ページ13 誓い
影山くんのお母さんの声はとても淋しそうだった。
連絡を入れてないのかな。
影山くん何やってるの。
今すぐ電話して上げて! って手術中だあ。
当てつけだけで一年もの空白を乗り越えて、難関校の合格をもぎ取るなんてこと、出来るはずがない!
わたしだって響恋ちゃんが居なかったら、絶対に心折れていた自信があるもん。
ううん、それよりも確かな答えを私は知っている。
ただ、この人はずっと苦しんできたのだろう。
たくさん沢山後悔して、過去に犯してしまった自分の行いを悔いて。
可愛くて抱きしめてしまうぐらい大切だったはずなのに。
今でもすっごく大切で心から自慢に思っているはずなのに。
不幸な出来事のせいで、すれ違ってしまった。
「あ、あのっ……」
わたしにこの誤解を解くことが出来るだろうか。
変に掻き回して、余計にダメになるのでは……。
どうしても考えてしまう。
いつも隣に居てくれた響恋ちゃんは今は居ない。
一人で何も出来ないわたしは、何もしない方がいい。
他人のわたしが、家族の問題に口を挟んでいいはずがない。
後から影山くんに電話してもらえば済む話だ。
でも──。
ずっとずっと変わりたいと思っていた。
一人では何も出来ない自分から変わりたい。
守ってもらうだけのわたしから変わりたい。
わたしを助けてくれたあの人の力になりたい。
だから──。
ここからはわたしのわがまま。
グズでヘタレなわたしの『冒険譚』。
「わたし、やっぱり影山くんは恨んでないと思います」
『え? で、でもね、佐伯さん──』
子供が駄々をこねたように聞こえたのかもしれない。
困ったように口を開く影山くんのお母さん。
でもその言葉を遮るのは今度はわたしの番だ。
この一ヶ月、ずっと彼を見てきたわたしだからこそ言えること。
わたしの知ってる影山くんは、そんな人じゃない。
「影山くんが友達と話しているのを偶然聞いてしまったんですけど、『オレはその親に申し訳なくて、バイトで生活費を捻出してんだ』って、学費や寮にいくらかかると思ってんだよって言ってました」
ここが病院の待合室だということも忘れ、わたしは再度声を張り上げる。
何度だって言ってやる!
「わたし、影山くんは感謝していたと思うんです! 恨んでなんていません!!」
直後、『ガタッ』という耳をつんざくような音がし──
遠くの方で女性の泣き崩れる声が聞こえた。
ふぅ、少し落ち着いた。
待合室でスマホを片手に大声を上げていたらしい。
冷静になると急に周囲の視線が痛くなってきた。
──すみませんすみません。
恨む恨まないを電話相手に連呼する女子高生って何だかヤバイ。
こんな時に一体何の話をしてんだって感じよね。
『勇ましいお嬢さんだ』
「はいぃぃ!?」
影山くんのお母さんが落ち着くのを待っていたわたしは、突然スマホからに聞こえてきた男性の声に全身をドキッと震わせた。
『いやすまない。影山友人の父です。途中から音が漏れててね、話を聞かせてもらった。妻がスマホを落としてしまい申し訳ない』
「お、おおお、おとっ──!? か、影山くんとは同じクラスでっ、わたし、佐伯愛生と言いひゃすっ」
噛みまくりだった。
ヤバイ。超恥ずかしーーーっ!
でも声が渋くて超カッコいい!!
影山くんも将来こんな声になるの!?
『妻に代わり礼を言わせて欲しい。うちのバカ息子を助けてもらった上に、どうやら私達夫婦にとって、とても大事なことを教わったようだ。本当にありがとう』
その声音はとても重く、ずっしりとくる言葉だった。
「そ、そんなっ、わたしは何もっ」
『謙遜はいい。君はそれだけのことをしたのだ。言葉は人を傷つけもするが、その逆もある。私達夫婦は君に救われたのだ。心から感謝している』
「……はい」
きっとお互いにちゃんと話し合っていれば、こんな誤解は生まれなかった。
けど、その前に起きた辛い出来事のせいで、腹を割って話せなくなっていたんだと思う。
『佐伯愛生さんと言ったね。ご両親とは連絡が取れたのかい?』
「い、いえっ。まだですっ。 ス、スマホが壊れてしまって……」
『……そうか。こちらから広島の伝手に連絡は入れて置くが、あまり期待はしないでくれ』
「そ、そんなあっ。ありがとう御座いますぅぅぅっっ」
緊張し過ぎて頭の中が真っ白。
受け答えするだけでやっとだった。
それからややあって、落ち着いたらしい影山くんのお母さんに電話は変わってもらえ、わたしの鼓動の音もようやく落ち着きを取り戻したのである。
はあ、緊張したよぅ。
寿命縮まったかも。
『ごめんなさいね。うちの人、堅物なのよ』
「い、いえ。かっこよかったです。主に声が……」
『ふふっ、伝えておくわね。主人も言ってたけど、教えてくれて本当にありがとうね。親子揃って口下手だから……まったく変なとこばっかり似て……』
「でも、そんなところがよかったりするんですよねっ」
自分でも無意識だった。
あまりにもスルッと言葉が出てきたことに自分でもびっくりした。
『あらっ、まあまあまあ』
「いっ、いえっ。今のはそのっ、言葉の綾と言いますかっ」
『ふふっ、もっと学校でのあの子のことをお聞きしたいのだけれど、そうも言ってられないわね。楽しみも出来たことだし、それはまた今度にしましょう。最後に一つ、お願いを聞いて頂けないかしら』
はうぅ~。
楽しみって何ですか。
聞きたいけど、聞けない……。
「わたしにできることなら……」
『私達夫婦は、あの子が辛い時に傍にいてあげることができませんでした。そして今も……』
そこで言葉を切る影山くんのお母さん。
様々な想いがその言葉に詰まっているような気がした。
『きっと佐伯さんのご両親も心配されていることでしょう。だから、あの子が目を覚ますまでで構いません。どうか私達夫婦に代わり、あの子の傍に居て頂けないでしょうか』
影山くんのお母さんは、最後まで影山くんのことを『あの子』と呼んでいた。
思わず抱きしめてしまうほど可愛かったはずなのに──
自分から距離を置くようなその呼び方は、自分への戒めのようにも聞こえた。
今すぐには無理かもしれない。
でも、きっといつかその呼び方は元に戻るだろう。
辛い時に傍にいる。
たったそれだけでいい。
それだけで人は救われる。
──私達夫婦に代わり。
そんな大役、わたしに務まるかわからない。
それでも、わたしはありったけの想いを込めて誓ったのだ。
「はい、約束します。必ず影山くんの傍に────
とある博多ラーメン店での出来事。
影山父「友人、九州男児が何を食うかで三秒以上掛けるな」
影山(親父はいつも同じのしか食ってねえだろ)
影山父「すみません、豚骨ラーメン二つ」
影山「ちょ!」
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