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ページ40 もう待てない

 他の先生方もすぐに意識を取り戻した。

 ただし、一人を除く。


『我々はこの城の主(・・・)をすでに捕獲した』


 あの時、男はそう言った。

 そう。学校を城と例えるなら主は一人しか居なかった。


「こ、校長っ……!」


 意識の戻らない校長先生に、今しがた目を覚ましたジャージ姿の男性教師が悲鳴のような声を上げて駆け寄った。


 誰だったかしら、この先生。

 名前がわからないのでジャージの先生、略してジャー先と命名。


「うそ……」


 今しがた戻って来たばかりの鈴ちゃんも私の隣でへたり込んでしまった。

 私も含め生徒達もどうしたらいいのかわからず、立ち尽くすばかりだ。


 校長の容態は、眼を背けたくなるほど酷い有様だった。

 両頬が腫れ上がり、ワイシャツも色んなところが赤黒く血が滲んでいる。


「だ、誰か保健室から救急箱を──って、くそおおおおっ!!」


 ジャー先が体育館の床を思いっきり殴りつけ、ドンッという重い音が薄暗い体育館に轟いた。


「私、絆創膏(ばんそうこう)ならあります!」


 そう言って一番最初に駆け出したのは世良先輩だった。


「私もティッシュならっ」


「あ、私もっ!」


 他の女子生徒達もそれに続く。

 何もしないよりはいいと、すぐに動き出せる先輩達はかっこよかった。


「……お前達、すまん」






「鈴ちゃん、何があったの?」


 手当てが一段落して、私はずっと座り込んでいた鈴ちゃんに話しかけた。


「……」


 けれど、彼女は私の問いに真っ青な顔で俯くだけだった。

 明らかに先程までとは違うその態度に、私は眉に皺を寄せる。

 何か知ってそうだけど、こう黙られては……。


「俺から説明させてくれ。遠藤先生に語らせるのは酷ってもんだろう」


 名乗りを上げて歩み寄ってきたのはジャー先だった。

 彼は沈痛な面持ちで語ってくれた。


 ──それは昨夕のこと。

 校長を含むここに居る先生方は、やっぱり学校に残っていたらしい。


『それじゃあ、お先に失礼します。お疲れ様でした』


『お疲れ様でした』


 その日、鈴ちゃんはいつものように職員室で挨拶をし、帰宅のために校門を出たところで突然現れた黒ずくめの男達に捕まり、人質となって職員室へ戻って来てしまったらしい。


 首にナイフを突き付けられながら、戻って来た鈴ちゃんは、


『あはは、何か捕まっちゃいました。これってもしかしてドッキリですか?』


 と、引き()った笑みを浮かべたそう。

 そして、あっという間に全員その場で取り押さえられてしまった。


 その後、いくつかの質問をされたが『ここの領主は誰だ』『領主はどこにいる』などわけの分からない質問が続き、当然のことながら答えられる者は一人もいなかった。


 そして業を煮やした犯人グループの男が、最初に捉えた鈴ちゃんにあろうことか尋問と称して暴力を振るおうとした。


『まっ、待ってくれ!! 私が身代わりになる。だから他の者には手を出さないでくれ』


 そう言って校長が必死に懇願したらしい。

 もちろんジャー先を始めとする他の先生方も、『だったら自分が』と名乗り出たが、校長の決意は揺るがなかった。


『この中で一番老い先短いのは私だ。すまないが後は頼む』


 そのまま校長はどこかへ連れて行かれたらしい。

 残った先生方も全員何か花のような匂いを嗅がされて、気が付いたらここに居たとのこと。


 そっと手を乗せた鈴ちゃんの肩は震えていた。


 もし校長が身代わりになっていなければ、今頃そこで倒れていたのは鈴ちゃんだったかもしれない。


 奴らはこちらが気が付かないうちに背後からそっと現れるといった、それこそ何処かの国で訓練された兵隊のような技術と武器を持っていた。


 方やこちらは平和な日本でぬくぬくと生まれ育った、戦争すら大昔の出来事に感じている平和主義の日本人である。


 トラウマなど、簡単に植え付けられてしまう。

 そして、その震えには私も覚えがある。

 昨日ここに連れて来られる時に、もし私が抵抗していたら……。


「……っ」


 そんなこと考えたくもない。

 私は震える鈴ちゃんをギュッと抱きしめた。


 ──恐怖。


 それは理屈じゃない。

 頭でわかっていても震えが止まらないのだ。

 それがいま目の前にあって、私達を苦しめている。


 大人だって怖いものは怖い。

 決して運がよかったで済ませていい話ではない。


 次の瞬間にはまた扉が開き、今度は自分が連れて行かれるかもしれないのだ。


 いつ助けが来るかもわからない。

 何が目的なのかもまったくわからない。


 気の利いた言葉なんて何一つ思いつかないけど……。


 ただ、今だけは人の温もりを感じていて欲しい。

 泣き崩れる鈴ちゃんを抱きしめて、私は心からそう思った。


「薫、もう待てない」


 いつの間にか目を覚ましていた森先輩がぽつり言った。

 その言葉に答える声はなかったけれど、それがそのまま答えであることをその場の全員がわかっていた。


 殴れたような打ち身がほとんどだったけど、校長の容態は本当に酷かった。

 素人の私達ではどうすることもできなかったのだ。


 骨折どころか内臓すら損傷している可能性が高い。

 このまま放っておいたら命に関わるのは明らかだった。


 理不尽の連続の中で、助けが来ないなら呼びに行くしかないと私達はついに決意を固めた。


 今の状況を誰かに伝え、一刻も早く助けてもらうために。

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