ページ37 異変
「さっさと入れッ!」
突き飛ばされた女子生徒が尻餅をついた。
丁度私もあんな感じだったのかな。
ぼんやり眺めていたら、見覚えのある顔に自然と口が開いた。
「……あの人」
「知ってる子?」
「話したことはないんですけど……。私、ちょっと行ってきます」
そう言い残し、入り口に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
扉はすでに閉まっていて、振り向いた女子生徒は泣きそうな顔をしていた。
まだ何が起こったのかわからないといった感じね。
「う、うん……」
「立てますか? 一先ずあちらへ」
「ありがと……」
ちゃんと話すのは初めてかも。
私よりも背が低く、無愛想で幼い顔を隠すような長い前髪が印象的だった。
制服のリボンが無かったら年下と間違えてしまいそうな華奢な容姿だけど、この人も三年ね。
「ここにどうぞ」
隣に座ってもらうと、世良先輩が心配そうに話しかけてくれた。
「大丈夫? ケガとかない?」
「……大丈夫」
人見知りなのか、やや俯き気味。
長い前髪が完全に目を隠しちゃってる感じね。
私もそれほど話をした記憶はないのだけど、まったく知らないわけでもないし、何よりあの心地良い空間を共に過ごす同志だ。
これを機に仲良くしたい。
「私も突き飛ばされて、世良先輩に絆創膏を頂いたんですよ」
擦りむいた膝を見せて微笑むと、少しばかり安心したのか口を開いてくれた。
「……ありがと。何とも、ない」
「よかった。あの、いつも放課後に本を読んでいる図書委員さんですよね?」
すると彼女は驚いたように顔を上げて目を見開いた。
「そう、三年の本城詩織」
そう言って唇を少しだけ歪めた。
言葉数が少ないのは元からなのかもしれない。
でも、私が覚えていたことが思いのほか嬉しそうだった。
「明日になれば他の生徒達もやってくるし、事件も公になっているはずだから、今日を乗り切ればすぐに解放されるはずよ」
あれから私達は、各グループの主要メンバーを集めて話し合いをした。
夜十時を過ぎてもパトカーの警報やランプの明かりすら、現れる気配がなかったからだ。
さすがに誰もが異変を感じ始めた。
「でもおかしいだろ。未だに助けすら来ないなんて」
「だからと言って、私達にはどうすることも出来ないでしょ」
話し合いでも多少の口論は合ったモノの、現状でやれるだけのことをやろうという話でまとまった。
年が二つ違うだけでこうまで違うのだろうか。
世良先輩のみんなの前でも物怖じしない姿を見ると、やっぱり部長さんなんだなと感心させられた。
私は人前で意見するのも苦手だし、兄姉も居ないからとても頼もしい。
話し合いの結果いくつかのことが決まった。
まずは食べ物。
一応手持ちの物を全員で均等分配と決まったのだけど、話し合った時間が遅かったせいもあって、みんなほとんど残していなかった。
飴を何個か回収したところで、三十九人で均等分配も減ったくりもない。
どんだけ砕かないといけないのって感じ。
その代わり少し気が引けるものの、体育館の中に併設されたトイレの水道水でお腹を満たした。部活の時にはみんな普通に飲んでいるらしい。
部活があった人達は空腹に水だけなのは辛いだろうが我慢してもらう外ない。
帰宅部だけど、私だってお腹空いているのだ。
それから、ステージ下の倉庫から毛布を引っ張り出した。
一年の私は知らなかったのだけど、毎年文化祭の時に引っ張り出すらしい。
そしてその作業には、なんと森先輩が大活躍してくれた。
彼は男子生徒に声を掛けて周り、率先して力仕事を買って出てくれたのだ。
無論、逆らったりしようものならその時点で森先輩が怒鳴り声を上げるのは言うまでもない。
「ほらっ」
「ありがとうございます」
少し強引なところはあるけど、悪い人ではないのかもしれないと、私の中で彼の評価がマイナスからゼロに戻ったのだった。
「古賀ちゃん、明日には助けが来るよね……?」
「……わかりません」
何かがおかしい。
でもそれが何なのかを知るすべは、今の私達にはなかった。
こうして学生達の眠れぬ夜はゆっくりと更けていく──




