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EP31・紅き傀儡師(くぐつし)

フィンロッドの《慈愛の法》により、獣たちの脅威は去った。 だが、事態は何も解決していない。


「……バーレイグさん……ひどい傷……」


重力操作を解き、フェンリルの元へ駆け寄るレネ。 その視線は血の海に沈む身体と、それを膝に乗せて守るフィンロッドへと注がれる。 そして、湖畔にただ一人、虚ろに佇むアーシェへ。


「フィン……あの人を、止められる?」


「……うーん……」


応急処置をしながら、アーシェを見つめるフィンロッド。


「空っぽで、心がどこにもないにゃ。あのままじゃ、死んじゃう……」


二人の聖女が、洗脳されたアーシェと対峙する。 目的は「打倒」ではなく「救出」。


(どうすれば、彼女を傷つけないで……)


レネが次の行動を決めかねている、その時。


聖なる森の禁領区。 聖域の外が、次第に夜の闇に包まれていく。 水面に映る空が群青から漆黒へと変わり、不気味な静寂が支配する。


「…………」


微動だにしなかったアーシェの背後。 闇が、まるで意志を持ったかのように濃く、深く歪む。


「!」


異変に、いち早く気づくエリオット。 闇の中から、ゆっくりと姿を現す「何か」。


腰の曲がった、小柄な老婆の姿。 だが、人間ではない。 闇の中で両目だけが、獲物を狩る捕食者のように禍々しい「紅の眼光」を放ち、こちらを値踏みするように睨みつけている。


伝説に聞く「吸血鬼ヴァンパイア」そのもの。


その身体は、おぞましい様相を呈している。 ボロボロのローブの下、干からびた皮膚には無数の「赤い糸」が、体外に露出した血管のように張り巡らされ、不気味に脈打つ。


糸の数本が老婆の手から伸び、アーシェの背中、そして首筋へと深々と突き刺さり、接続されている。 アーシェが「空っぽ」だった理由。彼女を操っていた「傀儡師」の正体。


「……チッ……!」


舌打ちするエリオット。


(これは……最悪を超えてる。不味すぎるぞ……!)


情報屋としての頭脳をフル回転させ、現状を分析。 あの老婆が、アーシェの生殺与奪の権を握っている。下手に動けば、即座に命を奪われる。


(だが、それだけじゃねぇ……!)


視線が、老婆の体から脈打つ「赤い糸」に釘付けになる。


(あの飛び出た血管のような糸……あれに触れたらどうなる?) (答えは二つ。即座に感染して死ぬか……あるいは、アーシェのように操り人形にされるかだ……!)


こちらは瀕死。レネは消耗。フィンロッドは未知数。 敵は、人質を完璧に掌握し、触れることすら禁忌の「呪いの糸」を張り巡らせた吸血鬼。


詰み(チェックメイト)。 だが、この場にはもう一人、始祖たる聖女がいる。


「……こいつ、やばい匂いがするにゃ」


応急処置を続けながらも、幼い顔を険しく歪め、吸血鬼を睨みつけるフィンロッド。 自らの守護精霊を呼び出すべく、小さな手を天にかざす。


「わっちの守り手よ! 来るにゃ、ケンにゃん!」


呼び声に応え、空間が白銀の光を放って歪む。 重厚な蹄音と共に、巨大な影が躍り出る。


屈強な人間の上半身と、力強い馬の下半身を持つ、神話の存在――ケンタウロス。


「あいよッ! お嬢!」


巨体に似合わぬ深い知性を宿した瞳で、瞬時に戦場の全てを理解する。 瀕死の重傷者。消耗したレネ。人質のアーシェ。そして、それを操る紅の吸血鬼。


即座に対峙するケンタウロス。 だが、突撃はしない。「赤い糸」の間合いと、人質の存在を分析し、決して踏み越えない絶妙な距離を保ちながら牽制に入る。


「……チッ。厄介なのが出てきたねぇ」


初めて不快そうに舌打ちをする老婆。 背に負った巨大な弓を構え、紅い眼光の中心を正確に射抜く体勢を取るケンタウロス。


「お嬢に指一本でも触れてみろ。その心臓、射抜くぞ、亡者め」


いつでも殺せるという明確な殺意。 戦場は「傀儡師」と「射手」、二体の超常存在による一触即発の睨み合いへ移行する。


(クソッ、睨み合いかよ……!)


