7話 世界を敵に回しても、君の隣に
「ともかくだ! ルーク、お前は今すぐに龍帝国に帰還しろ。まずは父上……陛下にその顔を見せ、これまでの不始末を詫び、それから……」
オーウェン殿下がまくしたてる帰国プランを、ジークは右から左へと聞き流していた。
彼の意識は、未だに戸惑いを隠せない様子で呆然とする私だけに向けられている。
ジークは私の細い腰を引き寄せ、その耳元で、とびきり甘く、けれど真剣な声で囁いた。
「エル。……君はどうしたい?」
「え……?」
「俺はこの国のしがらみなんて、さっきの広間で全部ぶち壊してきた。だから、君が望むならこの国に残って二人で隠居してもいいし、龍帝国へ帰国してもいい。……このまま二人でどこか遠くへ駆け落ちするっていうのも、悪くないな。君の願いなら、俺はなんだって叶える」
ジークはそこで少しだけ眉を下げ、いたずらっぽく付け加えた。
「……まあ、あんな窮屈な国の王様になるのだけは、真っ平ごめんだけどさ」
「え、ええっと……」
あまりに極端な選択肢の数々に、私は言葉を詰まらせる。
彼は一国の、それも大陸最強と言われる龍帝国の皇子の地位を、私の気分次第で捨ててもいいと言い切ったのだ。
「エル。君の隣にさえいられれば、俺はどんな困難だって乗り越えられる。……絶対にな」
黄金の瞳に宿る、揺るぎない確信。
「悪女」と罵られ、孤独の中にいた自分を、彼はそんなにも高く評価してくれていた。
私は熱くなる目をこらえながら、覚悟を決めてジークの胸に手を添えた。
「駆け落ちなんてしたら、それこそ一生後ろ指を指されてしまうわ。……それに、あなたの故郷も見てみたい。……とりあえず、龍帝国の方々にご挨拶に伺うのが、筋なんじゃないかしら……?」
私の控えめ、かつ理性的な提案に、ジークは顔を輝かせた。
「わかった。それじゃ、一度龍帝国に帰ろうか。……エルの言う通りだ。挨拶は大事だもんな」
ジークはそう言うと、未だに今後について脳内で練っていたオーウェン殿下の方を振り返り、あっけらかんと言い放った。
「決まりだ、兄上。俺たち、一緒に龍帝国に帰るよ。……あ、でも言っておくけど、俺、王位継承権はいらないから。白龍がどうのこうのって話は、兄上と父上が上手いこと根回ししておいてよ。よろしく」
一瞬、部屋が静まり返った。
オーウェン殿下の顔が、驚愕で白くなり、次いで怒りで真っ赤に染まっていく。
「できるわけがないだろう、この大馬鹿者が――――っ!!」
オーウェン殿下の絶叫が、王宮の厚い壁を突き抜けて夜空に響き渡った。
「白龍の契約者を差し置いて、どうやって継承権を整理しろと言うんだ! お前、自分が何を言っているのか分かっているのか!? ああ……もうダメだ、胃が……頭が割れそうだ……!」
頭を抱え、怒りと困惑でガタガタと震える第一皇子。
その悲惨な姿を横目に、ジークは全く悪びれる様子もなく、私を軽々と抱き上げた。
「ははは、頼りにしてるよ兄上。……さあ、エル。行こうか。俺たちの新しい戦場へ」
「ジーク……。あんまりお兄様を困らせちゃダメよ……」
「いいんだよ。兄上は、昔からああやって苦労するのが性に合ってるんだ」
ジークは私の額に深いキスを落とすと、実兄の怒りの視線を無視して、悠々と部屋を後にした。
国一番の魔道悪女と、大陸一の剣聖。
二人の物語は、これから帝国というさらに大きな舞台を、激しくかき乱していくことになる。
遠ざかるオーウェン殿下の嘆き節を背景に。
私は愛する彼の首に腕を回し、複雑な思いがありつつも、ほのかな幸せな微笑みを浮かべるのだった。
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