第十五話「枢機卿アリア」
朝の光が、瞼の裏を焼いた。
セリアは、もぞもぞと身じろぎして、目を覚ました。
体に、見覚えのない上着が掛かっている。ヴァルのものだ。——いつの間に。寝ぼけた頭で、ぼんやりとそれを押しのけ、上半身を起こす。
そして、目の前の光景に、まばたきをした。
昨夜、組みかけだったはずの拠点が、もう、ずいぶん形になっている。骨組みだけだった壁に板が張られ、屋根の半分が葺かれていた。
(……いつ、やったんですか)
あの男は、寝なかったのだろうか。
呆れ半分に拠点を眺めて——ふと、その傍らに、目が留まった。
地面に、穴が掘られていた。
ひとつ、ふたつ——いや、もっとだ。等間隔に、いくつも。深さも、幅も、揃っている。ていねいに、まっすぐに掘られた、細長い穴が、いくつも並んでいた。
「……なに、これ」
セリアは、首をかしげた。
拠点を建てるための、何かだろうか。柱の土台にしては、形がおかしい。畑の溝にしては、ここは土がやせている。
わからなかった。
わからないまま、その穴が、なんとなく——少しだけ、薄ら寒く感じられた。理由は、自分でもわからない。
ヴァルの姿は、どこにもなかった。
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「セリアー、おはよー!」
声がした方を見ると、ノアとセトが、こちらへ駆けてくるところだった。
「あ……おはよう」
セリアは、まだ半分眠ったまま、気の抜けた声で返す。
「ヴァルなら、畑にいたよ」セトが、元気よく言った。
「畑?」
「うん。それでね、『その袋持ってこい』だって!」
セトが、地面に置かれた大きな袋を指さした。
——またか。
セリアは、内心でため息をついた。昨日あれだけこき使われて、今日もまた荷運びか。この神は、本当に、人を休ませるということを知らない。
それでも、文句を言ったところで始まらない。セリアは、よっこらしょと袋を担いだ。ずしりと重い。
中身は——肥料だった。
拠点に、穴に、肥料まで。いったい、いつ寝ているのか。セリアには、本気で謎だった。
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袋を担いで、村の中を歩いていく。
村は、いつもより少し、慌ただしかった。
女たちが、せわしなく行き交っている。井戸端では、何人かが声をひそめて、何かを話し込んでいた。広場の方には、見慣れない馬が何頭もつながれている。
(……なんだろう)
妙な、落ち着かない空気だ。セリアは引っかかりを覚えたが、袋が重くて、深く考える余裕もなかった。
畑に着くと、ヴァルがいた。
実った野菜を、ひとつひとつ、もいでいる。
その量に、セリアは目を見張った。籠が、いくつも満杯になっている。しかも、どれも大ぶりで、色つやがいい。やせていたはずのこの村の畑から穫れたものとは、とても思えなかった。
「来たか、寝坊助天使」
ヴァルが、こちらに気づいて言った。
「……」
セリアは、むっとした。が、言い返すのも面倒で、無視することにした。袋を地面に下ろし、籠の山を見やる。
「……結構、穫れましたね」
「まあな」
ヴァルは、また一つ、野菜をもいだ。
「あとは、これが安定すればいい。芋類みたいな、保存のきくものが穫れるようになれば——食う物は、もう困らなくなる」
「なんか、それ」
ノアが、口をとがらせた。
「人ごとみたいな言い方じゃない?」
ヴァルは、答えなかった。
ただ、わずかに手を止めて——すぐにまた、動かしはじめた。
「いいなー!」
空気を読まないセトが、籠の野菜に目を輝かせた。
「たべたーい! ねえ、ちょうだいよー!」
「こぼすなよ」
ヴァルは、もぎたての一つを、ぽいとセトに放った。
セトが、両手で受け止める。そして、かじりついた。
「んー! あまい!」
頬を、いっぱいにふくらませて。実においしそうに、食べる。
その横で、ノアが笑い、セリアも、つられて口元をゆるめた。
(……いつもの、日常だ)
ぼやくヴァル。はしゃぐセト。それを見て笑うノア。ついこのあいだまで燃えていた村に、いつのまにか、こんな当たり前が戻っている。
なんてことのない、朝。
ずっと、こうだといい。
セリアは、ふと、そんなふうに思った。
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その、のどかな空気を破って——村長が、足早にやってきた。
