第十六話「死生観」
——遠い、遠い昔。
まだ世界が、何もない虚ろであった頃。
女神は、その手で、天と地をお創りになった。
空を渡す光を。大地を潤す水を。風を、緑を、獣を。そして——人を。
女神は、ご自身の慈しみを込めて、人に命を吹き込まれた。だから、人の命とは、女神からの授かりもの。一人ひとりの内に、女神の慈愛が、宿っている。
ゆえに——人は、その生涯を終えたとき。
女神より賜った体を、ありのままの姿で、大地へと還す。生まれ出たことへの感謝を込めて。そうして魂は、母なる女神のもとへと帰り、ふたたび、その懐に抱かれるのだ。
土に還ることは、女神のもとへ還ること。
それは、死者にとっての、何よりの安らぎ。
——これが、女神教の、死生観であった。
アリアもまた、生まれたときから、この教えを胸に抱いて生きてきた。死者は、土に還り、女神に会う。だからこそ、丁重に弔い、祈りを捧げ、その魂を送り出す。
死した者が、救われること。
生者と同じように、敬われ、悼まれること。
それが、当たり前のことだと——彼女は、信じて疑わなかった。
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「——そのまま、埋めるつもりじゃ、ないだろうな」
ヴァルディオスの、その一言の意味が。
アリアには、すぐには、わからなかった。
埋葬する。土に還す。それ以外に、いったい何があるというのか。死者を弔うとは、そういうことではないのか。
「何を、言っているのです」
先に噛みついたのは、ハロルドだった。
「命はみな、女神様のもとへ帰るべきもの。土に還すのが、当たり前でしょう。それを——埋めずに、どうしようというのだ」
「埋めれば、腐る」
ヴァルディオスは、短く言った。
「死体ってのは、放っておけば腐る。悪臭が出る。病の元にもなる。——この村には、子供も、年寄りも、大勢いる。それを、どうするつもりだ」
広間が、しんと静まった。
アリアは、思わず、眉をひそめた。
「……それは、まるで」
声が、震えた。
「死者を、まるで——汚らわしいものか、何かのように」
「死者を、病の元呼ばわりするのか!」
ハロルドが、顔を真っ赤にして、声を荒げた。
「なんという、罰当たりな! 亡くなった方々への、冒涜だぞ!」
「その通りだ」
ヴァルディオスは、平然と、言い放った。
「——っ」
あまりにも、あっさりと肯定されて。
ハロルドも、アリアも、その場にいた者たちは皆、あっけに取られた。
悪びれもしない。取り繕いもしない。死体は腐り、病の元になる。それは、まぎれもない事実だと、この男は言ってのけたのだ。
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「……それでは」
アリアは、込み上げる感情を、懸命に抑えながら、口を開いた。
「それでは、死者が、あまりにも報われません」
まっすぐに、ヴァルディオスを見据える。
「女神様は、亡くなった者の魂を、受け入れてくださいます。安らぎを、お与えくださる。——そのためにこそ、人は土に還り、女神様のもとへ参じる必要があるのです。それを、汚物のように扱うなど——」
「その女神とやらに」
ヴァルディオスが、遮った。
「会ったことのあるやつは、ここにいるのか?」
——え。
アリアの言葉が、止まった。
広間が、再び、静まり返る。
誰も、答えなかった。村長も、ハロルドも、随行員たちも。女神に会ったことのある者など、いるはずがない。誰一人として。
「……いないのか」
沈黙を確かめてから、ヴァルディオスは、淡々と続けた。
「なら、土に埋めたところで、その女神とやらに会えるかどうかも、わからんな」
「——っ、それは、言いがかりです!」
アリアは、感情のままに、声を上げた。
けれど、すぐに、自らを律する。枢機卿たる者が、激情に駆られてどうする。彼女は、息を整え、言い直した。
「……会った者がいないからといって。女神様が、存在しないということには、なりません」
「ああ。俺も、いないとは言っていない」
ヴァルディオスは、あっさりと頷いた。
