↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
契約の神は有料です  作者: 小説家になれない人
第一章「初回契約」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/16

第十六話「死生観」


——遠い、遠い昔。


まだ世界が、何もない虚ろであった頃。


女神は、その手で、天と地をお創りになった。


空を渡す光を。大地を潤す水を。風を、緑を、獣を。そして——人を。


女神は、ご自身の慈しみを込めて、人に命を吹き込まれた。だから、人の命とは、女神からの授かりもの。一人ひとりの内に、女神の慈愛が、宿っている。


ゆえに——人は、その生涯を終えたとき。


女神より賜った体を、ありのままの姿で、大地へと還す。生まれ出たことへの感謝を込めて。そうして魂は、母なる女神のもとへと帰り、ふたたび、その懐に抱かれるのだ。


土に還ることは、女神のもとへ還ること。


それは、死者にとっての、何よりの安らぎ。


——これが、女神教の、死生観であった。


アリアもまた、生まれたときから、この教えを胸に抱いて生きてきた。死者は、土に還り、女神に会う。だからこそ、丁重に弔い、祈りを捧げ、その魂を送り出す。


死した者が、救われること。


生者と同じように、敬われ、悼まれること。


それが、当たり前のことだと——彼女は、信じて疑わなかった。


---


「——そのまま、埋めるつもりじゃ、ないだろうな」


ヴァルディオスの、その一言の意味が。


アリアには、すぐには、わからなかった。


埋葬する。土に還す。それ以外に、いったい何があるというのか。死者を弔うとは、そういうことではないのか。


「何を、言っているのです」


先に噛みついたのは、ハロルドだった。


「命はみな、女神様のもとへ帰るべきもの。土に還すのが、当たり前でしょう。それを——埋めずに、どうしようというのだ」


「埋めれば、腐る」


ヴァルディオスは、短く言った。


「死体ってのは、放っておけば腐る。悪臭が出る。病の元にもなる。——この村には、子供も、年寄りも、大勢いる。それを、どうするつもりだ」


広間が、しんと静まった。


アリアは、思わず、眉をひそめた。


「……それは、まるで」


声が、震えた。


「死者を、まるで——汚らわしいものか、何かのように」


「死者を、病の元呼ばわりするのか!」


ハロルドが、顔を真っ赤にして、声を荒げた。


「なんという、罰当たりな! 亡くなった方々への、冒涜だぞ!」


「その通りだ」


ヴァルディオスは、平然と、言い放った。


「——っ」


あまりにも、あっさりと肯定されて。


ハロルドも、アリアも、その場にいた者たちは皆、あっけに取られた。


悪びれもしない。取り繕いもしない。死体は腐り、病の元になる。それは、まぎれもない事実だと、この男は言ってのけたのだ。


---


「……それでは」


アリアは、込み上げる感情を、懸命に抑えながら、口を開いた。


「それでは、死者が、あまりにも報われません」


まっすぐに、ヴァルディオスを見据える。


「女神様は、亡くなった者の魂を、受け入れてくださいます。安らぎを、お与えくださる。——そのためにこそ、人は土に還り、女神様のもとへ参じる必要があるのです。それを、汚物のように扱うなど——」


