9.レオンハルト殿下
「ミラ!フィル!おはよう!2人と同じクラスで嬉しいわ!今日も2人とも素敵ね!」
「おはよう、オーリー。今日も天使のように美しいね。」
「おはようオーリー。ありがとう。オーリーもいつもと変わらず素敵だね!」
「もうミラったら!天使はフィルよ!」
と、いつもの挨拶を交わす。
「入試の結果、フィルに負けてしまったわ。昔は私の方ができたのに悔しいわね。」
「オーリーも2位じゃないか。私なんてこのクラスに入れるギリギリのところだぞ。」
「僕はとにかくオーリーに勝ちたかったからね。ミラだって凄いじゃないか。剣術実技は屈強な男たちがたくさんいる中で2位だろ?」
と、他愛もない会話を毎日できることに胸が躍り、こうして私の学園生活が始まった。
ある日、廊下を1人で歩いていると、急に腕を引かれ、口を手で塞がれ物陰に連れ込まれた。反撃しようと、引かれていない反対側の手で拳を強く握ったところ、相手の姿を確認して、どうにか冷静になる。反撃を止められた自分を褒めてあげたい。なにせ、相手はレオンハルト殿下であったのだ。こんな暴挙に出ているのに、失礼にも殿下は私を見ておらず、何かを窺っている。それが何かと言うと、
「殿下!やっとお会いできましたわ!」
と声がかかると同時に、殿下はいきなり私の顔に顔を近づけて、思わずキスされるかと思い、驚き固まっていると寸前で止めてきた。私の唇は守られたのだが、この体勢は、声を掛けてきた女性にはキスしているように見えるだろう。そして、殿下はゆっくりと顔を離し、私を肩口に抱き込むと、
「おや、誰かと思えばローズ嬢か。私は今、見ての通り取込み中だが、何か用かい?」
と、何事もなかったように爽やかに言ってのける。ふーん、言い寄られて逃げ回っていたのか、私をカモフラージュに使ったようだ。相手が私とわからないように肩口に抱き寄せ、顔と髪を見せないと言う配慮付きだ。しっかし、好意を持って近づく女性になんたる仕打ちだ。そして手当たり次第にこんなことしているんじゃないかと、殿下の手癖の悪さを心配する。こんなイケメンとこんな近くにいたら、勘違いする令嬢ばかりではないだろうか。
「い、いえっ!あ、お取込み中とは知らず…!大変、失礼をしました!!」
と言って、立ち去る音が遠くなってく。ほら、涙声だったじゃん。最低。立ち去ったのだから、そろそろ離してほしい。他の人なら一発お見舞いするところだが、相手が相手なだけに待ちの姿勢を貫く。
ようやく身体を離したかと思えば、
「おや、誰かと思えば、君はエリオットの妹だね。名は確かオリビアと言ったか。…大きくなったな。」
と殿下の言葉に、手当たり次第で相手を選んだことが窺えた。しかも大きくなったなって、胸を見て言いましたよね!?
「…お久しぶりでございます。エリオットの妹のオリビア・フォードヒルにございます。兄がいつもお世話になっております。」
と呆れながらもカーテシーをする。
「良い、ここは学園だ。見苦しいところを見せたな。それにフリとは言え、紳士にあるまじき行為をした。」
「いえ、殿下の心情お察しします。お役に立てたようで何よりです。では失礼いたします。」
と言って、さっさと退散しようとしたら、
「お、おい。その、なんだ、自分で言うのもなんだが、あのようなことをされて、何か、あの…。」
と、なんだかモジモジしているので、
「いえ、お気になさらず。私は全く気にしておりませんので。では。」
と、まだ何か言いたげな殿下に気づかぬフリをして、今度こそ本当に退散する。そら、普通のご令嬢なら失神ものだが、私は前世のこともあるし、そもそもフォードヒル家は頬にキスが挨拶の基本だ。美しい顔が近くにあるのは、日常のことなので本当に気にしなくて良いのだ。ただ、私だから良かったものの、誰かれ構わずやっているようなら、殿下の品位にも関わるため、エル兄さまに報告しなくては!