「信じるのは、お前たちの自由だ。誰にも、否定する権利はない」
意外な言葉だった。
アリアが、戸惑う。
「だが」
ヴァルディオスの声が、わずかに、低くなった。
「だからといって——死んだ者のために、生きている者が病に倒れるのは、違うだろう」
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「それに、だ」
ヴァルディオスは、さらに続けた。
「魔法によっては、死体から——アンデッドを、作ることもできる」
「アンデッド、だと?」
ハロルドが、鼻で笑った。
「でまかせを。そんな魔法、聞いたこともない」
「……ええ。私も、そのような魔法は存じません」
アリアは、静かに言った。
声は、落ち着いていた。けれど、その顔からは、すっと血の気が引いていた。
——実在する。
魔族が、死者を操る術を使った。その例が、前線で確認されている。民に知れれば、動揺は計り知れない。だから、教会の中でも、ごく一部の者にしか知らされていない極秘事項だった。
枢機卿である自分でさえ、つい先ごろ知ったばかりの話だ。
それを、なぜ。
辺境の村に住みついた、この得体の知れない男が、知っているのか。まるで、見てきたかのように。
——いったい、何者なのか。
「……ですが、仮に、そのようなものがあるとすれば」
アリアは、努めて平静な声を保った。
「それは、死者を弄ぶ、あってはならない邪法です」
そして、その疑問を、ひとまず呑み込んで、問うた。
「……あなたは。その問題を、どう解決するおつもりなのですか」
「火葬だ」
ヴァルディオスは、即座に答えた。
「遺体を焼く。灰にして、それを土に埋める」
——焼く。
アリアは、驚愕した。
「な——」
「死者を、焼くだと!?」
ハロルドが、悲鳴のような声を上げた。
「正気か! 亡き者を、さらに痛めつけるなど——そんな惨いこと、あってよいものか!」
随行員たちが、どよめいた。レインでさえ、わずかに眉を寄せている。死者を焼く。そんな弔いは、誰も、聞いたことがなかった。
けれど、ヴァルディオスは、そのどよめきを、まるで意に介さなかった。
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「人は、死ねば、終わりだ」
彼は、静かに、言った。
冷たい言葉だった。
けれど、ただ冷たいだけではなかった。その奥に、何か——アリアには、まだ名づけられない、別の温度が、宿っていた。
「どんなに祈ろうが、どんなに願おうが、死んだ者は、二度と戻らん。——だからこそ、生き残った者は、死者と、きちんと別れなきゃならん。別れて、前を向いて、歩いていかなきゃならんのだ」
ヴァルディオスの声は、おごそかですらあった。
「死者が、生者の足を、引っ張ってはいけない」
そして、彼は、天を指した。
「火は、あらゆるものを、天へ運ぶ。煙となって、空へ昇っていく。——お前たちの言う、神に近いところへ。よほど、導いてくれるんじゃないのか」
「それでは——」
ハロルドが、すがるように言った。
「それでは、あまりにも、死者が不憫だ! たとえ死んでしまっても、女神様が、救ってくださる。安らぎを、与えてくださるのだ!」
アリアも、心の中で、深く頷いていた。
そうだ。死者は、救われる。救われなければ、ならない。
——だが。
ヴァルディオスは、広間を、ゆっくりと見回した。
村長を。レインを。窓の外の、子供たちの声がする方を。
「この世は、すべて——生きている者の、ためにある」
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アリアは、はっと、息を呑んだ。
——違う。
この男と、自分たちとでは。
拠って立つものが、根本から、違う。
自分たちは、死者のために祈る。
けれど、この男が見ているのは、ただ、生者だ。
残された者が、これから先も、しっかりと生きていけるように。前を向いて、歩いていけるように。葬儀も、弔いも、そのために行うもの。すべては、生きている者のための、営み。
死者中心の、女神教。
生者中心の、この神。