「その女神とやらに」


ヴァルディオスが、遮った。


「会ったことのあるやつは、ここにいるのか?」


——え。


アリアの言葉が、止まった。


広間が、再び、静まり返る。


誰も、答えなかった。村長も、ハロルドも、随行員たちも。女神に会ったことのある者など、いるはずがない。誰一人として。


「……いないのか」


沈黙を確かめてから、ヴァルディオスは、淡々と続けた。


「なら、土に埋めたところで、その女神とやらに会えるかどうかも、わからんな」


「——っ、それは、言いがかりです!」


アリアは、感情のままに、声を上げた。


けれど、すぐに、自らを律する。枢機卿たる者が、激情に駆られてどうする。彼女は、息を整え、言い直した。


「……会った者がいないからといって。女神様が、存在しないということには、なりません」


「ああ。俺も、いないとは言っていない」


ヴァルディオスは、あっさりと頷いた。


「信じるのは、お前たちの自由だ。誰にも、否定する権利はない」


意外な言葉だった。


アリアが、戸惑う。


「だが」


ヴァルディオスの声が、わずかに、低くなった。


「だからといって——死んだ者のために、生きている者が病に倒れるのは、違うだろう」


---


「それに、だ」


ヴァルディオスは、さらに続けた。


「魔法によっては、死体から——アンデッドを、作ることもできる」


「アンデッド、だと?」


ハロルドが、鼻で笑った。


「でまかせを。そんな魔法、聞いたこともない」


「……ええ。私も、そのような魔法は存じません」


アリアは、静かに言った。


声は、落ち着いていた。けれど、その顔からは、すっと血の気が引いていた。


——実在する。


魔族が、死者を操る術を使った。その例が、前線で確認されている。民に知れれば、動揺は計り知れない。だから、教会の中でも、ごく一部の者にしか知らされていない極秘事項だった。


枢機卿である自分でさえ、つい先ごろ知ったばかりの話だ。


それを、なぜ。


辺境の村に住みついた、この得体の知れない男が、知っているのか。まるで、見てきたかのように。


——いったい、何者なのか。


「……ですが、仮に、そのようなものがあるとすれば」


アリアは、努めて平静な声を保った。


「それは、死者を弄ぶ、あってはならない邪法です」


そして、その疑問を、ひとまず呑み込んで、問うた。


「……あなたは。その問題を、どう解決するおつもりなのですか」


「火葬だ」


ヴァルディオスは、即座に答えた。


「遺体を焼く。灰にして、それを土に埋める」


——焼く。


アリアは、驚愕した。


「な——」


「死者を、焼くだと!?」


ハロルドが、悲鳴のような声を上げた。


「正気か! 亡き者を、さらに痛めつけるなど——そんな惨いこと、あってよいものか!」


随行員たちが、どよめいた。レインでさえ、わずかに眉を寄せている。死者を焼く。そんな弔いは、誰も、聞いたことがなかった。


けれど、ヴァルディオスは、そのどよめきを、まるで意に介さなかった。


---


「人は、死ねば、終わりだ」


彼は、静かに、言った。


冷たい言葉だった。


けれど、ただ冷たいだけではなかった。その奥に、何か——アリアには、まだ名づけられない、別の温度が、宿っていた。


「どんなに祈ろうが、どんなに願おうが、死んだ者は、二度と戻らん。——だからこそ、生き残った者は、死者と、きちんと別れなきゃならん。別れて、前を向いて、歩いていかなきゃならんのだ」


ヴァルディオスの声は、おごそかですらあった。


「死者が、生者の足を、引っ張ってはいけない」


そして、彼は、天を指した。


「火は、あらゆるものを、天へ運ぶ。煙となって、空へ昇っていく。——お前たちの言う、神に近いところへ。よほど、導いてくれるんじゃないのか」


「それでは——」


ハロルドが、すがるように言った。


「それでは、あまりにも、死者が不憫だ! たとえ死んでしまっても、女神様が、救ってくださる。安らぎを、与えてくださるのだ!」


アリアも、心の中で、深く頷いていた。


そうだ。死者は、救われる。救われなければ、ならない。


——だが。


ヴァルディオスは、広間を、ゆっくりと見回した。


村長を。レインを。窓の外の、子供たちの声がする方を。


「この世は、すべて——生きている者の、ためにある」


---


アリアは、はっと、息を呑んだ。


——違う。


この男と、自分たちとでは。


拠って立つものが、根本から、違う。


自分たちは、死者のために祈る。


けれど、この男が見ているのは、ただ、生者だ。


残された者が、これから先も、しっかりと生きていけるように。前を向いて、歩いていけるように。葬儀も、弔いも、そのために行うもの。すべては、生きている者のための、営み。


