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EP32・:黄金の果実と招かれざる体質

バーレイグ——いや、ハーヴィーはアーシェを抱きしめ、全ての苦労が報われたような安堵感に浸る。だが、現実は甘くない。

洗脳から解き放たれ、瞳に光を取り戻したアーシェ。ふと身体に視線を落とし、息を呑む。

四肢はダイアウルフの牙によって無残に喰い千切られ、鮮血で染まっている。そして、その傷を負わせたのが、他ならぬ「自分自身」であった記憶。それが鮮明に蘇る。

「あ……ぁ……」

顔から血の気が引いていくアーシェ。

「私……なんてことを……」

震える手が、傷口に触れようとして、怖くて止まる。

「私が……ダイアウルフたちを嗾けて……兄様を、こんなに……っ!」

「殺そうと……したなんて……っ!」

大粒の涙が瞳から溢れ出し、胸を濡らす。

痛む腕で彼女の頭を優しく引き寄せ、震える背中を叩く。

「泣くな、アーシェ。これはお前のせいじゃない」

「でもっ……!」

「選んで、ここに来たんだ。お前に会うためなら、狼の牙くらい、安い代償だ」

いつものように、優しく微笑んで見せる。

「それに、見ろ。お前のおかげで、また立ち上がれたんだ。……だから、自分を責めるな」

「兄様……っ」

再び胸に顔を埋め、今度は安堵の涙を流すアーシェ。仲間たちが温かい目で見守っていた。


涙を拭い、ようやく落ち着きを取り戻したアーシェに、改めて仲間たちを一人一人紹介する。

「紹介するよ、アーシェ。命がけで支えてくれた、最高の仲間たちだ」

まずは、一人の少女を手で示す。

「こいつはレネ。最初に救い出した『魔女』であり……重力を操る相棒だ。フェンリルを抑えてくれたのも、ここまで来れたのも、レネがいたからだ」

「レネ……さん」

感謝の眼差しを向けるアーシェ。レネは少し照れくさそうに、けれど誇らしげに微笑む。

「初めまして、アーシェさん。バーレイグさんがどれだけ貴方を想っていたか……ずっと見てきました。会えて、本当に良かった」

「ありがとうございます……兄様を支えてくれて、本当に……」

次に、ニヤリと笑う青年を見る。

「で、こっちのスカした野郎がエリオット。口は減らねぇが、腕利きの情報屋だ。こいつの『目』と機転がなけりゃ、さっきの吸血鬼ババアには勝てなかった」

「おいおい、スカした野郎は余計だぜ、旦那」

肩をすくめつつも、アーシェへウィンクしてみせるエリオット。

「ま、旦那の無茶に付き合うのは骨が折れたが、あんたの無事な顔を見たら、苦労した甲斐があったってもんだ」

「エリオット様……ふふ、兄様がいつもご迷惑をおかけして、申し訳ありません」

深々と頭を下げるアーシェ。その姿は、まさによく出来た「兄思いの妹」そのもの。

そして、足元の小さな少女を示す。

「この子はフィンロッド。お前と同じ《獣の法》の使い手であり……その『始祖』にあたる方だ」

「え……?」

目を丸くして、目の前の小さな少女を見下ろす。猫耳に、ふさふさの尻尾。愛らしい八重歯。

「この子が……始祖様……? こんなに小さな、猫耳の女の子が……?」

「よろしくにゃ! アーシェ姉ねぇ!」

無邪気な笑顔。アーシェは困惑しつつも、その愛らしさに頬を緩める。

最後に、少し離れた場所で伏せている、巨大な銀色の狼へと視線を向ける。

「そして……こいつは紹介するまでもないな」

「フェンリル……」

駆け寄り、その太い首に力一杯抱きつく。

「ありがとう、フェンリル。いない間、ずっと兄様を護ってくれて……本当に、ありがとう。貴方は最高の相棒よ」

「グルゥ……!」

先ほどまで殺意に狂っていたのが嘘のように、嬉しそうに喉を鳴らす。褒められた喜びを隠しきれず、巨大な尻尾が激しく振られ始める。その愛らしい姿に、全員が思わず笑みをこぼした。