思案に暮れるエリオット。


(あれじゃ、状況が動かねぇ! ケンタウロスが動けば、婆さんがアーシェを殺す。婆さんが動けば、ケンタウロスが射る。だが、アーシェの呪いは解けない!)


どうすべきか。 思考の袋小路に陥っていた、その時。


灰色の梟、レーレンが舞い降りる。 その鳴き声は、先ほどのヒュドラ戦の時よりも切実で、何かを強く訴えかけている。


「! この感覚は……!」


爪が頭に触れた瞬間、不思議なシンクロ状態が発生。 レーレンの持つ森の「ことわり」と、エリオットの情報処理能力がリンクする。


『――システム・リンク。新アビリティ、『弱点看破ウィークネス・アナライズ』を起動します』


「な、なんだこれは!?」


困惑するエリオットの目に、世界が違う形で映し出される。 分析用のレンズを覗いているかのように、様々な情報が投影され始める。


老婆の姿。 その身体の中心、心臓のやや下にある一点が、チカチカと紅く点滅している。


(弱点……! あそこが奴の核か!)


ビジョンはそれだけでは終わらない。 視線が、囚われたアーシェへと移る。


吸血鬼から伸びる「赤い糸」が、首筋に接続されている。 しかし、「目」にはさらにその先が映し出されていた。


糸から流れ込む「呪い」が、身体のどの部分を「起点」にして精神を支配しているのか。 その「呪いのくさび」の位置が、淡い光の道しるべとなって明確に表示される。


(……見える。奴の弱点だけじゃない。アーシェの呪いを断ち切るための『道筋』が……!)


絶望の盤面に、ただ一つだけ存在する「解」。


(あの婆さんの心臓の下にある『弱点』と、アーシェの首筋を縛る『呪いの糸』! あの二つを、**「全くの同時」に、「一撃」**で断ち切らねばならない!)


この神業を実行できる存在は、ただ一人。 血の海に沈み、フィンロッドに膝枕をされながらも、意識を失うまいと耐えている男へと絶叫する。


「バーレイグッ!!」


「……るせぇ……聞こえてる……」


か細く応じる。


「今から俺の言うことを一言一句違わず聞け! テメェにしかできねぇ! 婆さんの弱点は心臓の指二本下! アーシェの呪いは首筋の赤い糸だ! 同時にやれ!」


「……無茶を……言いやがる……」


フィンロッドの肩を借り、激痛に耐えながら震える足で立ち上がる。 四肢はズタズタだが、銃を握る右腕だけは、まだ動く。


「レネ! フィン! 婆さんの注意を引き続けろ!」 「はいっ!」 「にゃ!」


再び牽制に入る二人の聖女。 そして、最後の希望を射手へと託す。


「ケンタウロス!」 「……あいよ。何だ、瀕死の旦那」 「弾丸が『消えた』コンマ1秒後、お前の矢で、アーシェの**『首筋の糸』**を狙え。殺すな、糸だけを断ち切れ」