死者中心の、女神教。


生者中心の、この神。


同じ「弔い」という言葉を使いながら、二人が見ているものは、こんなにも、違っていた。


「——こんな話、許せるものか!」


ハロルドが、たまりかねたように、叫んだ。


「そうでしょう、アリア様!? 死者を焼くなど、女神様への、許しがたい冒涜だ! 枢機卿たるあなたが、はっきりと、否を唱えてくださらねば!」


アリアは、目を伏せた。


胸の中で、言葉が、渦巻いていた。


——私には、できない。


死んだ者を、切り捨てることなど。


死ねば終わり、それを受け入れて前を向け、などと。そんなふうに、割り切ることなど、できるはずがない。死んでしまった者にも、救われてほしいと願う。それの、何が間違っているというのか。それは、人として、あまりにも当たり前の願いではないのか。


そう、叫びたかった。


——けれど。


実際に、彼女の口からこぼれたのは。


まるで、違う言葉だった。


「……女神教は、他の信仰を、否定いたしません」


アリアは、ゆっくりと、顔を上げた。


「それはつまり——人の、考えや、行いを、否定しないということです」


声が、静かに、広間に響く。


「この件は、村長に、お任せします。村のことは、村が決めるべきこと。——どう決断なさろうと、女神様は、あなたたちを、お受け入れになるでしょう」


言ってしまってから。


アリアは、自分の言葉に、自分で傷ついていた。


——なぜ、私は。


言いたいことを、言えないのだろう。


---


その夜。


教会跡地に、炎が、上がっていた。


火は、美しかった。


オレンジ色の舌が、ゆらり、ゆらりと揺れながら、まっすぐに、天へと伸びていく。火の粉が、星の散る夜空へと舞い上がり、煙が、月へ向かって、立ちのぼっていく。


まるで、亡くなった者の魂を、一つひとつ、空へと運んでいくように。


その炎を、村人たちが、囲んでいた。


手を組んで、目を閉じ、静かに祈りを捧げる者。何も言わず、ただ、じっと火を見つめている者。涙にくれて、火を見ることすら、できずにうつむく者。——みな、それぞれのやり方で、逝った者を、送っていた。


正しい弔い方など、なかった。


祈る者も、見つめる者も、見られない者も。それぞれが、それぞれの胸の内で、別れを告げている。


少し離れたところでは、村に残ることになった騎士たちが、火の番をしていた。黒髪の若い騎士が、村の子供に袖を引かれ、困ったように笑いながら、薪をくべるのを手伝わせてやっている。


セリアは、その光景を、見ていた。


隣には、ヴァルがいる。


いつものように、けだるげに。けれど、その目は、炎を、じっと見ていた。何を思っているのか、横顔からは、読み取れない。


——きれいだな、とセリアは思った。


昼間、広間では「死者を焼くなんて」と、誰もが眉をひそめていた。セリア自身も、正直、惨いことのように思っていた。


なのに、こうして実際に火を見ると。


惨いどころか、これ以上ないほど、荘厳で——美しかった。


---


ふと。


セリアの視線が、炎の傍らに、落ちた。


地面に、穴が並んでいる。


いくつも、等間隔に。深さも、幅も、揃って。——今朝、目を覚ましたときに見た、あの穴だ。理由がわからず、なんとなく、薄ら寒く感じた、あの穴。


でも、今なら、わかる。


あれは——亡くなった者、一人ひとりのための穴だ。


遺体をそのまま埋めることになっても、焼いた灰を納めることになっても、使える。そして、その傍らには、火葬のための薪が、山と積まれていた。


セリアは、はっとして、隣のヴァルを見た。


——あの穴を掘ったのは、いつだ。


火葬と決まったのは、昼のこと。なのに、穴は、今朝にはもう、掘られていた。


ということは。


まだ、土葬になるか、火葬になるか、誰にもわからなかった時点で。ヴァルは、すでに、支度を始めていたのだ。


(……そっか)


セリアの胸が、じわりと、熱くなった。


この男は、最初から、決めつけていなかったのだ。


火葬にしろ、と押しつけるつもりは、なかった。村人が、土葬を選ぶなら、それでいい。火葬を選ぶなら、それでいい。——どちらに転んでも、ちゃんと送ってやれるように。黙って、両方の支度を、整えていた。


