6話 白き龍の契約者
華やかな晩餐会は、未曾有の混乱の中で幕を下ろした。
現在、私は王宮の最奥にある豪華な貴賓室へと通されていた。
目の前には、つい先ほどまで大陸一の剣聖として、そして恋人として自分を愛した男――ジーク。
もとい龍帝国の第二皇子、ルーク。
そしてその隣には、顔面を蒼白にさせ、眉間をこれ以上ないほど深く揉んでいる第一皇子、オーウェン殿下がいた。
「……どういうことだ、ルーク。説明しろ」
絞り出すようなオーウェン殿下の声が、静まり返った室内に響く。
「お前がなぜ、小国の騎士団に紛れ込んでいる。なぜ剣聖なんて物騒な二つ名で呼ばれている。そして……ベルシュタイン公爵令嬢との関係は……。いや、まず契約龍はどうなっている!? ああ、もう聞きたいことが山積みしていて、頭が割れそうだ!」
かつてこれほどまでに取り乱した第一皇子を見た者がいただろうか。
対照的に、ジークは私の肩を当然のように抱き寄せ、ソファに深く背を預けた。
「落ち着きなよ、兄上。あんまり悩みすぎると、青龍の鱗までハゲるぜ?」
「誰のせいだと思っている、この馬鹿弟が――――!」
「ははは。いやー元気そうで何よりだよ」
軽口を叩くジークの脇腹を、私は赤くなって小突いた。
「わ、私にも説明してよ、ジーク! 第二皇子って……あなた、本当にあの龍帝国の皇族なの……?」
ジークは私を愛おしげに見つめると、その頬を優しく撫でた。
「エルのためなら、最初から全部説明するよ。混乱させてごめん。……でも、俺が君を愛しているってことだけは、嘘じゃない」
「ジ、ジーク……お兄様の前で……!」
「……俺が家を出たのは、十年前だ。他国の親善パーティーで、幼かった君を見かけたのがすべての始まりだった」
ジークの声から、いつもの不遜さが消え、一途なまでの熱が宿る。
「ベルシュタインの氷の公爵令嬢。国一番の魔力量を誇る、気高く、孤独な少女。……一目惚れだったよ。君の隣に立つには、皇子なんて肩書きじゃなくて、君が認める強さが必要だと思ったんだ」
「だからって、黙って家出することないじゃない……!」
「一から君に惚れてもらいたかったんだ。誰の助けも借りず、俺自身の腕一本で、君が無視できない男になりたかった。……だから、がむしゃらに剣を振って……気づけば剣聖なんて呼ばれてたよ」
あまりにも実直な、そしてあまりにも馬鹿げたほど情熱的な独白。
この状況にそぐわないほど、胸が熱くなるのを覚えた。
彼は自分のために、すべてを投げ捨てて、泥にまみれる騎士の道を選んだのだ。
「で、でも……龍帝国の第二皇子なら、私を娶るくらい簡単だったはずでしょう?」
「まー、そこは色々あるけど……一番はエル、君と対等な関係で絆を深めたかったからだ。……まあ、結局我慢できずに、あんな強引な真似をしちゃったけどさ。両思いになれて、本当に嬉しいよ」
オーウェンが「外交問題だぞ、これは……」と、いよいよ胃を壊しそうな溜息をついた。
「経緯はわかった。……だがルーク、お前の契約龍はどうなっている。お前からは微かに、だが確実に『龍の気』を感じる。隠しているようだが、何らかの龍と契約していることくらい、兄であり、龍帝国皇族の私にはわかる」
オーウェンの問いに、ジークはわざとらしく首を傾げた。
「契約龍? ……さあね。そんなの、よく分からないな」
「そんなわけあるか! ……何の龍と契約した。正直に言え!」
「あー……。エル、外の空気でも吸いに行かない?」
あからさまに話を逸らそうとするジーク。
しかし、オーウェンは逃がさなかった。
「龍の契約紋を見せろ! 今すぐ脱げ!」
「兄上、男同士でも服を脱がすとかやめろよ。エルならいいけどさ」
「……そうだ、ベルシュタイン公爵令嬢。何か心当たりはないか? こいつの体のどこかに、妙な模様が刻まれていなかっただろうか?」
「え……っ!?」
オーウェン殿下の問いで、不意に過去の記憶が蘇る。
一度だけ、ジークが訓練中に汗をかいたと言って、上半身の服を脱いだことがあった。
「そ、そういえば……胸……肩のあたりに、白い模様のような……複雑な紋章があったような……?」
「し、白……だと……まさか、白龍……?!」
オーウェンが再び、深く、青の髪をかき乱しながら頭を抱えた。
絶望と驚愕が入り混じったような、形容しがたい表情だ。
「ジークが契約しているのは、白……の龍ってこと? ……そんなにすごいの?」
「ん? いやー……まあ、ちょっとだけね」
「……白き龍は、我が国の歴史においても『幻』とされている存在だ。数千年に一度、国が滅びるか、あるいは新たな時代が始まる時にしか現れないと言われている、最強の龍……」
オーウェンは、震える手でジークを指差した。
「我が国の皇位継承順位は、契約した龍の強さで決まる。……私や、黄龍の父上を凌駕する『白龍』と契約したお前は……名実ともに、龍帝国の次期皇帝だ。いや、国に帰れば、すぐに皇位継承となってもおかしくないだろう」
一瞬の沈黙。
そして、ジークは苦虫を潰したような顔をして答えた。
「え、嫌だよ」
「……はあ。そう言うと思った……」
オーウェンの泥のような溜息が、夜の帳が下りた貴賓室に虚しく響いた。
大陸一の剣聖にして、伝説の白龍を従える帝国の皇子。
そんな男に溺愛されることになった「悪女」の私の前途は、どうやら王宮の夜よりも、さらに騒がしくなりそうだった。