エル兄さまに報告し、数日後、ミラとフィルと一般ラウンジでランチをしていたら、殿下がブラッド様を引き連れて私たちの席にやってきた。
「やぁ、オリビア嬢。先日ぶりだな。息災ないか?少し話をしたいんだが、いいか?」
え、やだ。なんて言えるはずがないので、
「かしこまりました。もう少しで食べ終わりますので、少しお時間をいただけますか?」
「あぁ、ではあちらで待っているとしよう。」
と、特別ラウンジを指差して言う。特別ラウンジは高位貴族しか入れないのだが、私もギリ高位貴族のため入るには問題ない。それにしても周りの視線が痛い。
急いで食べ終え、殿下が待つラウンジへと向かう。到着すると、そこにはブラッド様もおらず殿下お一人であった。えーと、2人っきり?ちょっと不味いのでは?と考えるも、待たせるわけにはいかないので、渋々と殿下に声を掛ける。
「お待たせしてしまい申し訳ございません。」
「いや、大丈夫だ。混み入った話だから、ブラッドにも席を外してもらっている。近くにはいるから安心しろ。扉は開けておくといい。」
「では、失礼して。」
と、聞きたかったことを先に言ってくれた。扉を少し開けておく。でも、こないだの話だろうから、ブラッド様に聞かれたくないのなら、エル兄さまを同席させればよくない!?と言う不満を1ミリも出さずに、殿下のお茶を用意し、席に着く。
「うん、美味いな。」
「お褒めに預かり恐縮です。」
「君と話をしたくてね。君は気にしないと言ったが、このあいだはすまなかった。エリオットからも助言があった。」
「私などが意見をするなど、恐れ多いことですが、誰かれ構わずあのようなことをされては、殿下の評判に影を落としてしまいます。殿下の気苦労もお察ししますが、女性の扱いにはお気をつけください。」
「本当に君の言う通りだ。以後気をつける。その、言い訳にはなるが、彼女にはかなりしつこくされててな、あのような手に出たのだが、あの時、顔や髪が見えないように気を配ったつもりだが、その後何か被害などないか?ローズ嬢は、少々気が荒いからな。」
随分と遠慮して言っているが、ローズ様と言えば相当気性が荒くて有名だ。
「いえ、特に何もありませんでしたが…。失礼を承知で申し上げますと、今日のこれがどう影響するか少し懸念されます。」
と、お茶を飲みながら淡々と告げたら、殿下は、今頃この状況がマズイことに気づいたのか、シュンと音がしそうなほど情けない顔になる。まるで子犬のようで私は少し笑いそうになる。俺様王子様のイケメンが子犬とか、可愛いじゃないか。不敬になるから決して笑わないけど。
「確かに…。君と話したいと気がせいて、配慮が足りなかった。すまない。」
「殿下が謝る必要はございません。私、少しばかり、普通のご令嬢方とは違いますゆえ、大体のことは問題ありませんし、今回だけですので、誤解もすぐに解けましょう。」
だから、今後は話しかけてくれるなと言外に伝えるも
「そうか。お詫びと言ってはなんだが、今度の王家主催の夜会にエスコートさせてくれないか?」
えー、全然伝わってない。参ったな。無下に断れないのに、誘ってくるとかやめてほしい。殿下のエスコートとか、嫌がらせを受けに行くようなものではないか。
「大変光栄なお話ですが、既にパートナーが決まっておりますの。殿下の臣下を思う優しいお心遣いだけで、私は十分に幸せでございます。」
「ふむ、それは残念だ。パートナーは誰か聞いても?」
ダメです!本当はパートナーなど決まっておりません!殿下も絶対いないと思っている気がする。さっきまで子犬だったのに、俺様王子様に戻っている。
「殿下がお気になさるような相手ではございません。では、授業がありますので、ここで失礼いたします。」
と言ってそそくさと立ち去る。殿下より先に立ち去るなど、不敬に違いないが、どうせ近くにブラッド様がいるであろう。後は頼む!と心の中で告げ、敵前逃亡をした。