同じ「弔い」という言葉を使いながら、二人が見ているものは、こんなにも、違っていた。
「——こんな話、許せるものか!」
ハロルドが、たまりかねたように、叫んだ。
「そうでしょう、アリア様!? 死者を焼くなど、女神様への、許しがたい冒涜だ! 枢機卿たるあなたが、はっきりと、否を唱えてくださらねば!」
アリアは、目を伏せた。
胸の中で、言葉が、渦巻いていた。
——私には、できない。
死んだ者を、切り捨てることなど。
死ねば終わり、それを受け入れて前を向け、などと。そんなふうに、割り切ることなど、できるはずがない。死んでしまった者にも、救われてほしいと願う。それの、何が間違っているというのか。それは、人として、あまりにも当たり前の願いではないのか。
そう、叫びたかった。
——けれど。
実際に、彼女の口からこぼれたのは。
まるで、違う言葉だった。
「……女神教は、他の信仰を、否定いたしません」
アリアは、ゆっくりと、顔を上げた。
「それはつまり——人の、考えや、行いを、否定しないということです」
声が、静かに、広間に響く。
「この件は、村長に、お任せします。村のことは、村が決めるべきこと。——どう決断なさろうと、女神様は、あなたたちを、お受け入れになるでしょう」
言ってしまってから。
アリアは、自分の言葉に、自分で傷ついていた。
——なぜ、私は。
言いたいことを、言えないのだろう。
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その夜。
教会跡地に、炎が、上がっていた。
火は、美しかった。
オレンジ色の舌が、ゆらり、ゆらりと揺れながら、まっすぐに、天へと伸びていく。火の粉が、星の散る夜空へと舞い上がり、煙が、月へ向かって、立ちのぼっていく。
まるで、亡くなった者の魂を、一つひとつ、空へと運んでいくように。
その炎を、村人たちが、囲んでいた。
手を組んで、目を閉じ、静かに祈りを捧げる者。何も言わず、ただ、じっと火を見つめている者。涙にくれて、火を見ることすら、できずにうつむく者。——みな、それぞれのやり方で、逝った者を、送っていた。
正しい弔い方など、なかった。
祈る者も、見つめる者も、見られない者も。それぞれが、それぞれの胸の内で、別れを告げている。
少し離れたところでは、村に残ることになった騎士たちが、火の番をしていた。黒髪の若い騎士が、村の子供に袖を引かれ、困ったように笑いながら、薪をくべるのを手伝わせてやっている。
セリアは、その光景を、見ていた。
隣には、ヴァルがいる。
いつものように、けだるげに。けれど、その目は、炎を、じっと見ていた。何を思っているのか、横顔からは、読み取れない。
——きれいだな、とセリアは思った。
昼間、広間では「死者を焼くなんて」と、誰もが眉をひそめていた。セリア自身も、正直、惨いことのように思っていた。
なのに、こうして実際に火を見ると。
惨いどころか、これ以上ないほど、荘厳で——美しかった。
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ふと。
セリアの視線が、炎の傍らに、落ちた。
地面に、穴が並んでいる。
いくつも、等間隔に。深さも、幅も、揃って。——今朝、目を覚ましたときに見た、あの穴だ。理由がわからず、なんとなく、薄ら寒く感じた、あの穴。
でも、今なら、わかる。
あれは——亡くなった者、一人ひとりのための穴だ。
遺体をそのまま埋めることになっても、焼いた灰を納めることになっても、使える。そして、その傍らには、火葬のための薪が、山と積まれていた。
セリアは、はっとして、隣のヴァルを見た。
——あの穴を掘ったのは、いつだ。
火葬と決まったのは、昼のこと。なのに、穴は、今朝にはもう、掘られていた。
ということは。
まだ、土葬になるか、火葬になるか、誰にもわからなかった時点で。ヴァルは、すでに、支度を始めていたのだ。
(……そっか)
セリアの胸が、じわりと、熱くなった。
この男は、最初から、決めつけていなかったのだ。