「ヴァル様」
いつもの、穏やかな村長だった。けれど、その声には、隠しきれない硬さがあった。
「枢機卿アリア様が、村にお見えになりました」
セリアの肩が、びくりと跳ねた。
——枢機卿。
女神教の、高位の聖職者。しかも、女神教が公に認めた聖女でもあると、村長は言い添えた。それが、この辺境の村に。
ヴァルは、野菜をもぐ手を止めなかった。
「俺には、関係ないだろう」
素っ気なく言う。
「いえ」
村長は、淡々と続けた。
「アリア様は、あの夜のことを——盗賊と魔族の襲撃、それに、その晩に空へ立ちのぼった光のことを、お調べに来られました。今は、レイン様が応対されています」
「ふん」
「ですが、いずれ、こちらにも足を運ばれるはずです。そうなれば、ヴァル様にも聞き取りが及ぶと思います」
その一言で、ヴァルは、ようやく手を止めた。
「……なるほどな」
籠の野菜を見下ろし、少し考える。
「途中から首を突っ込まれるより、最初から話の場にいた方がいい、か」
ヴァルは、土の付いた手を、ぱんぱんと払った。
「わかった」
野菜の籠をひとつ提げて、村長の後についていく。
その背中を、セリアは、慌てて追いかけた。
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少し前。
村の広場に、枢機卿の一行が到着していた。
馬車から降り立ったアリアを、レインは、騎士の礼で迎えた。
結い上げた淡い桃色の髪が、朝の光に透けている。涼やかな目元に、すっと通った鼻筋。すらりとした長身を包む白い祭服は、慎ましい仕立てのはずなのに、その下の豊かな曲線を隠しきれていない。村の女たちが、遠巻きに息を呑んでいるのがわかった。
絶世の美女。王都でそう噂されるのも、無理はなかった。
「遠路、ご苦労さまです。枢機卿様」
「出迎え、ありがとう。レイン」
短いやりとりだった。それ以上の言葉は、どちらからも出てこない。
アリアの背後には、護衛の騎士たちが控えていた。前線の部隊だ。見知った顔が、いくつかある。
その中に、ひとり。
黒髪の、細身の騎士がいた。無造作に乱れた毛先と、目元にかかる長めの前髪。陽を受けると、その黒にわずかに青みがかった灰色の艶が走る。前髪の奥の切れ長の目は、鮮やかな金色だった。色白で、どこか中性的な顔立ち。周りの騎士たちが緊張で肩を固くしている中、その男だけが、ひどく余裕のある目をしていた。
シモン。
前線で、同じ部隊にいた後輩だ。
目が合った。
シモンは、アリアの背中に隠れるようにして、腰のあたりで小さく手を振ってきた。ひらひら、と。口の形だけで「せ・ん・ぱ・い」と言っている。
レインは、こめかみを押さえたくなった。
(……相変わらずだ)
枢機卿の護衛中だ。直立不動でいろ、と何度言ったかわからない。腕は立つ。目もいい。前線でも、この男の剣に何度も助けられた。ただ、この軽さだけは、どうにもならない。
レインは、見なかったことにした。
シモンが、ちょっとだけ不満そうに口をとがらせたのが、視界の端に映った。
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村の集会所として使われている、村長宅の広間。
その中央に、枢機卿アリアは、背筋を伸ばして座っていた。
卓を挟んだ向かいには、レインがいる。
——久しぶりだった。
最後に顔を合わせたのは、もう、ずいぶん前になる。あの、辞令を渡した日以来。
アリアは、膝の上で、そっと手を握った。
レインは、問われたことにだけ、簡潔に答えた。あの夜、盗賊が村を襲ったこと。応戦し、退けたこと。被害の規模。淡々と、過不足なく。報告書に書かれていた通りの内容を、口頭でなぞるように。
その目は、こちらを見ているようで、どこも見ていなかった。
(……変わって、いない)
いや。変わったのは、自分の方かもしれない。
胸の奥が、きしむ。
あの日。前線を上げて戦うべきだと、レインは具申した。独断ででも動こうとした。それを、上層部は許さなかった。彼は、この辺境へ飛ばされた。
決めたのは、自分ではない。
でも——辞令を、その手に渡したのは、アリアだった。
あのとき、「これはおかしい」と思っていた。彼の判断の方が正しいと、心のどこかで分かっていた。それなのに、立場が、それを言わせなかった。枢機卿として、組織の決定に、ただ署名し、ただ手渡した。
