表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
25/40

25.王家に狙われた私


 ノックス大賢者の騒動から、3か月が過ぎた。

 季節は冬。

 私は中庭の池で、錦鯉にエサをやっていた。


 レヴォワール家で飼っている錦鯉には、一つの際立った特徴がある。

 それは、およそ100匹ほどいる鯉の模様に、すべて赤いハートマークが含まれていることだ。


 もちろん、そのような模様が出現することは極めてまれである。そのまれな錦鯉がどこかにいると聞くと、溺愛に命を懸けているリカルドお父様は、金に糸目を付けずに買い求めてくる。


 中には数百万ナーロの値をふっかけられたものもあるが、父上は躊躇せずコレクションに加えた。これまた真冬でも暑苦しい、レヴォワール家名物「溺愛の池」であった。


「ジュリア!」


 錦鯉が無心にエサを食べる様子を見て、私もこのように無心に生きたいものだと考えていたとき、心を乱しまくる嫌な予感しかしない声が聴こえてきた。


 振り向くまでもない。声の主はレオナルドお兄様だ。


「おまおまおまおまおまおまおまおまおま」


 声が背後に迫った瞬間、さっと身をかわすと、お兄様は勢い余って池に飛び込んだ。


「殺す気かあ! でも気持ちいい!」


 レオナルドお兄様は池から這い上がると、はしばみ色の瞳をキラキラと輝かせた。


「お前への熱い想いでハートが焦げそうだったから、逆に命拾いしたよ。熱いハートと冷たい水で、俺はちょうどよくなった!」


 だったらずっと池に浸かってればいいのに、と思った。


「お兄様、落ち着いて下さい。驚いた鯉たちがかわいそうです」

「待て待て待て待て待て待て。これが落ち着いていらいらいらいらいいらいらいら」


 つい手が出てしまい、私に押されたお兄様は再び池にダイブした。


「こら、ジュリア!」


 やっぱり冷たい水は辛いらしく、池から上がったお兄様は唇を震わせていた。


「やめろよ。もう押すなよ。押すなよ……絶対に押すなよ」


 押してしまった。


「あ、ごめんなさい。つい」


 自分でもどうして押してしまったのかわからない。きっと、お兄様にそうさせる何かがあるのだ。


「うー、寒い。ゾクゾクする。お前にもゾクゾクしてるから、ゾクゾクゾクゾクだ」


 泣きたくなった。

 レオナルドお兄様は超絶美男子だ。

 それなのに、私を溺愛しているせいで、こんなになってしまった。

 哀れだ。


「ジュジュジュジュジュジュジュジュジュリア」

「……何でしょう?」

「たたたたたたたたたたたたたたたた」

「何が大変なのですか?」

「おまおまおまおまおまおまおまおま」


 押そうとすると、お兄様は待てと手を伸ばし、

 

「もうやめてくれ。落ち着いたから。ところでお前は、バーナード殿下のことは知ってるだろう?」

「バーナード王子様?」


 知ってるも何もない。

 アラン王国の君主であるグレゴリー7世の四男、つまり第四王子がバーナード殿下である。

 つい先日招かれた王宮の舞踏会で、22歳という年齢以上に貫禄のある、その立派なお姿を拝見したばかりだった。


 お兄様はゴクリと喉を鳴らした。


「聞いて驚くなよ。あのバーナード殿下が、お前をお妃にと望んでいるそうだ」


 いくら何でも、悪い冗談である。


「お妃にって……そんなことを軽々しく口になさったら、不敬罪に問われますわよ」

「でもこのことは、実は内々に、父上の耳にも入っているのだ」

「まさか……」


 リカルドお父様の私に対する溺愛は有名である。

 王宮で開かれた舞踏会でも、そのことに関する笑い話が出たくらいだ。


(まさか王家が、父上に断わられるとわかりきっている縁談を持ち掛けて、わざわざ恥を掻くはずがない。だからお兄様は、きっと何か大きな勘違いをしているのだ)


「お父様の耳に入ったら、その瞬間に破談でしょう? そのくらい、ちょっと考えたらわかりそうなものですわ」

「ところが」


 ずぶ濡れのお兄様が、ブルッと身体を震わせて言った。


「父上は、王家に対して崇敬に近い感情を抱いている。そのために父上は、崇敬と溺愛の板挟みになり、身も細るほど悩んでしまって」

「嘘。今朝見たときは、全然痩せてなかったわよ。テカテカ脂ぎってて」

「王家からの使いが来たのが、朝食のあとだったのだ。あれから数時間で、もうゲッソリ」


 異常体質だろうか。たかが数時間悩んだくらいで痩せるなんて。


「使いとは言っても、もちろんまだ正式な申し入れではない。バーナード殿下の意向をそれとなく伝えて、こちらからの返事を待つという手順だ」

「つまり、断わられたときには、最初からなかった話にするのですね?」

「そういうことだな。王家にとっては名誉と体面が大切だから」


 ため息をついた。


「お父様は、断わり文句に悩んでいるのかしら? どうしたらバーナード王子様の体面を傷つけずに、拒否の返事を伝えられるかと」

「甘いぞ、ジュリア!」


 お兄様が一歩近づいたので、私は一歩下がった。


「……俺が嫌だから、下がったのか?」

「そうです。それより何が甘いのですか?」

「ジュリア。お前は、父上の崇敬を甘く見過ぎている」

「どんなふうにですの?」

「父上の考えていることは、つまりーー」


 お兄様は声を潜めて、


「王室に、お前を嫁がせることだ」


 と言い、真っ直ぐに私を見た。


「はあ?」


 拍子抜けした。


「あり得ないじゃないですか。お父様が私を嫁に出すなんて」

「俺もさっきまではそう思っていた。しかし断わる気なら、あんなに悩みはしない。娘を嫁にやろう、そう決心したからこそ、身を裂かれるような苦しみに襲われて、ガリガリに痩せてしまったのだ」


 お兄様はそう言うなり、


「さあて、こうしちゃいられない。ジュリアを王室なんかにやられてなるものか。例え王子が赤っ恥を掻こうとも、溺愛する妹は渡さない! 今から父上を説得してくる。ハクション!」


 私の返事も待たずに、お兄様は池の水を滴らせて走っていった。


(説得してくるって……そもそも私は好きな人がいるから、例え王子様に求婚されても嫁ぐ気はまったくないのに)


 池のほうを向いてしゃがんだ。


「ねえ、錦鯉さんたち。王家の申し出を断わったっていいわよね? 封建社会じゃないんだから、好きな人と自由に結婚していいのよね?」


 すると1匹の鯉が、口をパクパクさせて言葉を発した。


「大変なことになったなあ、ジュリア」


 私はひっくり返った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