「……フッ。神話の射手をナメるんじゃねぇよ」


要求が神業であることを理解しながらも、静かに弓を引き絞るケンタウロス。


「お前さんこそ、その震える腕で、当てられるのか?」


「……さあな」


震える右腕で、ルシファーズ・ハンマーを構える。 銃口は、まっすぐに吸血鬼の老婆へ。 【神晶球】が起動し、指示された「弱点」を完璧にロックオンする。


「……チッ。瀕死の獲物が、何をしようってんだい」


嘲笑う老婆。 引き金に指をかける。 瞳は冷徹に、しかし熱く燃えている。 嘲笑う老婆に対し、そして囚われた最愛の女性に対し、魂の底から告げる。


「呪いの運命いとは、この俺が断ち切る」


撃鉄を起こす音。


「……戻ってこい、アーシェ」 「お前が踊る場所は、誰かのてのひらの上じゃねぇ!」


狙うは、老婆の弱点。だが、その弾丸はまっすぐには飛ばない。


「――【空間キングオブディメンション】、縫い」


引き金を引く。 乾いた銃声。 放たれた魔弾は老婆へと向かう……と見せかけて、その手前で空間の隙間に潜り込み、忽然と姿を消す。


「!」


消えた弾丸の行方を探し、危険を察知して目を見開く老婆。 だが、それこそが仕掛けた「罠」の第一幕。 魔弾が消えた、コンマ1秒後。


「今だ、ケンタウロスッ!!」


ケンタウロスが矢を放つ。 今や老婆にとって「唯一の、目に見える脅威」となったその矢は、人質であるアーシェの「首」へと一直線に飛翔する。


「!」


自らを守るためではなく、人質を守るために、咄嗟にアーシェの前に赤い糸の盾を展開しようとする老婆。 最高傑作の「傀儡」を、ここで失うわけにはいかないからだ。


――だが、その全てが掌の上。


消えた魔弾への警戒を解き、目の前の「矢」から人質を守るために身を晒した老婆。 その動きによって、「弱点」が完璧な射線上に晒け出される。


まさに、その瞬間。 盾を展開しようとした背後の空間が裂け、次元を跳躍ワープしてきた魔弾が出現。


「な……に……?」


魔弾は、無防備となった「弱点」を、背後から正確に、そして静かに貫く。


――そして、同時。


ケンタウロスの矢が、アーシェの首筋に深々と突き刺さる。 だが、それは肉を貫く矢じりではない。 先端に結びつけられていたのは、神聖な**「破魔の霊糸」**。


矢は、アーシェの首筋に接続されていた吸血鬼の「赤い呪いの糸」だけを、完璧に射抜き、断ち切っていた。 協奏曲は、完璧に奏でられた。 **「消える魔弾」を、ケンタウロスという「必中の矢」**という最高のおとりとして使い、意識を誘導し、完璧な同時攻撃を成功させたのだ。


「が……あ……ぁ……」


信じられないという表情で見開かれる紅い目。やがてその光が消えていく。 同時に、呪いの糸が断ち切られたアーシェの身体が、ふらりと傾ぐ。


老婆の身体が崩れ落ちた、その直後。


「ヒヒ……ヒヒヒヒッ!!」


伏した吸血鬼の喉から、壊れた笛のようなわらい声。


「甘い……甘いねぇ! 銀も日光もないこの場所で、私が死ぬと思ったかい!?」


粘着質な音と共に、肉体が溶解する。 人の形を捨て、赤黒い血液と汚泥の塊へと変貌。 その粘液の塊から、数千、数万の「血管の呪糸」が爆発的に噴出する。


「全員、仲良く傀儡におなり!!」


全方位への無差別攻撃。 聖域全体を覆い尽くす呪いの網。避ける場所などない。


「チッ、まだくたばらねぇか!」


舌打ちするエリオット。怪物の正体を看破している。


「ダメだ! 奴の核は液体化して高速移動してる! 物理攻撃じゃ殺しきれねぇ! 奴を殺せるのは『銀』か『日光』だけだ!」


空のシリンダーを弾き出す。


「銀だと!? 生憎あいにくだが、吸血鬼狩りの装備なんて持ち合わせちゃいねぇぞ!」


「一瞬で焼き尽くすほどの『太陽』が必要なんだよ!」


太陽。この聖域に、そんなものは存在しない。 万事休すか。 その時、エリオットの視界にある「輝き」が映り込む。 背後にそびえ立つ、巨大な黄金樹レント。その葉が放つ、太陽のごとき眩い光。


「……あるじゃねぇか、『太陽』が!」


叫ぶエリオット。


「レント! あんたの葉だ! その『黄金』を寄越せ!」


黄金樹レントは、意図を即座に理解する。 巨木が震え、その枝から6枚の黄金の葉が舞い落ちる。


「レネ! その葉を『圧縮』して弾丸に巻き付けろ! 急げ!」 「はいっ!」


両手をかざすレネ。 舞い落ちる6枚の金葉が、《重なりの法》による超重力で極限まで圧縮され、溶解し、金色の液体金属となって宙を舞う。


瞬時にルシファーズ・ハンマーのシリンダーを開放し、弾丸を空中にばら撒く。


「フィン! 頼む!」 「にゃあ!」


フィンロッドの《慈愛の法》が、金色の液体と弾丸を空中で融合させる。 レントの「素材」、レネの「圧縮」、フィンの「融合」。 三位一体の連携により、空中で6発の**「黄金弾ゴールド・バレット」**が錬成される。