なぜ、彼ほどの騎士を、前線から遠ざけたのか。あの人事は、本当に、ただの懲罰だったのか。今でも、腑に落ちていない。
そして今、自分は、彼を調べる側として、ここに座っている。
「……レイン。私は」
謝りたい。あのときのことを。
喉まで、言葉が出かかった。
——その時。
「失礼します」
広間の戸が開いて、村長が入ってきた。
アリアに向かって、深く頭を下げる。
「アリア様。お話の最中に、すみません。あの夜のことをお調べとうかがいました。それなら、この方にも、お話を聞いていただいた方がいいかと思いまして」
出かかっていた言葉は、そのまま、喉の奥に戻っていった。
村長が、後ろを振り返る。
その視線の先、入り口に、男が立っていた。
土だらけの服。袖をまくった腕にも、頬にも、乾いた泥がこびりついている。手には、もぎたての野菜を山と盛った籠を、さも当然のように提げていた。
その後ろから、息を切らしたセリアが追いついてくる。
「すみません、そこで止まってもらえますか」
アリアの傍らに控えていた護衛が、すっと前に出た。
黒髪の、若い騎士だった。声は柔らかく、口元には笑みさえ浮かんでいる。けれど、その体は男とアリアのあいだに、ぴたりと収まっていた。剣の柄には、軽く手が添えられている。
「枢機卿様の御前なので。どちらさまか、うかがっても?」
「素性なら、私が存じています」
村長が、穏やかに、けれどはっきりと言った。
「こちらは、この村の教会跡地をお任せしている、ヴァルディオス様です」
その名を聞いて、随行員の一人が、はっと顔色を変えた。
そして、アリアのそばへ歩み寄ると、声をひそめて耳打ちした。
「枢機卿様。例の手紙にあった、『神を名乗る者』かと」
アリアは、その男を、改めて見た。
——これが。
女神を否定し、神を名乗るという者。手紙に書かれていた、聖地を奪う不気味な存在。そして——レインが報告書に一行も書かなかった、あの光。その答えかもしれない男。
てっきり、もっと——禍々しい何かを、想像していた。
なのに、目の前にいるのは、野菜くさい、薄汚れた男だ。
けれど。
アリアは、すっと立ち上がった。
見た目のことなど、まるで意に介していないかのように。まっすぐに、男のもとへ歩み寄る。黒髪の騎士が、目だけで「よろしいので?」と問うてきたが、アリアは小さく頷いて、その脇を抜けた。
「お初に、お目にかかります」
そして——両手で、ヴァルディオスの、土に汚れた手を、そっと取った。
護衛たちが、息を呑む。
「此度の盗賊の一件、うかがっております。村に犠牲が出たことは、まことに、痛ましいかぎりです。——ですが」
アリアは、まっすぐにヴァルディオスを見上げた。その瞳に、偽りはなかった。
「あなたが、レインを。そして、この村の人々を、救ってくださった。女神に仕える者として、村を案ずる一人として——心より、御礼を申し上げます」
飾りのない、心からの言葉だった。
異端だろうが、神を名乗ろうが、関係ない。村を救った者には、頭を下げる。それが、アリアという女の、信仰の形だった。
ヴァルディオスは、しばし、アリアを見下ろしていたが。
「……ふん」
ゆっくりと、口の端を上げた。
「いい女だな、あんた」
「……は?」
「顔も、声も、肝の据わり方も。それに——」
ヴァルディオスの視線が、アリアの顔から、すうっと下へ降りた。祭服の胸元で、ぴたりと止まる。
「——いい眺めだ」
「っ……!」
アリアは、握っていた手を、ぱっと離した。
とっさに、両腕で胸元をかき抱く。白い頬が、みるみる赤く染まっていった。枢機卿の威厳など、どこかへ消えていた。そこにいたのは、ただ、真っ赤になってうろたえる、ひとりの若い女だった。
「ヴァル様ーーッ!!」
セリアが、顔を真っ赤にして、その背中を引っぱたいた。
「枢機卿様の御前ですよ!? いい加減にしてください!!」
「事実を言ったまでだ」
「事実とか、関係ないです!!」
随行員たちが、ぎょっとして腰を浮かせる。レインは、額に手を当てて、深く息を吐いた。黒髪の騎士だけが、うつむいて肩を小刻みに震わせている。笑いをこらえているのは、誰の目にも明らかだった。
アリアは、胸元を押さえたまま、まだ熱い頬をどうにもできずにいた。
(……これが、神を名乗る者?)
