の端を押さえていた。紙がめくれないように。
次に提出されたのは、冬の部屋の維持費だった。
ベルモンド侯爵家からの信託金。公爵家会計での受領記録。実際の修理費。私費で支払った薪代。
数字が並ぶほど、部屋の温度が変わるようだった。
暖かさは、誰かの金と手間で作られていた。
それを「無駄に日当たりの良い部屋」と呼んだ人間の言葉は、法廷では軽くなっていく。
休廷に入ると、私は廊下へ出た。
硬い椅子に座っていた体が重い。壁際で深呼吸していると、カイ辺境伯が茶を持ってきた。
「飲め」
「命令ですか」
「提案だ。命令なら契約書を付ける」
私は茶を受け取り、少し笑った。
「閣下、今日の私はどうでしたか」
「証言として有効だった」
「人としては?」
彼は少し沈黙した。
「怒っていた」
「はい」
「だが、怒りに飲まれてはいなかった」
それで十分だった。
私は茶を飲んだ。温かさが喉を通り、胸に落ちる。
廊下の向こうで、リーナがネラに支えられて控室から顔を出した。私を見つけると、小さく手を振る。
私は手を振り返した。
冬の部屋の設計図は、法廷の中央に残っている。
あの部屋はもう戻れない場所かもしれない。けれど、その図面はリーナの未来の部屋を作るための証拠になる。
奪われた部屋を取り返すだけでは足りない。
奪われない部屋を、これから作るのだ。




