↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
契約の神は有料です  作者: 小説家になれない人
第一章「初回契約」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/15

第四話「河を探せ」

森は思ったより深かった。


木々の隙間から差し込む光が斜めになってきた頃、セリアはようやく口を開いた。


「あの……ヴァル様」


「なんだ」


「やっぱり、村を探した方がよくないですか?」


ヴァルは足を止めなかった。


「河が先だと言っただろ」


「それはわかってます。いきなり村に行っても怪しまれるだけ、っていうのも」セリアは空を見上げた。木々の隙間から見える光が、もう橙色を帯び始めている。「でも、日が暮れそうなんです。夜の森で野宿するくらいなら、怪しまれても村の方が——」


「河はもうすぐだ」


「どうしてわかるんですか。河がどこにあるかも——」


「風下に歩けば湿気が増す。湿気が増せば河が近い」


セリアは口を閉じた。


確かに、ここ少しの間、空気が少し湿っぽくなってきた気がする。それに気づいていたのか、このまま歩き続ければ河に出るということも。


(……見てるんだ、ちゃんと)


黙ってついていくことにした。


---


河は、三十分ほどで見つかった。


さほど大きくはないが、流れは澄んでいた。川岸には平らな石が並び、木陰が程よく影を作っている。ヴァルはひと目見て、迷わずその場に腰を下ろした。


「ここだ」


「ここで何をするんですか」


「待つ」


「……何を?」


「子供」


セリアは眉を寄せた。


「子供を、待つ?」


「こういう河には村から子供が水汲みに来る。困ってる家の子供なら、何かを差し出せば懐く。それだけだ」


セリアは複雑な顔をした。が、言い返せなかった。


---


食料の確保は、ヴァルが一人でやった。


川に手を入れ、しばらく動かずにいると、魚が寄ってきた。素手で、しかも一匹も逃さずに。神力が使えなくても、その動きには一切の無駄がなかった。


「……魚の取り方、知ってたんですか」


「いろいろ見てきたからな」


この世界の十五年だけの話ではない、という口ぶりだった。最高位の神。数多の世界を救ってきた神。セリアは、天使長の言葉を思い出した。


木の実も、食べられる草も、ヴァルはひと目で見分けた。セリアには同じ森に生えているようにしか見えないものを、食べられるものとそうでないものに仕分けていく。


「あの……ヴァル様って、意外と何でもできるんですね」


「意外と、は余計だ」


ヴァルは手を止めずに言った。


「どの世界でも、人間は食って、寝て、生きてる。それを見てりゃ、このくらいは覚える」


セリアは「すみません」と呟いた。それから、少しだけ、その横顔を見た。


簡単な拠点を作るのも速かった。倒木を利用して雨風をしのげる囲いを作り、石を組んで火が起こせるようにする。神力なしで、ただの知識と手先の器用さだけで、それをやってのけた。


セリアが感心して見ていると、ヴァルが振り返って言った。


「何をぼさっとしてる。薪を集めてこい」


「は、はい!」


---


火を起こして、焼いた魚を食べながら、ヴァルが口を開いた。


「状況を整理する」


「は、はい」セリアは姿勢を正した。


「まず俺たちは今、下界に落ちた。神力はほぼゼロ。信者もいない。食料がなければ死ぬ」


「し、死ぬんですか? 神なのに?」


「下界にいる間は、ここの生き物と同じルールが適用される。腹が減れば食べる必要がある。怪我をすれば治す必要がある。死ねば——」ヴァルが焼き魚を一口かじった。「まあ、天界との接続が残ってれば復活できるが、余計な手間だ」


「そ、そうですか……」


「次に目標だ」


「勇者召喚ですよね? さっさとやって——」


「違う」


ヴァルがセリアを見た。


「目標は、神力を貯めて天界に帰ることだ」


「……え? でも勇者を——」


「他の神がやればいい」


「でも、ヴァル様がここにいる間、天界は——」


「天界の連中はプライドが高い」ヴァルが川を見た。「俺がここにいる以上、他の神は絶対に手を出さない。神が担当してる世界に割り込むのは、天界じゃ御法度だからな。つまり俺が帰れば、次の担当が来る。そいつが勇者召喚でも何でもやればいい」


セリアはしばらく黙った。


「……それは、この世界を諦めるということですか」


「俺の仕事じゃないと言ってる」


「でも、人が——」


「俺は慈善家じゃない」ヴァルがぴしゃりと言った。「対価のない仕事はしない。それが俺のやり方だ」


セリアは反論できなかった。でも、どこか腑に落ちないものが残った。


「……で、天界に帰るためには神力が必要で、神力を貯めるには信者が必要、ということですか」


「そういうことだ」ヴァルが立ち上がった。「最低限の信者を集めて、帰れるだけの神力が貯まったら即撤退。それだけだ」


「……ちなみに、帰ったら何をするんですか」


「新作のエロゲーがある」


「…………」


「積んだままなんだ。早くやりたい」


セリアは盛大なため息をついた。


(この人の目標、それ?)


