26.リリィの過去の話、そして再び危機一髪
その日はまたあの男の人が来ていて、あたしは押入れの中で待っていた。すると、男の人の怒った声が聞こえてきた。
「お前、犬どこに隠した?俺が犬嫌いだと知りながらコッソリ飼ってるのは知ってるんだ。トボケてもムダだからな!」
あの女の人のおびえた声が聞こえてきた。
「ご、ごめんなさい、黙ってて。でも、でもね、ウチの子に会ったらきっと好きに・・・」
「俺はそんなこと言ってるんじゃねーんだよ!会おうが会うまいがどーでもいい。捨ててこいって言ってるんだよ!」
「そんな・・・まだ子犬なの。死んじゃうわ!」
「もともとノラ犬なんだろ?のたれ死んじまえばいーんだよ!」
「何てこと・・・」
「おい、お前。俺と犬とどっちが大事かわかってんだろーな」
「・・・・・」
「俺の方が大事に決まってんよな、な、そうだろオイ!!だったら今すぐ捨ててくるよな、な!?」
「・・・はい」
「そうか、フン、わかってんじゃねーか。じゃあ俺はここで待ってるからよ。雨に濡れたくねーからな」
あたしは男の人の怒った大声が怖くて、ブルブル震えていた。するとあの女の人の足音が聞こえてきた。
ご主人さまだ!
嬉しくて見上げたあの人の顔は、とても悲しそうだった。
・・・泣いてるの?
あの人はあたしの目を見ずに抱き上げ、毛布をひいたダンボール箱の中に入れ、箱を抱えて外に出た。外は雨が降っていた。
そして、あたしはその時に思い知ったのだ。
人間は、『カレシ』や『カノジョ』の方が犬よりも大事で、犬はジャマになったら捨てられる『モノ』なんだと。『家族』じゃないんだと・・・。
サトルに出会ってからは、あれは悪い夢だったと思いこむことにしていたのに。その最悪の記憶を思い出した時、あたしはこの先の未来、おそろしい未来を見た。
サトルとショウコがあたしをダンボール箱に入れて、冷たい雨の中で置き去りにする光景を・・・。
「ガウウウ!」(イヤ!イヤだー!!)
あたしはショウコの腕を振りほどき、膝から飛び降りて走って逃げた。
「あっ!待ってリリィちゃん!!」
ショウコの声が遠くから聞こえたし、パグぞうさんの待てという声も聞こえたけど、あたしはがむしゃらに走った。
どこに向かっているのか自分でもわからなかったけど、あたしはとても怖くて怖くて、とにかく逃げたかった。そして・・・息も絶え絶えにたどり着いたその場所は、全く知らない所だった。
ハァ・・・ハァ・・・ここ、どこだろう?
公園よりずっとずっと人が少ない、薄汚れたビルばかりが立ち並ぶ場所だった。まだ昼なのに、路地に入ると薄暗くて夕方見たいだった。
ああ・・・あたし、また迷子になってしまったんだ。
来た道を戻ろうと思っても、自分があっちから来たのかこっちから来たのかすら、わからなくなってしまった。
参ったな・・・それにしても、疲れた・・・
あたしは近くの路地に入りこんで、丸くなった。
ね、眠い・・・・・zzz・・・・・
◇ ◇ ◇
「おいっコラ!起きろ!なんでこんな所で寝てんだ」
パチッ!
目をぱっちり開けて周りをキョロキョロ見回すと、パグぞうさんが宙に浮きながらあたしを見下ろしていた。
「パグぞうさん~~~!!!」
あたしは嬉しくてピョンピョン跳ねた。
「バカヤロウ!!」
ビクッ!!
「あんた、なんで急に逃げ出すんだよ!あの二人をこんなに困らせて楽しいか!?」
パグぞうさんはものすごく怒っていた。
「ち、違うよ!困らせたくなんかないよ!!ただ、二人が付き合うって聞いた時に昔のイヤなことを思い出しちゃって、それですごく怖くなって・・・」
「昔のこと?それって・・・ハッ!!いかん!その話は後で聞くからとりあえず戻ろう。サトルも詳子も走り回ってあんたのこと探してるから。オイラがワープで公園まで連れてってやるよ」
「ありがとう~~実は迷子になって困ってたの・・・」
「そんなこったろうと思ってたさ。さ、帰ろ・・・ってリリィ逃げろ!!!」
え?
ガシッ!
「キャイン!」
え?え?誰これ!?痛いよ!!
振り返ると、怖そうな顔の男達が三人。あたしはその内の一人にがっしりと捕まえられてしまったのだった。
「グルルルル・・・ガウッ!ガウッ!」
あたしはジタバタ暴れて必死に抵抗した。でも、男の手が大きくて逃げられない。
男達は言った。
「お、スゲエ唸ってるぜ。チビのくせに」
「しかしすっげえ暴れるな、こいつ。で、どうすんの」
「もちろん、どっかに売るさ。こいつは確か人気があって、高く売れる犬だったはずだ」
う、売る――!!??あたしどこかに売り飛ばされちゃうの!?もうサトルにも会えなくなっちゃうの?そんなあ・・・!!
「キャン!キャン!キャン!」(サトル、助けてー!!)
「あなた達何してるの!!その犬、ウチの子よ!!」
そ、その声は・・・
振り向くとその先に・・・ショウコがいた。ゼエゼエ息をして、すごく怒った顔で。
ショウコは猛ダッシュでこっちへ向かってきた。
「やべえ、飼い主だ。逃げるぞ!!」
男達はあたしをポイっと離すと一目散に逃げていった。ショウコは、あたしを拾いあげてギュッと抱きしめた。
「ごめんね、リリィちゃん。怖かったね。ごめんね」
ショウコは何度も何度も謝った。
「クィーン?」(ねえ、なんで謝るの?・・・泣いてるの?)
ショウコの顔を見上げると、やっぱり涙目だった。
あたしはすごく申し訳ない気分になって、ショウコの手をペロペロなめた。
あたしこそごめんね。ありがとう。
ショウコはちょっとびっくりしたみたいだったけど、すぐに笑顔になった。
「どこもケガしてない?早く帰ろうね。中野君に連絡しなくちゃ」
そうして、あたし達は無事、サトルの元へ帰ってきた。
「リリィ!!!」
サトルは大声であたしの名前を呼んだ。
「無事でよかった・・・!!本当、オレのせいだ、ごめんな。許してくれな。もうリリィを放っていったりしないから」
そう言ってあたしをギュッと抱きしめた。
うん。あたしは大丈夫だよ。またサトルに会えてよかった。
あたしはそんな気持ちを込めて、サトルの顔をペロペロした。
でも・・・あたしが勝手にいなくなったりしたからすごく怒られるかと思ったのに、怒られなかった。なんでだろう?
「中野君、本当にごめんなさい!リリィちゃんに何かあったらと思うと・・・本当にごめんなさい」
ショウコは深々と頭を下げた。
「小宮さん!頭を上げて。むしろオレの方こそ本当にごめんなさい」
サトルも深々と頭を下げた。
「今回のことは全部オレが悪いんだ。小宮さんは悪くない。だから気にしないで」
「うん・・・ありがとう」
ショウコは弱々しく微笑んだ。