胸の中に生まれたのは、警戒でも、怒りでもなかった。
ただ、ひとつの、大きな疑問符。
手紙の不気味さも、レインの沈黙も、馬車で募らせた緊張も。何もかもが、この一人の、不埒で野菜くさい男の前で、急に現実味を失っていく。
警戒しなければ、と頭ではわかっている。それなのに——気づけばアリアは、この男のことを、もっと知りたいと思いはじめていた。
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ヴァルディオスが、卓の隅に、どかりと腰を下ろした。野菜の籠を、足元に置く。まるで、自分の家のような寛ぎようだった。
随行員たちが、なおも警戒の目を向けている。けれど、アリアが小さく手で制すると、しぶしぶ、腰を戻した。
「……では、あらためて」
アリアは、居住まいを正した。
ここからが、本題だった。
「私が知りたいのは、あの夜のことです。報告書には、ひととおり目を通しました。ですが——直に、うかがいたい」
一つ、ひとつ、確かめるように、アリアは問いを置いていった。
あの夜、本当に、盗賊が村を襲ったのか。
魔族までもが、現れたというのは、事実か。
奴らの狙いは、何だったのか。
誰が、それを退けたのか。
村長が、レインが、順に答えていく。
盗賊が襲ってきたのは、事実。そこへ、魔族までもが現れたのも、事実。村人たちは、ヴァルディオスの指揮のもと、教会へ立て籠もった。その最中に、教会は焼け落ちてしまった。
「盗賊は、殉職した騎士たちと、レイン様が」村長が言う。「そして、魔族は——レイン様が、お一人で討ち取られました」
傍らで聞いていたヴァルディオスは、内心、少しばかり危ぶんでいた。
(おいおい。さすがに、無理があるんじゃないか)
魔族を、レイン一人で。そのくだりだけは、話を盛りすぎではないか、と。
ところが。
アリアの視線が、レインへと向いた。
魔族を、単身で。
——いや。この男なら、ありえない話ではない。剣聖の加護を継ぐ、女神教でも指折りの聖騎士。むしろ、彼にしかできぬ芸当だろう。
彼女は、眉ひとつ動かさず、存外あっさりと、その説明を受け入れた。
(……信じる、のか)
ヴァルディオスは、わずかに意外そうな顔をした。この女、何を考えているのか読めない。
「では——光のことは」
アリアが、レインに尋ねた。
「あの夜、空に光が立ちのぼったと、各地から報告が上がっています。女神の顕現かと、騒ぎになるほどの。報告書には、その記載がありませんでした」
ここだけは、レインの口が、明らかに重かった。
「……あれが何であったかは、私にも、わかりかねます」
慎重に、言葉を選ぶ。
「あのときは、村人を守るのに手いっぱいでした。外で何が起きていたか、つぶさには見ておりません。——光に気づいたときには、もう、消えかけていた」
嘘では、なかった。
けれど、すべてを語ってもいない。
アリアには、それが、わかった。この男は、ここだけ、ぴたりと口を閉ざす。
「あのレイン殿が、見ていない、と」
随行員の一人が、ぽつりとこぼした。誰に聞かせるでもない、独り言のような調子で。
アリアは、口を閉ざした。
二の句を、継げなかった。
「——逆に、うかがいたい」
今度は、レインの方が、口を開いた。
その目が、まっすぐにアリアを見据える。
「魔族が、人間の領地の、これほど奥深くまで現れた。本来、ありえぬことです。女神教の国境の監視網は——いったい、どうなっているのですか」
静かな、けれど、鋭い問いだった。
アリアは、息を呑んだ。
攻守が、入れ替わっていた。
「……申し訳、ありません」
アリアは、目を伏せた。