広間では、あんなに強く、火葬を説いていたくせに。


決めるのは、村だ、と。自分が決めることじゃない、と。そう、わかっていたから。


誰にも言わず。


今だって、何も言わない。


ヴァルが黙っているなら、自分も、黙っていよう。セリアは、そう思った。


ただ——隣に立つ、この自称神のことを、ほんの少しだけ。


見直した。


---


「ヴァル様」


声がした。村長が、こちらへ歩いてくる。


「この度は、ありがとうございました」


深々と、頭を下げる。


「火葬の支度まで、整えていただいて。——いかんせん、初めてのことで、何もわからず。本当に、助かりました」


「……ああ」


ヴァルは、短く応じた。


そして、ふと、思いついたように、唐突に問うた。


「——良かったのか」


「え? 何が、ですか」


「女神教に、睨まれるんじゃないのか」


ヴァルは、炎を見たまま言った。


「火葬なんて、前例のないことをやった。村人からだって、反対の声は、あっただろう」


「……まあ、その通りですね」


村長は、苦笑した。


「ハロルドさんは、もしかすると、この村を出ていかれるかもしれません。村人の中にも、何人か、反対する声がありました」


彼は、炎に照らされながら、静かに続けた。


「ですが——アリア様は、私に、判断を委ねると、おっしゃった。ならば、私は、ただ、決断するだけです」


村長は、ふっと、笑った。


「年の功、というやつですよ」


ヴァルは、何も言わなかった。


ただ、その横顔が、ほんの少しだけ、和らいだように、セリアには見えた。


---


祈りを終えたのだろう。


炎の向こうから、アリアが、ゆっくりと歩いてきた。


その表情は、昼間の、張り詰めたものとは違って、どこか、穏やかだった。


「祈りは、済ませました」


アリアは、村長に向かって言った。


「あとは——近しい方々の、お時間でしょう。私が、長居するものでは、ありません」


そう言って、立ち去ろうとする。


「アリア様」


村長が、呼び止めた。


「こんな、形になってしまい……申し訳、ありません」


頭を下げる。


「女神教の慣わしに、背くことになってしまった。それなのに——火葬になった亡骸にまで、祈りを、捧げてくださって。おかげで、死んだ者たちも、報われます」


「いいえ」


アリアは、静かに、首を振った。


「当然の、務めです」


そして、炎を、振り返った。


天へと伸びる、その美しい火を、しばし、見つめる。


「……それに。案外、炎というのも、美しいものですね」


その声には、昼間のような、頑なさは、なかった。


「薪も、火も——すべては、女神様が、お創りになったもの。ならば、これもまた」


アリアは、目を細めた。


「、、、これもまた。女神様に、迎えられる気が、いたします」


——その言葉に。


「神は」


ヴァルが、ぽつりと、口を挟んだ。


「そこまで、優しくないぞ」


アリアが、振り向く。


「神なんてものは、自分勝手で、傲慢だ。人間のことなんざ、ろくに見ちゃいない。——迎えてくれるなんて、思わん方がいい」


それは、神を名乗る男の口から出るには、あまりにも、皮肉な言葉だった。


けれど、アリアは。


気を悪くするでもなく、にこやかに、微笑んだ。


「そう、お思いになるのも——一つの、自由です」


穏やかに、そう返す。


否定も、肯定も、しない。ただ、相手の考えを、まるごと、受け止めて。


そうして、アリアは、ヴァルとセリアに向かって、軽く、頭を下げた。


「あなたたちにも——女神ガイアの、ご加護が、あらんことを」


その名を残して。


枢機卿アリアは、夜の中へと、立ち去っていった。


——後に残されたヴァルが、その背中を見ながら、何を思っていたのか。


セリアには、わからなかった。


---


夜は、長そうだった。


火は、まだ、消える気配がない。揺らめく炎が、闇の中で、ぽつりと、温かい光を放っている。


弔いの人々も、一人、また一人と、散り散りに去っていった。やがて——その場に残ったのは、セリアと、ヴァルだけになっていた。