空中で完成した黄金弾を、手品のような早業でスピードローダーに装填し、ルシファーズ・ハンマーに叩き込む。 装填音。


迫りくる無数の呪糸。 その中心にある不定形の血塊を見据え、まず1発目を放つ。


「まずは、そのふざけた再生能力リジェネを封じる!」


発砲音。 黄金弾が血塊の中心に着弾する。


金。それは、錆びず、朽ちず、輝きを失わない「不変」の金属。 それが体内に打ち込まれた瞬間、吸血鬼の細胞に「変化の禁止」というくさびが打ち込まれる。


「ギィイイイッ!? 形が……変えられ……!?」 「身体が……元に……戻されるぅぅッ!?」


ドロドロに溶けていた血塊が、黄金の光に浸食され、強制的に収縮する。 不定形の怪物は自由を奪われ、見る見るうちに**「小柄な老婆」という、脆弱な人の形へと無理やり固定されていく。** 逃げ場のない「器」に押し込められた恐怖が、老婆の顔に浮かぶ。


「銀が聖なる毒なら、金は貴様を灼き尽くす太陽の輝きだ!」


ハンマーを起こす。 目の前にいるのは、もはや霧でも液体でもない。 「頭」があり、「心臓」がある、ただの獲物。


だからこそ、使う。 物理的な距離も、着弾までの時間も、すべてを無視する奥義。


「――時空を超えて、未来さきに待ってな」


「奥義――『ゼニス・プロフェシー(天頂の予言)』」


引き金を引く。 一度、二度、三度、四度、五度。 神速のファニング(連射)。


だが、銃声は一度も聞こえない。 黄金弾は、銃口から飛び出すことさえなく、フッ……と「消失」する。


発射された瞬間、弾丸は「現在」という時間を捨て、次元の狭間へと潜ったのだ。 空を飛ぶ過程プロセスなどない。 回避するための時間など、1秒も与えない。


老婆が「撃たれていない」と錯覚した、その刹那。


連続する衝撃音。 無理やり人の形に戻された老婆の身体―― その頭部、心臓、腹部、両腕の内部から、突如として黄金の閃光が炸裂する。


「が……!? い、いつの間に……中、に……!?」


外から撃ち込まれたのではない。 時を超えた弾丸が、防御不能の**「体内」にいきなり転移ワープ**し、固定された肉体を内側から食い破ったのだ。


「あ、ガ……予言、だ……と……」


不死の怪物は、自分がいつ撃たれたのかさえ理解できぬまま、内から溢れる黄金の炎に灼き尽くされ、灰となって崩れ落ちる。 完全に、終わった。


静寂が戻った湖畔。 呪いの糸が消滅し、支えを失ったアーシェの身体が、ふわりと倒れる。 硝煙を燻らせる銃をホルスターに戻し、痛む足を引きずりながらも素早く踏み込む。 その華奢な身体を、地面に落ちる寸前で優しく抱きとめる。


腕の中、アーシェの長い睫毛が震え、ゆっくりと瞼が開かれる。 そこにはもう、虚ろな闇はない。 何よりも愛した、透き通るような瞳がこちらを見上げている。


「……ん……兄、様……?」


「……」


安堵のため息を一つ吐き、いつもの憎まれ口を叩くように、困ったように肩をすくめて見せる。


「まったく……寝坊助なお姫様だ。目覚めのキスに『銃声』なんて、ロマンチックじゃなくて悪かったな?」


アーシェは状況が飲み込めないまま、しかし、その懐かしい温もりと、大好きな匂いに包まれていることに気づき、花が咲くように微笑む。


「……うぅん。最高の、目覚ましだったよ」


照れくさそうに鼻をこすり、彼女を強く抱きしめる。 黄金樹が見守る聖域で、二人の影が一つに重なった。

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