ページ56 エピローグ 前半
「で、君が全裸の彼女を抱きしめたのかい?」
「そんなことするわけないじゃないですか」
心底愉快そうに笑う青井さんをオレはジト目で睨んだ。
確かに三人ともバスタオルがはだけて、ほぼ全裸だったけども。
すぐに顔を逸らしたのでセーフだ。きっと。
「大体自衛隊の人が警備していたはずなのに、なんでドッペルゲンガーが居るんですか」
「いやぁ、それについては面目ない。恐らく君があの大樹のモンスターと戦ってる隙に入り込んだんだろう。いま校内を回らせてるから、二度と同じことは起きないと思うよ」
それを聞いてオレは大きなため息を吐き出した。
「私達は一度見られてるけど、響恋ちゃんは……って、見られてるから良いってわけじゃなくて……うぅ……」
「キョウコがユウトを倒したの!」
オレ達の後ろを歩く二人の少女。
佐伯さんが真っ赤な顔を隠してしまい、ノエルが食い気味に言い放つ。
「あ、ああ……」
オレはあの時のことを思い出して苦い顔を作った。
鍵をぶち壊して脱衣所に入ったまではよかったものの、響恋の姿を見て我に返ったオレは、その一瞬の隙で叩きこまれた消火器によって一度意識を手放した。
強化されているはずのオレにダメージを与えるなんて、末恐ろしい女だぜ。
その響恋はというと、オレが浴びせた消火器の泡を被ったせいでもう一度シャワーを浴び直してもらっている。もちろん入り口に篠崎さんを残して来た。
ドッペルゲンガー。
あれに物理攻撃はほぼ効かないが、逆に水や火の魔法には圧倒的に弱い。
そこでオレは、消火器に含まれる冷却効果用の水分を吹き掛けることで何とか倒したのだ。
さすがにシャワールームからお湯を持ってくる余裕はなかったしね。
科学がファンタジーに勝利した瞬間である。めでたしめでたし。
「まあ古賀くんには後でもう一度僕の方からも謝っておくけど、あの時影山くんが先にドッペルゲンガーを倒して脱衣所に向かっていれば、彼女達を危険に晒すことはなかったんだし、もう少し落ち着いて事に当たって欲しいかな」
「……す、すいません」
オレはオレで男子シャワールームでシャワーを浴びていたら、いきなり響恋が入室して来てそれどころじゃなかったんだ。パンツだけでも着たことを褒めて欲しい。
「さあ着いたよ。ここに僕らのスポンサーが居る」
そう言って青井さんが立ち止まったのは校長室だった。
「すぽんさー?」
「食べ物じゃないからな」
「そのぐらい知ってるの! ふふん、洗い物をする時に使う奴なの」
「それはスポンジな」
手振りで語るノエルにため息を吐く。
「僕達にお金を出して支援してくれる人達のことだよ。じゃ粗相のない様にね」
青井さんが校長室の高級な作りの扉をノックする。
あれ? でも、校長先生はまだ保健室で休んでるはず。
そんなことを考えていると女性の声が返ってきた。
「はい」
「青井です」
「どうぞ」
短いやり取りの後、青井さんが扉を開けて入室していく。
やや緊張した面持ちでオレ達もそれに続いた。
入室し、まず視界に飛び込んできたのは三十前後の女性だった。
キリッとした顔立ちに縁なしメガネ、パンツスーツの秘書然とした姿だ。
それから部屋の両端に並ぶ、重圧な本棚に敷き詰められた分厚い本達。
応接セットのソファーと脚の短い机、その奥には校長の物と思しき、これまた高そうな机が窓の前に鎮座している。
そして、その机と窓の間でこちらに背を向けている女性がもう一人。
「あれ、お婆──痛っ」
「む、この匂いっ! 愛生、今朝の夜這い相手なの!」
「ほ、ほんとっ!?」
ノエルがオレを突き飛ばして声を荒げた。
「おまえは犬かよ」
「犬は誤魔化せてもノエルは誤魔化せないの。さあ、薄情するの!」
ビシッとお婆さんを指さすノエルにチョップをくれてやる。
「いい加減失礼過ぎるわ」
「ぎゃあああっ。割れるぅ! 頭が割れるのぉおおおおおお」
「の、ノエル!? 大丈夫、傷は浅いわ。気をしっかりっ」
ノエルが頭を抑えて床をのたうち回り、佐伯さんが慌てて駆け寄った。
「あらあら、私もまだまだ捨てたもんじゃないみたい。うふふ」
「影山くん、守備範囲広すぎだよ」
二人とも笑ってる場合じゃないから。
そんなオレ達に凍てつくような空気をまとったスーツの女性が、咳払い一つで注目を集めた。
「ンンッ!! 皆さま、とりあえず一度お席へ」
なんかすごいオレを睨んでるんだけど。
「改めまして、当学園の理事長を務めております赤髪糸代と申します」
お婆さんが軽く会釈をする。
「こちらが娘の紗代です。この度は急な依頼に応えて頂き、誠にありがとうございました」
そう。このスーツの女性こそが、お婆さんがあれほど結婚相手にと押売りしていた娘さんだったのである。
首元まできつく閉ざした白いブラウスに、黒い上下のパンツスーツがスタイルの良さを際立たせる。
垂れ目の優し気なお婆さんとは正反対の釣り目で、非常に顔面力がお高く……正直、ちょっと……いや、かなり気が引けてしまう。
これはさぞ、お相手探しも苦労することだろう。
「何か?」
「い、いえっ」
怖い怖い。超怖い。
なんでそんな睨むの。
お婆さんに視線をやると「うふふ」と微笑み返してくるんだが。
何に対する微笑みかまったくわからないし。
また色々と見透かされてそうでこっちはこっちで怖い。
「いえいえ、民間人をお守りするのが我々の責務ですので」
終始笑顔の青井さんが告げる。
これが出来る男の営業スマイルというやつだろう。
でもそろそろオレ達がここに呼ばれた理由を教えて欲しい。
でないと、オレの隣に座る少女達がまた騒ぎ出し兼ねない。
「つきましては、お約束しておりました通り微力ながら今後の皆さまの活動を全面的にバックアップさせて頂く次第でございます」
「ありがとうございます」
満面の笑みで青井さんが頭を下げる。
ちょっと青井さん?
そんなお約束、オレは一言も聞いてないんですけど。
恐らくだが、オレがお婆さんを自衛隊本部のテントに送り届けた時に依頼を受けたのだろう。
しかし、あの時点ではまだ青井さんも病院には着いてなかったし、モンスターの襲撃の件でバタバタしてたからすぐには動くことも出来ず、今朝青井さんの到着後にオレ達に白羽の矢が立ったのかもしれない。
病院に到着して半日でほぼすべて解決。
まったく青井さんの手腕には驚かされるよ。




