4話 婚約発表へのカウントダウン
王宮の輝かしい大広間は、数千もの魔石の光に照らされ、まるで真昼のような明るさに満ちていた。
豪華な刺繍が施された垂れ幕、黄金の燭台、そして最高級のワインの香りが漂う。
しかし、その華やかさとは裏腹に、会場を支配しているのは重い緊張感だった。
(今までにないくらい、ピリピリとした空気ね……)
この日の主賓は、隣接する強国「龍帝国ガイアリス」からの使節団。
龍帝国ガイアリス――その名の通り、王家が代々強大な『龍』と契約し、その人知を超えた武力を行使する大陸最強の軍事国家である。
友好国という名目ではあるものの、龍の一息で街が焼き払われるほどの圧倒的な戦力差を前に、貴族たちは、まるで小動物のように萎縮していた。
(あそこにいるのがきっと……主賓のオーウェン殿下ね)
来賓席の中央に座るのは、端正な顔立ちをした龍帝国ガイアリスの第一皇子、オーウェン。
彼は最強の一角とされる『青龍』と契約したと言われており、その髪は深海のように澄んだ青色をしている。
彼がただそこに座っているだけで、周囲の空気が重く沈み、肌を刺すような圧が伝わってくるようだった。
「エルレイン、何をしている。挨拶に伺うぞ」
王太子の冷ややかな声に促され、私は凍りついた心に無理やり笑顔の仮面を貼り付けた。
あの日以来、私とセドリックは何も話していない。
セドリックはというと、いつもの不遜な態度は崩さないようにしているが、「何か」を探すようにせわしなく辺りを見回している。
(ジークを警戒しているのかしら……でも、この晩餐会に彼は招待されていないはず……)
今日の私は、ベルシュタイン公爵家が誇る至高のドレスを身にまとい、髪を美しく結い上げている。
その姿は公爵令嬢に相応しい気高さに満ちていた。
(ジーク……。あなたはどうするつもりなの……)
不安を押し殺し、私は国王と、オーウェン皇子の前で優雅に膝を折った。
「ベルシュタイン公爵家が長女、エルレインにございます。龍帝国の輝ける皇子殿下にお目通り叶い、身に余る光栄に存じます」
オーウェン皇子が、ゆっくりと視線を上げた。
その双眸は、すべてを見透かすような青。
彼はふっと口元を緩め、驚くほど柔和な微笑みを浮かべた。
「お初にお目にかかる、ベルシュタイン公爵令嬢。君の噂は、我が国まで届いている。なるほど、その瞳の奥に宿る力の密度……実に素晴らしい」
「……身に余るお言葉です」
皇子の声は穏やかだったが、その言葉に含まれる重みは尋常ではなかった。
「このあと、国王陛下より良き知らせがあると聞いています。隣国の輝かしい瞬間に立ち会わせて頂けること、光栄に思います」
皇子の言葉に、隣に立つ我が国の国王が満足げに頷く。
私の心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
「良き知らせ」。
それは、私が望まぬ男の所有物になるという宣告に他ならない。
「……第一皇子殿下より、そのような過分なお言葉を頂けて、私は……嬉しい限りです……」
喉まで出かかった言葉を飲み込み、私は必死に笑い続けた。
王太子は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、私の腰に馴れ馴れしく手を回す。
(あと少し……あと少しで、私の人生は、終わってしまう。王命によって、自由も、心も、すべてを奪われる)
国王が立ち上がり、黄金の杯を高く掲げた。
音楽が止まり、会場に静寂が広がる。
婚約発表のカウントダウンが始まった。
「列席の諸君。この良き日に、我が王家とベルシュタイン公爵家の永遠の絆を祝う、喜ばしい発表がある――」
国王の厳かな声が響き渡る。
私は絶望の淵で、目の前の現実から逃げるように強く瞳を閉じた。
(ジーク……!)
来ないでほしい。
でも、本当は何もかも捨てて、ジークと共にどこかに逃げてしまいたい。
目をぎゅっと閉じながら、私はただ国王の言葉を待つしかなかった。
その瞬間。
ホールの扉の向こうから、空気ごと揺るがすような音が響き、会場の光が一斉に明滅した。





