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ページ39 我慢、してたんだ……

 本に噛り付いている本城先輩の隣で、世良先輩が飽きて早々に手放してしまったクリン童話から顔を持ち上げた。


 日が西空に隠れ始め、明かりが無いせいでそろそろ本を読むのもやや辛くなってきた。体育館の窓越しに見える空には、薄っすらと三日月が浮かんでいる。


 未だに助けが来ない。

 どう考えてもこれは異常だ。


 子供が一晩帰って来なかったら、普通の親なら何かしらアクションを起こす。

 それもこれだけの人数が居て、騒ぎにならないのはおかし過ぎる。


 まったくうちの親は、大事な一人娘が帰って来なくても何の心配もしないのだろうかと、逆に心配になってくる。


 早く家に帰って温かいお風呂に浸かって、お母さんが作ってくれたご飯を食べて、ベッドに飛び込みたい。


 今なら週末も合わせて三日は寝ていられそう。

 途中で飽きて、暇つぶしに勉強でもしてしまいそうだけど。


 そんな時だった。

 重々しく扉が開く音に私は視線を向けた。


 約一日ぶりの開口である。

 ついに助けが来たのかと学生達も視線を向けるが、残念。

 入って来たのは全身黒ずくめの男達だった。


 はあ、私ちょっと疲れてるのかもしれない。

 だって、おかしなモノを引きずっているんだもの。


 土足のまま入ってきた彼らは、その手で引きずるようにして持ってきたモノを、まるでゴミでも捨てるかのように次々に放り投げた。


「先生っ!!」


 誰か悲鳴のような声を上げた。

 意識がないのか誰一人としてピクリとも動かない。


 生きている、のよね……?

 言いようのない不安に男達を睨めば──


「いい加減にしろおおおおおおっ!!」


 猛々しい声を上げて先頭の男に殴りかかる森先輩の姿があった。

 男は森先輩を一瞥し、落胆したように息を吐き捨てた。


 構えすら取ろうとしないその男に構うことなく拳が振り下ろされる。

 それは誰の目にも直撃したと思えるものだった。


 ドスンッ。


 けれど、大きな音を響かせて体育館の床に身体を打ち付けたのは、殴りかかった森先輩の方だった。


「かはっ……」


 まさに一瞬。

 森先輩の拳が男の頬に当たる寸前、男の腕がブレた。

 早過ぎて私にも何が起きたのかすらわからなかった。

 まるで手品でも見ているよう。


 そして、次の瞬間にはもう森先輩は倒れていた。


 ただただ床に身体を打ち付けた森先輩が、ピクリとも動かなくなってしまったという理不尽な現実だけが目の前に広がっていたのである。


「うそ……」


 世良先輩が口元を抑えた。

 その瞳からは動揺の色が伺える。


「懲りない奴だ」


 体育館に男の独り言が静かに響いた。

 その男だけは顔を黒い布で隠してはいなかった。


 闇に溶け込むような褐色の肌と人気俳優顔負けの整った顔立ち。

 肌の色と白髪がミスマッチで腹立たしいことに物凄いイケメンである。


 さらにそれを際立たせる左右の長く尖った耳(・・・・・・)

 どこかの国の戦闘部族なのだろうか。


 考えられる可能性は海外のテロリスト集団だけど……。

 でも何故うちの学校に……?


 男は周囲を一瞥したのち、私達を絶望へ突き落とす言葉を放った。


「この男のようになりたくなければ、精々大人しくしていることだ!」


 もはや立ち上がろうとする者は、誰一人として居なかった。

 それどころか自分に矛先が向かないようにと誰もが顔を背ける。


「フンッ」


 男は私達の姿に満足したのか、踵を返して一緒に入ってきた黒ずくめの男達を引き連れて体育館を後にした。


 そして私達はその姿をただ見送ることしか出来なかった。


「森くんっ!」


 再び扉が閉じた後、世良先輩が真っ先に声を上げて駆け寄った。

 私も後を追いかけたのだけれど、知っている顔を見つけて慌てて軌道修正した。


 生きているのよね!?

 鼻先に手を(かざ)してみると、どうやら息はある。


 パッと見、外傷も見当たらない。

 眠っているだけみたい。


「ちょっと鈴ちゃん。起きて」


 遠藤鈴(えんどうすず)。通称鈴ちゃん。

 今年から私達の担任になった新任の先生だ。


 小柄で童顔な顔立ちなこともあって、生徒からも親しみやすく先生というよりは友達のように慕われている。


 本人は「教師としての威厳がああっ」とか言ってたけど。

 威厳を保つのに苦労するお年頃のよう。


「起きないわね」


 いくら揺さぶっても意識が戻らない鈴ちゃんに眉をしかめる。

 段々面倒くさくなってきたので、やむを得ず物理的覚醒を試みることにした。


 つまるところ弱ビンタ連打。


「鈴ちゃん起きて! 鈴ちゃん! 起きなさい」


「う、うぅ……。古賀……さん……?」


「よかった、気が付いた」


 少し頬が赤いけど、そんなことは些細な問題よね。

 起き上がった鈴ちゃんはおもむろに頬を抑えると、突然電流が走ったかように血相を変えて私を捲し立ててきた。


「こ、古賀さん! 早くこれを解いてもらえないかしらっ!?」


 必死に後手に縛ってあるロープを突き出してくる。

 何だろう。とっても急いでる感じだ。


「え? う、うん。ちょっと待って……」


 何これ、結び目が固いんだけど。


「ねぇ古賀さん、まだかしら」


「結び目がちょっと固くって、もぉ……ちょっと……」


「お願い、早くぅ……」


 今度は苦しんでいるよう。

 鈴ちゃんに急かされ、私も頑張った。


「はい、解けたよぇ……」


 解けると同時。

 サッと立ち上がった鈴ちゃんは、物凄いスピードで体育館を駆けて行った。


「ありがとうっ!」


「我慢、してたんだ……」


 それからしばらくして、満面の笑みでトイレから戻ってきた。

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