火葬にしろ、と押しつけるつもりは、なかった。村人が、土葬を選ぶなら、それでいい。火葬を選ぶなら、それでいい。——どちらに転んでも、ちゃんと送ってやれるように。黙って、両方の支度を、整えていた。
広間では、あんなに強く、火葬を説いていたくせに。
決めるのは、村だ、と。自分が決めることじゃない、と。そう、わかっていたから。
誰にも言わず。
今だって、何も言わない。
ヴァルが黙っているなら、自分も、黙っていよう。セリアは、そう思った。
ただ——隣に立つ、この自称神のことを、ほんの少しだけ。
見直した。
---
「ヴァル様」
声がした。村長が、こちらへ歩いてくる。
「この度は、ありがとうございました」
深々と、頭を下げる。
「火葬の支度まで、整えていただいて。——いかんせん、初めてのことで、何もわからず。本当に、助かりました」
「……ああ」
ヴァルは、短く応じた。
そして、ふと、思いついたように、唐突に問うた。
「——良かったのか」
「え? 何が、ですか」
「女神教に、睨まれるんじゃないのか」
ヴァルは、炎を見たまま言った。
「火葬なんて、前例のないことをやった。村人からだって、反対の声は、あっただろう」
「……まあ、その通りですね」
村長は、苦笑した。
「ハロルドさんは、もしかすると、この村を出ていかれるかもしれません。村人の中にも、何人か、反対する声がありました」
彼は、炎に照らされながら、静かに続けた。
「ですが——アリア様は、私に、判断を委ねると、おっしゃった。ならば、私は、ただ、決断するだけです」
村長は、ふっと、笑った。
「年の功、というやつですよ」
ヴァルは、何も言わなかった。
ただ、その横顔が、ほんの少しだけ、和らいだように、セリアには見えた。
---
祈りを終えたのだろう。
炎の向こうから、アリアが、ゆっくりと歩いてきた。
その表情は、昼間の、張り詰めたものとは違って、どこか、穏やかだった。
「祈りは、済ませました」
アリアは、村長に向かって言った。
「あとは——近しい方々の、お時間でしょう。私が、長居するものでは、ありません」
そう言って、立ち去ろうとする。
「アリア様」
村長が、呼び止めた。
「こんな、形になってしまい……申し訳、ありません」
頭を下げる。
「女神教の慣わしに、背くことになってしまった。それなのに——火葬になった亡骸にまで、祈りを、捧げてくださって。おかげで、死んだ者たちも、報われます」
「いいえ」
アリアは、静かに、首を振った。
「当然の、務めです」
そして、炎を、振り返った。
天へと伸びる、その美しい火を、しばし、見つめる。
「……それに。案外、炎というのも、美しいものですね」
その声には、昼間のような、頑なさは、なかった。
「薪も、火も——すべては、女神様が、お創りになったもの。ならば、これもまた」
アリアは、目を細めた。
「、、、これもまた。女神様に、迎えられる気が、いたします」
——その言葉に。
「神は」
ヴァルが、ぽつりと、口を挟んだ。
「そこまで、優しくないぞ」
アリアが、振り向く。
「神なんてものは、自分勝手で、傲慢だ。人間のことなんざ、ろくに見ちゃいない。——迎えてくれるなんて、思わん方がいい」
それは、神を名乗る男の口から出るには、あまりにも、皮肉な言葉だった。
けれど、アリアは。
気を悪くするでもなく、にこやかに、微笑んだ。
「そう、お思いになるのも——一つの、自由です」
穏やかに、そう返す。
否定も、肯定も、しない。ただ、相手の考えを、まるごと、受け止めて。
そうして、アリアは、ヴァルとセリアに向かって、軽く、頭を下げた。
「あなたたちにも——女神ガイアの、ご加護が、あらんことを」
その名を残して。
枢機卿アリアは、夜の中へと、立ち去っていった。
——後に残されたヴァルが、その背中を見ながら、何を思っていたのか。
セリアには、わからなかった。
---
夜は、長そうだった。
火は、まだ、消える気配がない。揺らめく炎が、闇の中で、ぽつりと、温かい光を放っている。
弔いの人々も、一人、また一人と、散り散りに去っていった。やがて——その場に残ったのは、セリアと、ヴァルだけになっていた。
