12.第二の作戦
遠くからサトルの声が聞こえてきた。
「おはようございます。会社に行く前にリリィの様子を見に来たんですけど」
看護師さんが言った。
「おはようございます。リリィちゃんですね。ちょっと待って下さいね」
あたしはサトルが迎えに来てくれたのがうれしくてぴょんぴょん跳ねた。
「やったー!サトルと家に帰れる!」
するとパグぞうさんが言った。
「ちゃんと聞いてなかったのか?今から仕事に行くんだってよ」
「えっ!?そうなの?」
看護師さんがやって来た。
「さあリリィちゃん。ご主人さんが来てくれたわよ」
あたしは看護師さんに抱っこされてサトルの元へ連れて行かれた。
そして・・・目の前にサトルが!!昨日はおなかが痛いせいで頭がぼんやりしててちゃんとサトルの顔が見れなかったから超うれしい!!
あたしはしっぽをブンブン振ってサトルの胸に飛び込んだ。そしてサトルの顔をペロペロなめた。
「あははっ、くすぐったいよリリィ。あーよかった、元気そうで」
サトルはあたしの目をじっと見つめてうれしそうに言った。
うん。あたしは元気だよ。そしてこれからもずっと元気でいる。
「もう心配させるなよ」
パグぞうさんが言った。
「うん。もう心配かけないよ。人間の食べ物は食べないし。ちゃんと長生きする」
サトルはあたしを看護師さんに預けて言った。
「また夕方迎えに来ます。じゃあなリリィ。いい子にしてるんだよ」
「クーン・・・(寂しいから早く迎えに来てね)」
そうして、サトルは仕事に出かけて行った。
そして、その日の晩。あたしはサトルに抱かれて、我が家に帰ってきた。あたしはうれしくって、リビング中を走り回った。
「あーっ!やっと帰ってきたぁ!って、なんでついて来てるのパグぞうさん」
「オイラ、今日からあんたの家で寝るから」
「ええっ!?聞いてないよそんなの」
するとサトルがあたしを見て言った。
「ん?どうしたリリィ?急に吠えだして」
「クーンクーン(ううん、何でもないよ)」
あたしはサトルの足元に駆け寄ってすりすりした。そしてパグぞうさんを睨んで言った。
「せっかくの二人のラブラブタイムなんだからジャマしないでよね」
「ハイハイ、どうぞご自由に。オイラもう寝るから」
パグぞうさんはリビングの壁沿いにあるソファーの裏側へ飛んで行ってしまった。
「まったく・・・こっちはいてもいいって言ってないのに勝手に居ついちゃったよ。ってか、あんな所で寝るの?」
その後、あたしは久しぶりにサトルの膝の上に乗ってくつろいだ。
あたしがペロペロとサトルの手をなめると、サトルはあたしの喉元をなでなでしてくれる。
あたしはサトルにおなかを見せて、なでてとおねだりした。
サトルの手は優しくてあったかくて、なでてもらうとうっとりして眠くなってくる。
やっぱりあたし、サトルが大好き。ずっと一緒にいたいな。
そんな幸せ気分のあたしは、ソファーの裏側で眠れずにいるパグぞうさんのことに全く気が付いていなかった。
◇ ◇ ◇
翌朝、サトルは会社へ出かけて行った。
「じゃあリリィ、行ってくるよ」
「ワンッ!(いってらっしゃーい♡)」
サトルを見送ったあたしは、ソファーの裏側をのぞきこんだ。パグぞうさんは、丸くなってまだ眠っている。
「まったくもう。いつまで寝てるんだろ?起きてパグぞうさん!朝だよ!」
「~~うるさいなあ、もう。昨日寝れなかったんだからもう少し寝かせてくれよ」
「えっ?あんなに早く寝たじゃん」
「眠れなかったんだよ!第二案がなかなか浮かばなかったから」
「第二案って?」
「この前詳子に会えなかったろ?だから代わりの作戦を考えてたんだよ」
「もう一回同じ作戦じゃダメなの?」
