8話 龍の息吹が満ちる大地、皇帝との対面
アストルシア王国を出発してから数日。
豪華な意匠が施された龍帝国ガイアリスの馬車は、ガタゴトと揺れながらも険しい山道を越えていた。
窓の外に広がる景色は、私が住んでいた穏やかな平原とは一変していた。
「……すごい。空気が、震えているみたい」
私は窓枠に手をかけ、呆然と外を眺めていた。
魔道士である私には、この土地に満ちる魔力の密度が異常なほど高いことが肌で分かった。
まるで大気そのものが龍の脈動を伝えているかのような、力強いエネルギーだ。
「龍脈の影響だよ。この国では、大地そのものが龍の生命力と繋がっているんだ。魔道士の君には、少し刺激が強すぎるかな?」
「……ちょっとだけ酔いそうだわ。でも、不思議と嫌な感じはしない。むしろ、身体の中の魔力が勝手に活性化していくみたいで……」
「それは、君が俺を受け入れているからだよ。エルの魔力は、もう俺と共鳴し始めてる。……いいことだ。帝国にいる間、俺のそばを離れなければ、何も恐れることはないさ」
ジークはそう言うと、私の腰を優しく抱き寄せた。
王宮での騒動以来、彼の独占欲はさらに加速している。
もはや人目がない場所では、一瞬たりとも私を離そうとしなかった。
「ジーク……。さっきの休憩でもうすぐ首都が見えるって、オーウェン殿下が言ってたわ」
「兄上のことは放っておきなよ。今ごろ別の馬車で、父上へ話す内容を必死に考えてるはずだからさ」
ジークの軽薄な、けれど不遜な自信に満ちた言葉に、私は苦笑するしかなかった。
やがて、最後の峠を越えた瞬間、私は言葉を失った。
「これが……帝国の首都……?」
眼下に広がっていたのは、アストルシアの王都がまるごと数個収まってしまうほどの、あまりに巨大な都市――帝都グラニスだった。
浮遊する回廊、建物を繋ぐ堅牢な橋、そして空中に浮遊する魔力の光子。
私が知る「魔法」は、あくまで個人の技量によるものだった。
だが、この国では魔法が文明そのものとして、生活に溶け込んでいるように感じた。
「あそこが俺の故郷、神龍城だ。……まあ、故郷っていうよりは、巨大な監獄みたいなもんだけどね」
ジークが指差した先。
街の中心、もっとも高い位置に君臨する巨大な城塞は、夕闇の中で神々しく輝いていた。
その周囲を、何百という龍騎士たちが隊列を組んで飛行している。
「私……あんな場所に行くのね」
「怖いか? エル」
「……少し。でも、覚悟はできてる。あなたが隣にいてくれるなら、地獄の底だってついていくつもりよ」
「はは、嬉しいな。まあ、あそこにずっといるとは限らないし、今は気楽にしてて大丈夫だよ」
日が完全に落ち、グラニスの街が魔石で宝石箱のように煌めき始めた頃。
馬車は正面の大門を避け、城の北側に位置する切り立った断崖の麓へと向かった。
「正面から入ると大騒ぎになるから。……悪いけど、今日は『裏口』から失礼しようか」
馬車が止まったのは、滝の裏側に隠された巨大な岩扉の前だった。
ジークが馬車を降り、岩壁にそっと手を触れる。
――ゴゴゴ……――
重厚な岩音が響き、現れたのは、淡く光る魔石で構成された長いトンネルだった。
「ここは『龍の産道』と呼ばれる、皇族だけが知る緊急避難路だ。城の最上階、皇帝の私室のすぐ近くまで直通してる」
ジークは私の手を引き、迷いのない足取りで進んでいく。
トンネル内は、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
聞こえるのは、二人の足音と、壁の魔石が発する微かな共鳴音だけ。
やがて、長い階段を上り詰めると、意匠の凝らされた小さな木製の扉が現れた。
ジークがその扉を開けると、そこは。
「……っ、ここが……?」
私はその壮大な景色に、目を見開いた。
そこは、数千冊の古文書に囲まれた、広大な図書室のような場所だった。
何より驚いたのは、この場所の空気の重さ。
それはきっと、部屋の奥、巨大な机の向こう側に、一人の男が座っていたからだ。
黄金の髪と瞳。
座っているだけなのに、倒れそうになるほどの圧倒的な存在感を放っている。
「――帰ったか、ルーク。報せは届いている。それと、アストルシア王国の公爵令嬢もよくぞ来た」
地の奥底から響くような重低音が、私を芯まで震わせた。
問うまでもなく、彼の方の正体は分かった。
龍帝国の絶対君主、皇帝アルドリック。
ジークはと言うと、私の手を握り直し、不敵な笑みを浮かべて皇帝を見据えていた。