「……みんな、帰っちゃいましたね」
セリアは、ヴァルに話しかけた。
特に、用があったわけではない。ただ、なんとなく——この静けさの中で、誰かと、言葉を交わしたかった。
「そうだな」
ヴァルは、炎を見たまま、短く答えた。
そして、
「お前も、早く寝ろ。明日も、やることは、山ほどあるんだ」
言い方は、相変わらず、素っ気ない。
——でも。
それが、ヴァルなりの気遣いだということを、セリアは、もう知っていた。この男は、いつだって、優しさを、ぶっきらぼうな言葉で包んでしまう。
そして、炎を見つめるその横顔に滲む、かすかな寂しさも——なんとなく、わかる気がした。
その寂しさには、触れずにおく。
代わりに、セリアは、少しだけ、皮肉を言ってみることにした。
「ヴァル様こそ、無理は、しないでくださいね」
「あ?」
「一人で、穴掘りなんて。——いい大人なんですから、やめてください」
穴のことには、気づいている。そう、それとなく、匂わせてみる。
ヴァルは、ちらりとセリアを見て、ふん、と鼻を鳴らした。
「あいにくとな」
「?」
「口だけ達者で、文句しか言わない天使しか、俺には知り合いがいないものでな。——自分でやるしか、ないだろう」
「……」
セリアは、むっとした。
「わかりました。じゃあ、寝ます」
「昼までには、起きろよ」
「————!」
またしても、むすっとした顔のまま。セリアは、ぷいと背を向けて、寝床へと向かった。
背中越しに、ヴァルが、小さく笑った気がした。
---
火は、少しずつ、弱くなっていた。
燃え盛っていた炎が、やがて、熾火へと変わっていく。
——けれど。
それとは、裏腹に。
ヴァルの内に宿る神力は、火が弱まるほどに、どんどんと、強くなっていった。本人すら、気づかぬうちに。静かに、満ちていく。
夜は、深くなっていく。
炎の明かりが衰えるにつれ、頭上に散る星の光が、あたりを、青白く照らしはじめた。
ヴァルは、一人、熾火の前に座って、思っていた。
——何度目だろうな。
こうして、火葬をするのは。
蘇生の魔法というものは、ある。だが、あれには刻限がある。その刻を過ぎてしまえば、どんな手を尽くしても、もう、帰ってはこない。
だからこそ、こうして、別れをする。
きちんと、別れなければ、人は、前を向けない。死んだ者だって、生きている者の足を、いつまでも引っ張ることなど、望んじゃいない。
——だが。
そんなに、うまくはいかないのも、知っている。
焼いたから、はい、明日から頑張りましょう。そんなふうには、ならない。人の心は、そう簡単に、割り切れるものではない。
人も。
——俺も、同じだ。
ヴァルは、消えゆく火を、見つめた。
この火の中で、灰になった者たち。その中には——自分が、助けることのできなかった者が、いる。神を名乗りながら、救いきれなかった命が。
それを、忘れてはいけない。
ヴァルは、その悔いを——もう何度目かもわからない、責任の重みを、静かに、心の奥へとしまった。
なかったことには、しない。背負ったまま、生きていく。それが、せめてもの、けじめだった。
---
もう、火は、消えそうだった。
最後の熾火が、ちろちろと、名残を惜しむように、揺れている。
ヴァルは、思う。
——もっと、強くなろう。
心も、体も、何もかも。次は、もっと多くを、救えるように。
この決心も、いったい、何度目だろうか。数えきれないほど、繰り返してきた。
けれど、ヴァルは。
その決心をするたびに、一度も、歩みを止めたことは、なかった。
今回も、同じだ。
この思いに、誠実に。ただ、ひたすらに——行動を、重ねていく。
火が、消えた。
あとには、ほのかに温かい、灰だけが残った。
そして。
ヴァルの神力は——天界へ、帰るのに、十分なほどに。
満ちていた。
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*第四話 終*
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次話は11/7 (土)の19:10に投稿します。