「あれは効率が悪い。だからもっとストレートな作戦にオイラは賭けようと思う。かなり無茶な方法だけど」
「もう作戦出来上がってるの?」
「おう。だからもうちょっと寝かせてくれ。後で説明するから・・・ZZZ」
「あっ、もう寝ちゃった」
パグぞうさんはそれからずっと眠ったままだった。やっと起きてきたのは夕日が沈む頃だった。
「ふわ~~っ、よく寝た」
「寝すぎだよパグぞうさん。もう夕方だよ?」
「もうそんな時間か」
パグぞうさんは、伸びをしながら窓の外を見た。
「じゃあ、今から第二案の説明を始める」
「ちょっと待って」
「ん?」
「パグぞうさんは忘れてるかもしれないけど、あたしとの約束守ってくれてない」
「?そんなのあったっけ」
「あったよ!あたしとサトルを会わせてくれるって!会社に行けば会えるって!結局会えなかったじゃん!パグぞうさんのウソつき!」
あたしは怒りでプンプンだった。するとパグぞうさんはしばらくの沈黙ののち、言った。
「あー・・・あれか」
「やっぱり忘れてるじゃん!」
「スマン、悪かった。アクシデントがあったとはいえ、約束を守らなかったのはオイラが悪い」
パグぞうさんはすまなそうな顔をして謝った。
「じゃあ、今度は約束守ってくれるんだよね?」
「・・・スマン。それはできない」
「!!なんでよ!?」
するとパグぞうさんは両前足を合わせて言った。
「ホントに悪いっ!もうオイラにはあんたをサトルの会社まで連れて行く力が残ってないんだ。だけど、オイラが死ぬ前の最後の頼みを聞いてくれないか?確かに、あんたには何の得もないけど、犬助けだと思って・・・」
「・・・・・」
「この世でいいことをしたら、天国でいい扱いをしてもらえるって聞いたことが・・・」
「・・・・・」
「ポテチ食わせてあげたろ?」
「あれのせいでめっちゃ怒られたんだけど」
「人間になって、ちょっとは楽しかったろ?」
「・・・・・」
パグぞうさんは目をうるうるさせて懇願してきた。
「もう、あんたしか頼れる奴はいないんだよ・・・頼むよ、この通り!」
「~~~!!もうっ!わかったよ!協力したらいいんでしょ!」
「ホントか!?協力してくれるか!?」
「もう仕方ないじゃん」
あたしは渋々、頼みを聞くことにした。
「ありがとう・・・ホントにありがとう!!」
パグぞうさんは、本当にうれしそうに言った。あたしは何だか照れくさくなって言った。
「何よ、パグぞうさんらしくない」
「らしくないって何だよ、オイラだって礼を言うときは言うぜ」
そしてパグぞうさんは、大きな目であたしをじっと見据えて言った。
「ゴホン・・・あんたに、手紙を書いてもらおうと思ってる」
「手紙?」
「そう。で、オイラはその手紙を詳子の家に直接届ける。そして詳子がいない間に机に置いておいて、読んでもらえるようにする」
「へー・・・」
「しかしそれには、いくつも問題がある」
「どんな?」
「まず一つ目は、この手紙がホントにオイラからの手紙だって、信じてもらえる可能性が限りなくゼロに近いってことだ。だって二十年近くも前に死んだ、しかも文字なんか書けっこない犬から手紙が来るなんて普通の大人は信じない」
「うーん・・・」
「そして二つ目は、あんただ」
「あたし?」
「あんたがちゃんと文字を書けるようになるか、だ」
「うーん・・・それはまあ、頑張るけど」
「ホントだぜ?途中でイヤだとか言わないでくれよ?」
「うん」
「じゃあ早速練習を始めるぞ。まずはあんたを人間にするから。目、閉じてな」
そしてあたしはまぶしい光に包まれた。目を開けると、人間の姿になっていた。
「次に、そこのペン立てからマジックペンを、新聞入れからウラが白紙になってるチラシを持ってきてくれ」
それから、あたしの文字を書く特訓が始まった。