「正直に申し上げます。その件については、本部にも、何の報告も上がっておりませんでした。魔族の侵入を、監視網は捉えていなかった。——我らの監視は、もはや、完全ではない」
彼女は、レインから目を逸らさず、続けた。
「事実を、確かめます。そして、二度とこのようなことが起きぬよう、再発の防止に努めます。これは、女神教の、私の——責任です」
言い訳も、ごまかしも、なかった。
「まずは、護衛の騎士から五名を、この村の駐屯として残します。あの夜に失われた守りの、補いとして」
レインは、アリアの背後に並ぶ騎士たちへ、ちらりと目をやった。
黒髪の騎士と、目が合った。金色の目が、楽しそうに細められる。——たぶん、もう自分が残る側に入るつもりでいる顔だ。
レインは、静かに視線を戻した。
それ以上、何も言わなかった。ただ、わずかに目を細めて、アリアを見ていた。その内心が何を思っていたのかは——アリアには、読み取れなかった。
話は、そこで、行き止まった。
訊くべきことは、訊いた。返せることは、返した。
広間に、重い沈黙が、降りた。
---
その沈黙を破って——広間の戸が、開いた。
「村長。少し、よろしいですか」
入ってきたのは、神官のハロルドだった。
彼は、村長に用があって来たらしい。が、卓の隅に我が物顔で座るヴァルディオスの姿を認めると、あからさまに、嫌な顔をした。
先日の会合で、跡地の譲渡をめぐって、この男に煮え湯を飲まされたばかりだ。その遺恨は、まだ、消えていない。
「どうされました、ハロルドさん」
村長が問うと、ハロルドは、ヴァルディオスから目を逸らし、努めて穏やかな声を作った。
「亡くなった方々の、身元の確認が、すべて終わりました。ご遺族との、お別れも。——あとは、弔ってさしあげるばかりです」
「……そうですか」
村長は、深く頷いた。
「ありがとうございます、ハロルドさん。手を尽くしてくださって」
「いえ。神官として、当然のことです」
そう答えてから——ハロルドの目が、ふと、アリアの方を向いた。
その顔に、何かを思いついたような色が、差す。
「……これは、ちょうど、よろしいのではありませんか」
「と、言いますと?」
「枢機卿アリア様が、こうして、おられるのです」
ハロルドの声に、熱がこもった。
「これ以上の、誉れはありません。アリア様に、御自ら、祈りを捧げていただく。そうして、亡き者たちを、女神様のもとへ——そのまま、土に還して、弔ってさしあげましょう」
それは、名案に思われた。
枢機卿じきじきの祈りで送られるなら、死者にとっても、遺族にとっても、これ以上の手向けはない。村長も、異存はないようだった。
「ええ。アリア様さえ、よろしければ」
「もちろんです」
アリアは、静かに頷いた。
死者を悼み、女神のもとへ送る。それは、女神教に仕える者として——いや、一人の人間として、当然のつとめだった。
彼女は、祈りのために、ゆっくりと、腰を上げようとした。
——その、瞬間。
「——おい。待て」
低い声が、制した。
ヴァルディオスだった。
それまでの、けだるげな様子は、消えていた。卓の隅から、まっすぐにアリアを見据えている。
「まさか、あんた」
その目に、ひやりとするような、真剣な光があった。
「——そのまま、埋めるつもりじゃ、ないだろうな」
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*第三話 終*
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次話は11/4 (水)の19:10に投稿します。