「文句あるか」


「……ございません」


「じゃあ寝ろ。明日から動く」


---


翌朝から、ヴァルは河のほとりで待った。


特に何をするわけでもなく、ただ座って水の流れを見ていた。セリアが「本当に子供が来るんですか」と聞くと、「来る」とだけ答えた。


二日目も、来なかった。


三日目の朝、セリアがそろそろ村を探しに行きましょうと言いかけたとき、ヴァルが静かに言った。


「来た」


草むらの向こうから、声が聞こえた。子供の声だった。二人分。


ヴァルがセリアを見た。


「いいか、セリア」


「な、なんですか」


「お前、これからそこの罠に引っかかれ」


セリアは目を瞬いた。


「……え?」


「俺が昨日仕掛けておいた罠がある。木の根元、少し右だ。そこに足を踏み入れて、助けを呼べ。大げさに」


「ちょ、ちょっと待ってください、なんで私が——」


「お前が困ってれば、子供は助けに来る。そこで自然に接触できる」


「全然自然じゃないですよね!? ただの自作自演じゃないですか!」


「喧しい」


ヴァルがセリアの背中に手を当て、軽く押した。


「ちょ、ちょっ、ヴァル様——」


ぐいっと押された勢いで、セリアが一歩踏み出した。


ぱちん、と音がして、足首に何かが絡まった。


「きゃっ——!」


派手に転んだ。草の上に両手をついて、足首に縄が絡まったまま、セリアはヴァルを振り返った。


「ヴァル様のせいですよね!? 今絶対押しましたよね!?」


「気のせいだ」


ヴァルはすでに近くの茂みに消えていた。


セリアは深呼吸した。こんな状況で、こんな人の言う通りにしなければいけないのか。


でも、子供の声は近づいてきていた。


(……しょうがない)


「た、助けてください——!!」


できる限り大げさに叫んだ。


---


草むらをかき分けて最初に現れたのは、小さな男の子だった。


八歳くらいだろうか。丸い目をして、麻袋を背負っていた。その子が駆け寄ってくるのを、少し遅れて、もう一人が追いかけてくる。


少女だった。


十代の半ばほど。短く結んだ髪に、日焼けした肌。目が鋭い。でもその目には、迷いなく人を見る強さがあった。首元で、何か小さなものが陽を受けて、少しだけ光った。


「セト、待って——」


少女が男の子——セトを呼び止めようとしたが、セトはすでにセリアの前にしゃがみ込んでいた。


「大丈夫? 足、はさまってる!」


「あ、ありがとう。助かります——」


セトが縄を外そうと格闘し始めた。少女がセリアを見る。警戒した目だった。


「……誰? こんなとこで何してたの」


「あの、その、通りかかったら罠に——」


「こんな場所に罠は仕掛けないよ」


少女はまっすぐな目でセリアを見た。嘘を見抜こうとしているような、真剣な目だった。


セリアが返答に詰まったところで、茂みから声がした。


「大丈夫か」


ヴァルが出てきた。ゆっくりと、何事もなかったように。


「一緒に来てたのか?」と少女が言った。


「ああ。こいつが迂闊だった」


「ヴァル様の——!」


「腹が減ってるだろ」


ヴァルがセリアの言葉を遮って、袋から取り出した焼き魚を差し出した。セトの目が輝く。少女の目は、まだ警戒したままだ。


「……なんで食べ物を持ってるの」


「たまたまだ」ヴァルが肩を竦めた。「何かの縁だろ。ついでにやる」


少女は受け取らなかった。セトが「お姉ちゃん! もらおうよ!」と引っ張ったが、少女は動かなかった。


ヴァルはしばらくその様子を見てから、焼き魚を地面に置いた。


「急がなくていい。腹が減ったら食え」


それだけ言って、河の方へ歩き出した。


「お前たちが飯に困ったら、また来い。ここにいる」


少女が、その背中を見ていた。


警戒は消えていなかった。でも何か、一つだけ引っかかりが生まれたような目をしていた。


セトが袋から木の実を取り出して、地面に置いた焼き魚と交換するように並べた。


「お礼!」


セリアは思わず笑った。


ヴァルは振り返らなかった。でも、その背中が少しだけ——ほんの少しだけ、緩んだ気がした。


---


夜、拠点に戻ってから、セリアはヴァルに聞いた。


「あの子たちの名前、聞かなかったんですね」


「向こうから言うまで聞かない」


「なぜですか」


「名前を聞くのは、次に会うためだ。次があると決まってないのに聞いても意味がない」


セリアは火の前に座りながら、今日のことを考えた。警戒した目の少女。真っ先に飛び出してきた男の子。


「……また来ると思いますか」


「来る」ヴァルが即答した。


「根拠は?」


「セトとかいう子供が、木の実を置いていった」


セリアは頷いた。確かにそうだった。あれは、また来ると言っているようなものだ。


「あの女の子は」


「来る」ヴァルがまた即答した。「あいつは目が良かった。俺を信用はしてないが、判断を保留にした。保留にする奴は、答えを出しに来る」


セリアは少し沈黙してから、言った。


「……ヴァル様って、人を見るのが得意なんですね」


「長く見てきたからな」


それだけ答えて、ヴァルは目を閉じた。


火の音だけが、しばらく続いた。


---


*次話「最初の接触」に続く*

お読みいただきありがとうございます!

神力ゼロでも、魚は素手で獲れる。罠も仕掛ける。ただし仕掛けた罠に落とすのは付き人。

そして天界に帰りたい理由がエロゲー。ブレない神様です。


ようやく出会ったノアとセト。

次話「接点」は明日10/19の19:10に投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。