ページ28 リアル抱き枕
「こぉらああああああああああああああああっっ」
底冷えような声にハッとする。
が、すでに遅かった──
「──っ!?」
瞬間的にスルッと視界の左から生えてきた腕が、首に巻き付くようにして右から抜けていった。
それとほぼ同時。うなじに柔らかい物が押し付けられる感触。
気が付いた時には、オレの首は絞まっていた。
絞め技『チョークスリーパー』。
首筋の感触をのんびり味わう暇すら与えてくれない。
本気も本気。物凄い圧力で首が絞まっていく。
「死ぬ死ぬ死ぬっ!!」
オレは文字通り必死になって蛇のように首に巻き付いた、女性の腕を叩いて降参を示した。
「ちょっと早すぎない?」
そう言って背後の殺人鬼が渋々緩めた腕からオレは慌てて逃げ出した。
「看護婦が患者を殺す気かよ」
「あら、もうちょっとサービスしてあげてもよかったのよ」
沙希さんはにっこり微笑んだ。
うなじに押し付けられる物の感触と首が絞まる感触。
二つの意味でオレは昇天するとこだった。
どうせなら前者だけにして欲しい。
「目を覚ましたら私を呼びなさいって言ったじゃない。まったく、誰が騒いでいいって言ったのよ」
「すみません……」
「あなた達が騒ぐと私が怒られるんだからね」
それが本音ですね。
まあ確かにちょっと騒ぎ過ぎた。
時計を見ると、もうすぐ午後十一時半に差し掛かるとこだった。
電気が付いてるせいか、まだ半分ぐらいの人達が起きているよう。
とは言っても騒いでいい理由にはならない。
「そっちの二人もよ。ちゃんとわかってるの?」
「はいっ!」
「なのっ!」
背筋をピッと伸ばして答える二人。
ノエルですら沙希さんには逆らえなかった。
「それで、二人とも顔は真っ青だけど、熱はなさそうね。点滴はもういいとして……。ベッドを片方彼に譲ってもらうつもりだったのだけど、顔色があまりよくないし、うーんどうしようかしらね」
顔色が悪いのはあんたのせいだろ、というツッコミは飲み込んでおく。
これ以上反抗したら何されるかわかったもんじゃない。
ほら見たことか。
今こっちみてニヤっという顔をしやがったぞ。
「うん、この際小さなことには目を瞑るとするわ。ごめんなさいね、ベッドが余ってないの。どっちか彼と一緒に寝てくれないかしら? もちろん、手足はしっかり縛っておくわ」
「ちょ、オレの扱い酷くないですか!?」
オレのベッドを早々に明け渡さなければならない状況だ。
ベッドが足りないのはわかる。
あの崩壊でさらにケガ人が増えたのだろう。
医師や看護婦も昨日から働き詰めなのかもしれない。
「わがまま言わないの。それとも、あんな風に地面で横になりたいの?」
彼女の視線の先には、硬いアスファルトの上で横になる男性の姿があった。
付き添いか何かだろう。
あんなところで寝れば、風邪をひく前に身体が痛くなりそうだ。
そういった諸々の事情と思春期真っ盛りの高校男児の脆いハートを天秤に掛け、オレは涙ながらに結論を口にした。
「……この際それでいいです」
しかし、そう答えたオレに予期せぬ助け船が現れた。
麗しの美少女エルフこと、ノエルさんだ。
「仕方ないの。縛ったりしなくていいから、ユウトおいでなの」
「マジ……?」
「本気と書いてマジなの。その地面は今朝起きた時に身体中が痛くて、ろくにご飯も食べれなかったの」
少年漫画のような返答をする彼女は、すでに経験者でした。
あの食いしん坊のノエルが飯を食えなくなるレベルって、まさか寝癖が酷いとかじゃないだろうな……。
でも、それはそれで望むところだ!
耳マッサージは断念したが、リアル抱き枕を堪能するとしよう。
「そ、そうか。それじゃ有難く──」
その時だった。
「だっっめえええええええええええええええええええええええっっ」
突然天幕を轟かすような叫び声が上がったのである。
「さ、佐伯ちゃん!?」
周囲の人達はもちろんのこと、オレや沙希さんまでもが驚いて視線を向ける。
だが佐伯さんも凄い剣幕で沙希さんに食って掛かる。
「わ、わたしがノエルさんと寝ますから! それでいいですよね!?」
なんと佐伯さんもリアル抱き枕が欲しかった模様。
顔がマジだよ。先に言ってくれればよかったのに。
「え、ええ。もうそれでいいわ……」
これに沙希さんが折れる形で決着がついた。
こうしてオレは抱き枕は取り上げられてしまったのである。
くっ、悔しくなんてないんだからっ!
「もう遅いんだから今度こそ静かに眠りなさいね」
凄く疲れた顔をした沙希さんがトボトボと去っていく。
後で上司に小言でも言われるのだろうか。
手でも合わせておこう。
天にも昇る柔らかさをありがとう。