そんな和やかな空気の中、レネがふと口を開く。

「でも、本当に良かったですね、バーレイグさん。一時はどうなるかと……」

その言葉を聞いた瞬間、キョトンとした顔で首を傾げるアーシェ。

「……あの、レネさん?」

「はい?」

「さっきから皆さんが仰っている……『バーレイグさん』って、どなたのことですか?」

「え?」

その場にいた全員の動きが止まる。レネも、エリオットも、フィンロッドも、不思議そうな顔でアーシェを見つめる。

「いや……どなたって、旦那のことだろ?」

こちらを指差すエリオット。

「え? 兄様のことですか?」

さらに目を丸くして、こちらを見るアーシェ。

「兄様のお名前は『ハーヴィー』ですけれど……?」

「はあぁぁっ!?」

全員の声がハモる。

「ハーヴィー!? バーレイグじゃなくて!?」

驚愕の声を上げるレネ。

「だって、ずっとバーレイグって名乗って……」

全員の追求するような視線が突き刺さる。バツが悪そうに頭をガリガリと掻く。

「あー……そういえば、言ってなかったな」

観念したように、ため息交じりに口を開く。

「『バーレイグ』ってのは、本名じゃねぇ。昔、世話になった『大賢聖グレンフォール(黄昏のグレン)』って爺さんに付けられた、二つ名(通り名)だ」

「二つ名……?」

「ああ。本名はハーヴィーだ。アーシェにとっては、昔からこの名前しかないからな」

「なんだよ、水臭ぇな!」

呆れたように笑うエリオット。

「ま、どっちでもいいが、俺たちにとっちゃ『バーレイグ』の方がしっくりくるぜ」

「私もです」とレネも笑う。

名前の謎も解け、一行の結束がより深まった、その時。

激痛。突然、膝から崩れ落ちる。

「兄様!?」

「バーレイグさん!」

戦闘中の極限の緊張とアドレナリンが切れ、誤魔化していた四肢の激痛と出血が一気に襲ってきたのだ。

「はぁ……はぁ……流石に、キツいな……」

顔面蒼白で脂汗を流す。その時。背後の黄金樹レントが再び震える。

『……見事だ、勇者とその仲間たちよ。試練を越えた褒美だ』

枝から、黄金色に輝く果実が数個、目の前に舞い落ちてくる。

「これは……?」

『黄金の果実。我が魔力を凝縮した癒しの実だ。食せば、いかなる傷も病も、瞬く間に癒えるだろう』

「マジか! 気が利くじゃねぇか、じいさん!」

歓喜の声を上げるエリオット。皆でその果実を手に取り、口へと運ぶ。

次の瞬間、レネの消耗した魔力が全快し、フェンリルの深い裂傷が塞がり、アーシェの顔色に赤みが戻る。全員の身体が淡い金色の光に包まれ、文字通り「全回復」を果たす。

「すげぇ! 力がみなぎってくるぜ!」

「傷が……消えたにゃ!」

「……よし、俺も……」

震える手で果実を掴み、その果肉に噛みつく。

「………………」

「………………」

全員が、こちらを見つめる。だが、光らない。傷も塞がらない。痛みも引かない。

「……あれ?」

血まみれの腕と、食べかけの果実を交互に見比べる。

「……おい、レント。これ、腐ってんじゃねぇのか? 全然効かねぇぞ?」

沈黙が流れる中、「あ」と声を上げるエリオット。

「……忘れてた」

「あ? 何をだ」

「旦那……あんたの身体、**『魔法無効アンチ・マジック』**じゃねぇか」

「…………は?」

「その果実は『魔力を凝縮した』回復アイテムだ。つまり、魔法だ」

憐れむような目で見られる。

「あんたの身体が、回復魔法まで『無効化』しちまったんだよ」

「なっ……」

顔が絶望に歪む。敵の魔法を防ぐ最強の盾。それが今、味方の回復さえも拒絶する最悪の壁となる。

「嘘だろオオオオオッ!? 俺だけ!? 俺だけ自力治癒かよオオオッ!!」

聖なる森に、悲痛な叫びがこだまする。

全回復してピカピカの仲間たちに囲まれ、一人だけ包帯グルグル巻きで悶絶する元・勇者。それが、この過酷な試練のオチだった。



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