「……みんな、帰っちゃいましたね」


セリアは、ヴァルに話しかけた。


特に、用があったわけではない。ただ、なんとなく——この静けさの中で、誰かと、言葉を交わしたかった。


「そうだな」


ヴァルは、炎を見たまま、短く答えた。


そして、


「お前も、早く寝ろ。明日も、やることは、山ほどあるんだ」


言い方は、相変わらず、素っ気ない。


——でも。


それが、ヴァルなりの気遣いだということを、セリアは、もう知っていた。この男は、いつだって、優しさを、ぶっきらぼうな言葉で包んでしまう。


そして、炎を見つめるその横顔に滲む、かすかな寂しさも——なんとなく、わかる気がした。


その寂しさには、触れずにおく。


代わりに、セリアは、少しだけ、皮肉を言ってみることにした。


「ヴァル様こそ、無理は、しないでくださいね」


「あ?」


「一人で、穴掘りなんて。——いい大人なんですから、やめてください」


穴のことには、気づいている。そう、それとなく、匂わせてみる。


ヴァルは、ちらりとセリアを見て、ふん、と鼻を鳴らした。


「あいにくとな」


「?」


「口だけ達者で、文句しか言わない天使しか、俺には知り合いがいないものでな。——自分でやるしか、ないだろう」


「……」


セリアは、むっとした。


「わかりました。じゃあ、寝ます」


「昼までには、起きろよ」


「————!」


またしても、むすっとした顔のまま。セリアは、ぷいと背を向けて、寝床へと向かった。


背中越しに、ヴァルが、小さく笑った気がした。


---


火は、少しずつ、弱くなっていた。


燃え盛っていた炎が、やがて、熾火へと変わっていく。


——けれど。


それとは、裏腹に。


ヴァルの内に宿る神力は、火が弱まるほどに、どんどんと、強くなっていった。本人すら、気づかぬうちに。静かに、満ちていく。


夜は、深くなっていく。


炎の明かりが衰えるにつれ、頭上に散る星の光が、あたりを、青白く照らしはじめた。


ヴァルは、一人、熾火の前に座って、思っていた。


——何度目だろうな。


こうして、火葬をするのは。


蘇生の魔法というものは、ある。だが、あれには刻限がある。その刻を過ぎてしまえば、どんな手を尽くしても、もう、帰ってはこない。


だからこそ、こうして、別れをする。


きちんと、別れなければ、人は、前を向けない。死んだ者だって、生きている者の足を、いつまでも引っ張ることなど、望んじゃいない。


——だが。


そんなに、うまくはいかないのも、知っている。


焼いたから、はい、明日から頑張りましょう。そんなふうには、ならない。人の心は、そう簡単に、割り切れるものではない。


人も。


——俺も、同じだ。


ヴァルは、消えゆく火を、見つめた。


この火の中で、灰になった者たち。その中には——自分が、助けることのできなかった者が、いる。神を名乗りながら、救いきれなかった命が。


それを、忘れてはいけない。


ヴァルは、その悔いを——もう何度目かもわからない、責任の重みを、静かに、心の奥へとしまった。


なかったことには、しない。背負ったまま、生きていく。それが、せめてもの、けじめだった。


---


もう、火は、消えそうだった。


最後の熾火が、ちろちろと、名残を惜しむように、揺れている。


ヴァルは、思う。


——もっと、強くなろう。


心も、体も、何もかも。次は、もっと多くを、救えるように。


この決心も、いったい、何度目だろうか。数えきれないほど、繰り返してきた。


けれど、ヴァルは。


その決心をするたびに、一度も、歩みを止めたことは、なかった。


今回も、同じだ。


この思いに、誠実に。ただ、ひたすらに——行動を、重ねていく。


火が、消えた。


あとには、ほのかに温かい、灰だけが残った。


そして。


ヴァルの神力は——天界へ、帰るのに、十分なほどに。


満ちていた。


---


*第四話 終*

お読みいただきありがとうございます。

次話は11/7 (土)の19:10に投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。