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ページ36 どうやら理論派のようね!

 体育館の入口には、男と同じような白髪に全身真っ黒な格好をした男達が五人程待機していて、男の言った『我々』の意味を理解した。


「お前で三十八人目だ。通信機を出せ」


「通信機? そんなの持って……あっ」


 スマホのこと……?


「これですか?」


「よこせッ」


「え、ちょっと返し──きゃっ」


 流れるような一瞬の出来事だった。

 私が差し出したスマホを奪った男とは別の男からいきなり突き飛ばされ、気が付けばいつの間にか開いていた体育館の床で膝を擦りむいていた。


「痛ったぁ」


「手間を掛けさせるな」


 吐き捨てるような言葉の後、すぐに扉が閉まった。


 もうっ、何なの!?

 私のスマホ返してよ。


 扉を睨む私に背後から心配そうに声がかかる。


「ちょっとあなた大丈夫?」


 その声に振り向くと知らない女子生徒が立っていた。

 髪を後頭部で束ねた動きやすそうなポニーテイルに、ブラウスの袖を肘まで捲った快活そうなスポーツ少女といった感じの女子生徒だ。


 青色のリボンだからきっと三年生ね。


 うちの高校は女子のリボンの色が学年ごとに違う。

 そのまま繰り上がっていく形だけど、今年は一年が赤、二年が黄で三年が青だ。


 ちなみに赤が一番人気で、その年だけ女子の倍率が高くなるらしい。

 愛生は喜んでいたけど、その分女子の受験者が例年に比べ多かったのよね。


 毎年買い替える必要が無いのは助かるんだけど、学年で固定されている学校では、要らなくなったリボンを後輩に譲渡したり、好きな人にプレゼントしたりする風習もあるらしい。


 受け取った男子がそれをどうするのか甚だ疑問だけど。


「スマホ、取られちゃいました」


「ちょっと、血が出てるじゃない。立てる? 私、絆創膏(ばんそうこう)持ってるから、来て」


「すみません……」


 室内は照明器具のおかげでとても明るく、部活後の熱気がまだ残っているようで、外よりも暖かかった。


「私達もみんな取られたのよ」


 周囲には、生徒達がいくつかのグループに分かれて腰を下ろしていた。

 外に居た男の言うことが本当なら、私を入れて三十八人も居るのよね……。


「塾がある子もいるのに、助けすら呼べないのよ」


 それどころじゃないと思うけど。

 どの道帰りが遅ければ親が心配して連絡が入るだろうし、連絡が付かなければ警察が動くだろう。


 そうなれば今夜にでも警察が来るはず。

 なんでこんな意味の無いことを……。


 まあ何にせよ、少しの辛抱ね。


「そこに座って」


「はい」


「私は女子バスケット部部長の世良薫(せらかおる)よ。部活が終わってみんなで帰る途中にあいつ等に捕まったの。あなたは?」


「一年の古賀響恋(こがきょうこ)です。図書室で本を読んでいて、これから帰るところでした」


「そっか……あっ、他に何かされなかった? 反抗して殴られた人もいるのよ」


「い、いえ。私は大丈夫です……」


 反抗しなくてよかったとつくづく思う。

 音もなく近づいてきて、首元に短剣(ナイフ)を突き付けられた。

 今思い返してもゾッとする。


 しかもこれだけの生徒達を監禁しているんだ。

 入り口に居た奴らだけじゃないのは明白よね。


 ただこれだけ大掛かりに学校を占拠となると、狙いは何かしら。


 お金が欲しいなら銀行にいくだろうし。

 身代金って言ってもたかが知れてるはず……。


 あの肌の色といい身のこなし、どこかの国の軍人か何かかしら……。


「はい、これでよしっと」


 世良先輩が満足そうに顔を上げ、私は少しだけ頬を引き攣らせた。


「ありがとうございます……」


 花柄の可愛らしいデザインの絆創膏(ばんそうこう)

 これを張ったまま歩き回るのはちょっと恥ずかしいかも。

 そういえば愛生もよくこんなの持ち歩いてたっけ……。


「世良先輩、一体何が起こっているんですか?」


 事情を聞こうとそう切り出した私は悪くないと思う。

 けれど、その問いかけに答えたのは世良先輩ではなかった。


「あぁん、何が起こってるだあ!?」


 背後からの体育館に響き渡るような大声に、私はビクリと身体を震わせた。

 恐る恐る声の主に振り向くと、そこにはボロボロの学生服に丸刈り、左頬を赤く張らせた男子生徒の姿があった。


「そんなことこっちが聞きてえんだよッ!」


「ちょっと森くん。一年が怯えてるじゃない!」


「チッ」


 怒りを隠そうともしないその男子生徒に世良先輩が声を上げると、すぐに不機嫌そうに踵を返して戻って行った。


 あの人は一体何をしに来たのだろう。

 さすがの私も唖然よ。


「ごめんね古賀ちゃん。森くんは野球部の後輩を庇って逆らったら、ボコボコにされちゃって気が立ってるのよ」


「だ、大丈夫です……」


 世良先輩はため息を吐いて続けた。


「私達も何が起こっているのかわからないの」


「そうですか……」


 先輩達も何の説明もなくここに連れて来られたらしい。

 なんとなく周囲を見渡して、ふと気が付くことがあった。


「あの、世良先輩」


 名前を呼ぶと世良先輩は、憂鬱そうに俯いていた顔を持ち上げた。


「私を連れて来た男が『我々はこの城の主をすでに捕獲した』と言っていたのですが、ここには生徒しかいないようですし、やっぱり先生達のことなんでしょうか……?」


 そう。ここに隔離されているのは生徒だけなのだ。

 まだこの時間なら部活の顧問とかが残っているはずだし。

 学校に先生が誰も居ないってことはあり得ない。


 どこか別の場所で捕まっているのかしら。

 さすがにドッキリってオチは……ないわよね。


 そうした私の思考とは裏腹に、世良先輩の瞳は熱を帯びていった。


「ほほぅ、古賀ちゃんはどうやら理論派のようね! 身長もあるし、何より可愛いっ。ねぇどうかしら、マネージャーとして女バスに体験からでもっ!」


「え、ええっ?」


 鼻息荒く、ガシッと両肩を掴む世良先輩の手は力が(みなぎ)っていた。


「出た! 薫の可愛いもの集め!!」


 直後、世良先輩の向こうに座る先輩方から笑いが沸き起こる。


「だってぇ、うちの女バスは脳筋ばっかで賢い子が居ないんだもん。古賀ちゃん! 今入部すれば部長権限でもれなく副部長にしてあげる!」


「あ、こらっ。何勝手に副部長の座をあげちゃってるのよ。富田はどーすんの」


「えぇ~? だってそこはほらっ。…………てへ」


「笑って誤魔化すなっ」


「「「あははは」」」


 楽しそうでいい部だと思うけど、謹んでお断りさせてもらおう。


 と、そこへ。

 物々しい音を立て、体育館の扉が再び開かれた。

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