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ページ32 我は修羅の道を往く者なり

 オレは怖かった。

 どんなに強い力が合っても関係ない。


 目を瞑っても瞼の裏に浮かぶのはあの『ゴブリン』の姿。

 最初に『恐怖』を植え付けられたのは奴だった。


 正面からぶつけられる本物の殺気。

 どんなに欲していても、決して相対することのなかった『本物』。


 奴との勝負は運よく助けられただけ。

 あの時は興奮していたからよかったものの、後から冷静になって考えると沸々と恐怖が沸いてきた。


 一歩間違えれば死んでいた。


 『ゴブリン』以上の存在がこの世界にたくさん居る。

 そのことを知ったオレは……逃げた、逃げ出したのだ。


 自分の身体の変化を誰にも告げず。

 あれほど望んだモノを前にして、オレは臆した。


 ずっと考えないようにしていた。

 ずっと自分を偽っていた。でも……。

 さっき崩落現場で瓦礫を片付けた時に見てしまった。


 戦車の下敷きになった人達の無残な亡骸を──


 それに加え、立て掛けられてあった黒板。

 そこにはチョークでこう書かれていた。


『死者五名(内身元不明者二名)、重軽傷者二十六名』


 これに戦車の下敷きになった人が追加される。


 オレがもっと早く戦っていれば、誰も死なずに済んだかもしれない。

 あの男の子から母親を奪ったのは、他でもないオレなのだ。


 人の死を目の当たりにして、心動かない人間は人ですらない。

 どうやらオレはまだ人だったみたい。


「あ、あああ、あああああああっっ」


 そう。オレの心は壊れる寸前だった。

 あの盲目のお婆さんには、そこを見抜かれたのだ。


 一度力を示せば、すぐに広まってしまう。

 次も、その次もと戦場に駆り立てられるだろう。

 今回は相手が弱かった。でも次は……?


 自暴自棄になり、魔が差した。

 軽い気持ちで力を誇示した。

 その結果得たモノは、厳しい現実という絶望だった。


「死にたくない死にたくない死にたくない……」


 どうしてオレなんだ。

 命懸けで戦わなきゃいけないなら、こんな力はいらない。


 オレじゃない他の誰かにくれてやる。


 そいつが戦って。


 死ねばいい……。






  ◆ ◇ ◆






「あっ、ユウトなの」


「ただい……えっ、ど、どうしたの佐伯さん!?」


「よかったよぉおおおぉぉ、うわああああああ」


「えぇ……」


 テントに戻ると何故か涙ぐんでいた佐伯さんが、オレを見るなりノエルに抱き着いて泣き出してしまった。

 唐突過ぎてセンチメンタルな気分など、一瞬で吹っ飛んだ。


「おい、ノエル。何が合ったんだ」


 そんな佐伯さんには構わずに何やらゴソゴソやっていた様子のノエル。

 近づいて囁いてみると、急に顔色を険しくした。


「むっ、クンクン。アキ、ユウトから女の匂いがするの! 夜明けに寝床を抜け出して女と会っていたの」


 と、ノエルがこちらを指差して宣言したのである。

 それを受けて、今度は佐伯さんだ。

 泣きながらポコポコと殴りかかってきた。


「うわああああああっ。浮気ものおおおっっ」


「え、冤罪だあああああああああ!!」




 ここまでが午前六時頃の出来事。

 ここからが午前七時頃の出来事。




「はぁぁぁぁ…………………………………………」


 長い長いため息が、狭い室内に轟いた。


 オレ達三人は、頭を抱える沙希さんの前で正座させられていた。

 もちろん硬いアスファルトの上である。


 ここは病室用天幕(シェルター)内の隅。

 仕切りで囲われた看護婦さん達の休憩所だ。


 なお、沙希さんにチョークスリーパーを決められ、引きずられるように連行されたオレは、先程からぐったりしている。


「まとめると、夜中に眠れなかった彼が天幕(シェルター)を抜け出して、散歩をしていると目の不自由なお婆さんに出くわしたから、親切に道案内してあげたと……。で、その間に目を覚ました佐伯ちゃんが、彼が居ないことに気づいて不安になったというわけね……」


