EP2・勇者の栄光と断頭台
暗闇。水滴が石床を穿つ音だけが時を刻む。
石床に膝を抱え、頭蓋の裏に貼りついたライザの言葉を反芻する。
「黙って大人しく死ね」
棘が、心臓に食い込んでいる。
王を殺した記憶がない。口論した記憶はある。だがその先が、焼き切れたように欠落している。動機は何だ。やっていないなら、真犯人は誰だ。思考は堂々巡りを繰り返すだけで、答えは出ない。
鉄格子の向こうは雨音。静寂が、精神を腐らせていく。
鉄格子の隙間から薄明かりが漏れ始める。まずい。処刑の刻限が迫っている。
その時、石壁を伝って鈍い音が響いた。肉と鎧が床へ叩きつけられる音だ。
鉄格子に張り付く。駆けてくる小さな影。
アーシェだ。
『神鐘の獣魔師』。血は繋がっていないが、唯一背中を預けられる妹分だ。
「兄様、ご無事ですか」
震える手が錠を開ける。
「そのうち処刑人が来ます。城下町に早馬を用意してあります。急ぎましょう」
「待て。お前は大丈夫なのか」
「私のことはお気になさらないで」
首を横に振る。
「気にするに決まってるだろ。お前に何かあったら、一生後悔する」
アーシェは涙ぐんだ瞳でまっすぐこちらを見た。
「では言わせてください。兄様が処刑されたら、私はすぐに後を追います。それでもいいですか」
言葉を、失う。
「……わかった。その代わり、お前も一緒に逃げろ」
小さく、頷く。
「兄様、これを」
差し出された鞄を受け取り、地下牢を飛び出す。城からの脱出路を駆け、中庭へ。そこにはアーシェが召喚した巨大なグリフォンが翼を広げて待っていた。
背に跨る。分厚い羽毛越しに体温が伝わる。
「このまま空へ逃げられないのか」
「城全体に対空結界が張られています。城下町が限界です」
「そうか」
その瞬間、背筋を殺気が走る。大気が焦げる臭い。
「アーシェ、左へ」
熱波が鼻先を掠める。直後、空気が裂ける音。
『劫火の魔弓師』ベルゼ。脱走を察知して来やがった。
間髪入れず第二射。紅蓮の矢がグリフォンの左翼を捉える。
「きゃあっ」
着弾の衝撃。羽毛が火種となって燃え広がる。翼から黒煙の尾を引き、羽根が火の粉となって散る。グリフォンが高度を落とし始めた。
「踏ん張れ。主を守れ」
焼け落ちる翼を、グリフォンは狂ったように羽ばたかせる。繊維が千切れる音をさせながら、焦げ臭い風を強引に掴む。苦悶の唸りと共に巨体が地面へ突っ込んでいく。
大地が悲鳴を上げた。
土塊と火花を撒き散らす猛烈な滑走。四肢でブレーキをかけ、翼が地面を削る摩擦音。そして、静止。
「アーシェ、無事か」
「大丈夫。兄様は」
「俺もだ。こいつのおかげで」
グリフォンの首元を撫でる。荒い息遣いが掌に伝わる。
「ありがとな」
その刹那。腹の底を揺さぶる、湿った破砕音。
内側から食い破られる。業火がグリフォンの体内から噴き出し、瞬時に全身を包む。断末魔を上げる暇さえなかった。
「嫌ぁぁぁぁぁぁ——!」
アーシェの慟哭が夜空に響く。
炎の向こう、ベルゼが立っている。こちらの絶望を、楽しんでいた。




