5話 剣聖ジークの正体、這いつくばる自国の王太子
「その発表、阻止させてもらうよ」
会場のすべての視線が、大広間の入り口へと注がれる。
そこには、正装の貴族たちの中で異彩を放つ、騎士の礼装をした男が立っていた。
大陸一の剣聖、ジーク・クロムウェル。
彼の背後には、意識を失い積み重なった近衛騎士たちの山があった。
「ジ、ジーク……!?」
私の声が震える。
王太子の腕の中で、私は目を見開いた。
死罪も厭わず、国家を敵に回して、私の元へ来てくれた。
「待たせたな、エル。……少し、掃除に手間取った」
ジークは悠然とした足取りで、国王たちが座る壇上へと歩み寄る。
数歩踏み出すごとに、周囲の騎士たちがその圧に耐えかねて膝を突いた。
「な、貴様……クロムウェル! 乱心したか! ここをどこだと思っている!」
セドリックが顔を真っ赤にして叫ぶ。
しかし、その声は上ずり、隠しきれない恐怖に震えていた。
ジークはセドリックのことなど眼中にないというように、凍てついた黄金の瞳を向けた。
「王太子殿下、その汚い手を彼女から離してくれないか? 彼女は、俺の結婚相手だ」
「な、何を……! 貴様のような騎士風情が、公爵令嬢を娶るなど、不遜にもほどがあるぞ!」
ジークはセドリックを鼻で笑うと、私に向けて優しく手を差し伸べた。
「エル、こっちに来てくれ」
「で、でも……! 私は、王命が……公爵家の名誉が……」
今ここで彼の手を取れば、自分もまた反逆者の共犯となる。
だが、ジークの瞳には一点の曇りもなかった。
「大丈夫。俺を信じろ。……世界中を敵に回しても、君を迎えに行くと誓っただろう?」
その言葉が、私の心に最後に残っていた枷を打ち砕いた。
私は王太子の腕を振り払い、周囲の静止する声を無視して、ジークの胸へと飛び込んだ。
「っ……ジーク!」
「エル、怖かっただろう。遅くなってごめん。でも、このタイミングが一番ちょうど良かったんだ」
ジークは私の耳元で不敵な笑みを漏らした。
「なに言ってるの! 龍帝国の方もいらっしゃる公式な場で、こんな……」
「だからだよ。エル」
ジークが指差したのは、呆然とする国王でも、怒り狂う王太子でもなかった。
それは、先ほどまで「青龍」の契約者として圧倒的な威圧感を放っていた、龍帝国の第一皇子・オーウェンだった。
ドターン!!
その時、豪華な貴賓席から、およそ王族らしからぬ無様な音が響いた。
見れば、先ほどまで優雅にワインを嗜んでいたオーウェン皇子が、椅子から派手に転げ落ち、尻餅をついている。
「え……?」
私だけでなく、会場の全員が呆気に取られた。
オーウェン皇子は、まるで幽霊でも見たかのように顔を真っ青にさせ、ガタガタと震える指でジークを指差している。
「な、なな……何をやっているんだ……お前! なんでこんなところにいる!? ずっと行方不明だと思ったら……! ルーク!!」
ルーク。
それは龍帝国ガイアリスで「病弱」、「ひきこもり」とささやかれる第二皇子の名前。
十年も公的な場に現れず、もはや存在すら疑われている皇子だ。
その皇子の名前を、オーウェン皇子は怒気をこめて叫ぶ。
そこに、第一皇子の威厳はなく、周囲は先ほどまでとは違う緊張感に包まれていた。
「久しぶり、兄上。父上は元気?」
「ばっばば、馬鹿者――――――!!!!!」
晩餐会は、もはや収集がつかないほどの混乱に包まれている。
その渦中にいる私は、ただただ呆然とするしかなかった。
「お、お前! クロムウェル! こんなことしてタダですむと思って……!」
まだ事態を把握できていないセドリックが、ジークと私の元に猛然と踏み出そうとした時。
「ば、馬鹿者! このお方をどなたと心得る、愚息が!」
セドリックの頭を鷲掴みにして、アストルシア国王がそのまま床に叩きつけるように無理やりひれ伏させた。
「ジーク……いいえ、ルーク王子殿下! む、息子の蛮行をどうかお許し頂きたく……!」
「別にいいですよ、色々騙していたのは俺の方ですから。あ、ついでと言っては何だけど、エルと……兄上と話がしたいから場を整えてくれませんかね?」
「も、もちろんです……!」
アストルシア国王は、冷や汗を流しながら唖然とするセドリックを引きずって侍従達に命令を下していく。
ジークの正体が判明してもなお、セドリックは顔を真っ赤にさせていた。
「くそ、くそ、くそ……! このままですむと思うなよ……! エルレイン、お前もな……!」
セドリックの捨て台詞を聞きながら、私もまだ判然としない状況に、ただただジークを見上げるしかなかった。