「ノエルは(かわや)だって言ったの」


 しれっとノエルが付け加えた。


「だ、だって寝る時に少し様子がおかしかったから……。もしかしてわたし達を置いてったんじゃないかと思って……。うぅ、ごめんなさい」


 その言葉を聞いてハッとした。

 いくら自分を偽っているつもりでいても、顔に出ていたらしい。


「それで、あなたは何か言いたいことはある?」


 沙希さんがオレをジッと見据える。

 その眼差しはとても真剣で、何か大切なことを問われている気がした。

 周囲の視線がオレに集まる。


「オレは……」


 ずっと怖かった。

 ただただ死にたくなくて、逃げていた。


 でも──。

 ノエルを失い、佐伯さんに何かあったと思ったあの瞬間。

 オレの命を救ってくれた二人が居なくなった、あの瞬間。

 オレは我を忘れ怒りに身を委ねた。


 自分が自分じゃなくなるような感覚。

 もうあんな思いをするのはごめんだ。


 オレは何も見えていなかった。

 ずっと傍に居てくれたのに──


 正直、まだモンスターと戦うのは怖い。

 でも彼女達を失うのはそれ以上に怖い。


 なら──


 答えなんてとっくに出ていたんじゃないか。

 ずっと目の前にあったから気付かなかった。


『心から守りたいと思う人のためなら何だってできる』


 そのために必要なら、恐怖すらも妄想で──中二病で塗り替えてやれ。

 それが例え死地に向かう行為であったとしても、その現実の筋書きを中二病で書き換えてみせろ。妄想で現実を捻じ曲げろッ!


 語れ。妄想を──

 さすればそれが現実(みち)となる。

 我は修羅の道を往く者なり。


「オレはずっと怖かった。一度でも力を示せば逃げられなくなる。戦って戦って、戦い抜いたその先で、いつか命を落とすんじゃないかって──」


 オレは弱い。

 そのせいでたくさんの人が死に、傷ついた。

 逃げた先にあったのは後悔と絶望だけだった。


 佐伯さんとノエルはそんなオレの命を救ってくれた。


「でも、二人のおかげで気付いたんだ。戦わなくちゃ守りたいモノも守れない。逃げちゃダメなんだって」


 だから──


「オレは絶対に居なくなったりなんてしない。佐伯さんの両親と響恋も探し出すつもりだし、この命に代えてでも二人のことは守ってみせるよ」


 もう逃げない。

 戦おう。自分自身と──


「うん……」


 佐伯さんは真っ赤な顔で俯き気味に頷いた。


「かぁ~~~~~~~~~~~~~~っ。キザ! ほんっとキザよね!! だいたい本当に守りたいなら、余計な心配を掛けるんじゃないわよ」


 酔っ払いような沙希さんにぐうの音もでない。

 そして飛び交う黄色い声援達。


「きゃー。若いって良いわねぇ」


「あーんっ。『この命に代えてでも』だって!」


「私も、私も守って~」


 沙希さんの後ろで見守っていた看護婦さん達の黄色い声の数々が、オレのHP(ヒットポイント)を掻っ攫っていった。


「……消えたい」




 現実は辛く厳しく、理想は遥か虚空の彼方。

 誰の理解も同意も得られず、あるのは奇異変人の眼差しだけ。


 それでも歩みを止めなかった者だけが辿り着ける場所。

 欲するは、修羅の道──

愛生「響恋ちゃん響恋ちゃん、私達の物語に『ブックマーク』を頂いているよ」


響恋「私の出番はまだ先なのにちょっと気が早いんじゃないかしら」


愛生「ちょ、響恋ちゃんネタばれだからっ!」


響恋「私の活躍が気になる方は、『評価』『ブックマーク』お願いします」

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