37.お母様の真実
無名戦士の墓場を訪れたのは、去来の夏以来だ。
奇術師デイビッド・フーディエ子爵との騒動の舞台となった場所である。
「ジュリア、平気か? 寒気はしないか?」
リカルドお父様が、私を振り返って訊いた。これもまた前回と同じ台詞だ。
「お父様、具合が悪いのですか? それとも墓場が怖いのですか?」
やはり前回と同じく、父上が墓場に着いたとたんにカチカチと歯を鳴らして震えだしたので、一応訊いた。
「怖い?」
父上は痩せ我慢をして笑い、
「戦争で死んだ奴らを、わしが何で怖がるのだ? もし仮に、死者が蘇ることがあったとして、そいつらが棺桶を破って地面から這い出し、臭い息を吐きながらわしに一斉に襲いかかってきたとしたらーー」
父上が白目を剥いて倒れた。
するとパトリシアお母様が、
「あら、可愛い」
と言って、父上に覆いかぶさってキスをした。
父上はゾンビのように上半身を起こした。
「……どうしたのだ。気持ち悪い顔をして」
「ひどいわ。愛する妻に向かって」
「愛……そうだ、思い出した。溺愛するジュリアを、エドモンドの馬鹿から護るためにここに来たのだ!」
父上はそう叫ぶと、一目散に慰霊塔に向かって駆けた。
無名戦士の墓場の慰霊塔は、高さがおよそ15メートルもある。
「懐かしいな。ここでアンドレアを生贄にして、魔女を呼び出そうとしたんだっけ」
レオナルドお兄様が言うと、
「そうそう。頭から灯油を被ってね。お姉様を救うためなら、僕は死んでもいいと思ったんだ」
そのときの記憶が甦ったのか、アンドレアが感情を昂らせた。
「お姉様。好きです。大好きです。溺愛してます!」
「……ありがとう」
「こんなに好きなのに、僕は弟だからという理由で、お姉様と結婚することができない。せめて、結婚ごっこはできませんか?」
呆れた。
「前にもそんなことを言ったわね。1日だけ夫婦の真似事をして、一緒にお風呂に入って、同じベッドで寝るっていうんでしょう?」
「そうです! してくれますか?」
前回のやりとりを思い出して、弟をにらみつけた。
「それを私が拒否したら、お母様の提案で、メイドとお風呂に入ることにしたわよね。それは実行したの?」
とたんにアンドレアが、顔を伏せた。
「それは……ノーコメントで」
いやらしい。もう弟に同情するのはやめた。
「あ、見て。確か僕、あの辺りで、デイビッド・フーディエに消されたんだよ」
私の軽蔑の眼差しに堪えかねてか、アンドレアがわざとらしく話題を変えた。
「そうそう。その次に俺が消されて、父上も消されたんだよな。あれは不思議な体験だった」
レオナルドお兄様が、感慨深げに言う。
「消失イリュージョンの正体は催眠術だったけど、目が覚めたとき、いちばん嬉しかったのはジュリアに再会できたことだ。そのとき俺は、ジュリアと会えない人生には何の意味もないと改めて悟ったよ。よーし!」
お兄様の鼻の穴が膨らんだ。
「もしジュリアを奪われたら、生きていても仕方のない身だ。溺愛する妹のため、死んでもいいから決闘してやる!」
「待って下さい、お兄様。今度は僕の番ですよ?」
アンドレアも鼻息を荒くし、
「待てコラ、わしの番だ!」
リカルドお父様が一喝した。
すると、
「いや自分です」
と、まるで奇術のようにその場にエミューが出現して、ファンタジーのように人語を操った。
「わあっ!」
父上とお兄様と弟がのけ反る。
「……しゃ、しゃ、しゃ、しゃべった!」
(あれは……)
茫然とした。
大胆にも、エディが今度はエミューに変装して現れたのだ!
(エミューの術が自慢なのはわかるけど、どうしてわざわざTPOーー時、場所、場合を全部無視して出てくるのかしら?)
「お、お父様。俺は聞いたことがあります。しゃべる鳥を連れて旅をしている冒険者のことを。だからこれも、冒険者のパーティーに加わったりする、特殊な鳥の一種なのでしょう」
「そそ、そうだな。冒険者はそれを育てて、レースをさせるミニゲームを愉しんだりするそうだ」
父上とお兄様が強引に自分たちを納得させていると、
「僕、見憶えがある!」
アンドレアが叫んだ。
「ほら、デイビッド・フーディエと対決したあと、戦士が眠っている土地の上を、エミューが走っているのを見たんだ。たぶんこれが同じエミューだよ」
「わたくしも思い出しましたわ」
と、パトリシアお母様が言った。
「アンドレアちゃんが消されたとき、わたくしはショックで気を失ったのですが、しばらくして目を覚ましたのです。そのときこのエミューが、フーディエ子爵を踏みつけているのを見ましたわ」
あっと思った。
(そうか。ということは、お母様は、フーディエ子爵がエミューの術を解いたところも見たのね。エディはたちまち元の姿に戻された。だからお母様はエミューの正体を知り、その次にサボテンに化けて現れたときも、石膏像に扮したときも、それがエディだと見抜くことができた。そして私たちのことを応援して、それを黙っていてくれたのだわ……)
そのことについて、何も語ろうとしないお母様の真意はわからない。ただ単に、溺愛のライバルである娘を他の男とくっつけたいだけかもしれないし、私の秘めた初恋を、最初から女の勘で見抜いていたのかもしれない。
(どちらにしても、お母様は味方だ。それがわかっただけでも充分だわ)
「ほう、フーディエを踏んづけてくれたと? それはぜひ、礼を述べさせて下さい」
人語を操るエミューを警戒してか、父上がやけに丁寧な言葉遣いをした。
「お陰で娘が救われました。まあ、最終的に娘を救ったのは、レヴォワール家に代々伝わる溺愛の力でしたがーー」
「いや、お父様。僕がお姉様にプレゼントした、魔術を無効化するネックレスの力ですよ」
「いいえ、そうではありません」
と、エミューに変装したエディが、静かな口調で言った。
「あのときみんなを救ったのは、こちらの女性です。この方が、一方的に子爵を半殺しにしたのです。お陰で私も助かりました。遅くなりましたが、お礼を言わせて下さい」
ひょこっと頭を下げたエミューに、母上は無言で肩をすくめた。
「母親の偉大さを、改めて思い知らされました。母は強し。男は誰も、母に勝てません」
その場がしんとした。いざとなったら、子どものために本当に命懸けで闘えるのは母親だーーというずっしりと重い真理が、誰の胸にも響いているように見えた。
「そういうパトリシアさんを、俺は尊敬しています。お母さん。あなたという素晴らしい母親から産まれた娘さんを、俺は絶対幸せにします!」
エディはそう言うと、エミューの変装をかなぐり捨てた。
「あっ、貴様!」
父上が反射的に回転式拳銃を抜いたが、
「ここでの決闘はやめましょう。アボニーの丘に来て下さい」
そう言い残すと、またもやエディは煙を出して消えた。




