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【完結】悪女と呼ばれた令嬢、望まぬ婚約寸前で剣聖皇子に奪い去られる【10月下旬に三章更新予定】  作者: しのギドラ
2章

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番外編:剣聖の過去、エルレインとの出会い

 その世界は、息を吸うことさえ窮屈だった。


 龍の加護を受ける皇族として生まれたことは、祝福などではない。

 それは、魂をすり潰して「龍の器」へと作り変えるための刑期のようなものだ。


 毎日、日が昇る前から始まる地獄のような訓練。

 古の叡智を詰め込むための、終わりなき勉学。


 それだけなら、まだ耐えられたかもしれない。


 一番耐え難かったのは、周囲の臣下たちの、品性の欠片もない視線だった。

 彼らの頭にあるのはただ一つ。

 誰が最も強い龍と契約し、次期皇帝の座に近づくかだ。

 子供の頭を撫でるその手は、慈しみではなく、卑しい欲望に塗れていた。


(俺の将来に、いったい何があるんだ……?)


 兄のように完璧な器になるか、あるいは脱落して廃人になるか。

 そんな人生、生きているといっても、心はとうに死んでいるのと一緒だった。


 ――あの日、アストルシアの庭園で、君の泣き声を聞くまでは。


 「後学のため」という名目で連れてこられた、アストルシア王国との親善パーティー。

 シャンデリアの下、他国の大人が浮かべる下賤な追従の笑み。

 俺はそのすべてに吐き気を覚え、隙を見て逃げるように会場を抜け出した。


 外の冷気が、火照った頬に心地よい。

 どこまでも広がる静かな庭園の隅へと向かったとき、不意に耳に届いたのは、風の音でも虫の鳴き声でもなかった。


「う……ひっく……。……うう……っ」


 かすかな、けれど必死に押し殺そうとしている泣き声。


 不思議に思って茂みの奥を覗き込むと、そこにはドレスを着た女の子がうずくまっていた。


 おそらく、アストルシアの上級貴族の令嬢だろう。


 その姿を目にした瞬間、俺の胸に衝撃が走った。

 彼女は泣いていたのに、その瞳に宿っていたのは、悲しみでも絶望ではなかった。


(……なんだ、この目は)


 涙で潤んでいながらも、その奥には強い意志の炎が灯っていた。

 その瞳は、誰よりも美しく、そして猛々しく、焼き尽くさんばかりに輝いていた。


「……どうしたの?」


 思わず声をかけると、彼女の細い肩がびくりと震えた。

 涙を見られたくないと思ったのだろう、彼女は目元を乱雑にぬぐい、顔を背ける。


「あ……ごめん。そのままでいい。こっちを向かなくていいから。……君の、名前は?」


「…………エルレイン・ベルシュタインと申します」


 かすれ切った声。

 けれど、その響きは青空のように澄み渡り、芯の強さを感じさせた。


「ベルシュタイン……アストルシアの、公爵家だったかな。どうしてこんなところで泣いているんだ?」


「年が近い子が、私のことを陰で笑っていたの。……公爵家の名前にあぐらをかいているだけの、高慢で無能な女だって……」


 それは、俺が帝国で受けてきた仕打ちと似ていた。

 身分という色眼鏡でしか、自分を見てもらえない苦しみ。

 妬み、嫉み、そして勝手な期待。


「悔しい……。本当は、こんなことで泣きたくない……! 涙なんて、何の役にも立たないのに……!」


 彼女は小さな拳を握りしめ、地面を叩いた。

 強くなりたい。

 その切実な叫びが、俺の心の最も深い場所に突き刺さった。


「……泣きたいときは、泣いてもいいと思うよ。俺も、本当は叫びたいときがいっぱいあるから」


「だって、きっとこの先、何度も同じことが起きるわ。そのたびに、こんな気持ちになりたくない。……私は、強くなりたい。誰にも何も言わせないくらい、自分の力で立ちたいの!」


「……そう。強くなりたい、か」


 俺は、彼女の背中を見つめ続けた。


(この子が笑ったら、どんな顔をするんだろう)


 もっと彼女のことを知りたいと思った。

 泣いている姿ではなく、この強い信念を宿した瞳が、喜びで輝くところが見たい。

 笑った顔が見たい。

 言葉を重ねるごとに、俺の中で凍りついていた感情が、熱を持って溶け出していく。


「それなら。……君が強くなる姿を、俺も間近で見たいな」


「え……?」


 エルレインが驚いて振り返るよりも早く、俺はその場を走り去った。

 心臓が、今までにない速さで鼓動を刻んでいた。


 帝国に戻ってからも、俺の頭の中は彼女のことでいっぱいだった。

 

(……そうか、これが『好き』って気持ちなんだ……)

 

 生まれて初めて、自分自身のために何かを欲した瞬間だった。


 だが、今の俺は龍帝国の第二皇子、ルーク。


 軽率に他国の公爵令嬢に婚約を申し出れば、それは純粋な想いなどではなく、無味乾燥な政治交渉の道具にされてしまう。

 それに、もし権力で彼女を手に入れたとしても、それは彼女が望んだ「自分の力で強くなる機会」を奪うことにならないか。


(皇子なんて立場も、権力もいらない。……俺も、彼女と同じように、自分の足で立ちたい)


 そう決意したとき、俺の中の「ルーク」は封印され、一人の男としての「ジーク」が産声を上げた。


 城を抜け出す準備を整えた深夜。

 月明かりの差し込む回廊で、俺は最も避けたかった男と遭遇した。


「……兄上」


「ルーク。どうした、こんな夜更けに」


 そこにいたのは、第一皇子・オーウェン。

 彼は、まだ寝ていなかったのだろう。

 訓練用の軽装に身を包み、その手には木剣を握っていた。


「兄上こそ。……まだ、修行してたの?」


「そんなところだ。青龍との契約を完全なものにするためには、一瞬たりとも怠れないからな」


 兄は完璧だった。

 龍帝国が求める、理想の皇子そのものだ。

 彼がいれば、俺がいなくたって帝国は安泰だろう。


 けれど、俺がいなくなることで、次期皇帝としての重圧や、本来分担されるべき公務のすべてが、兄の肩にのしかかることになる。


「ルーク? 何か、言いたいことでもあるのか」


 兄が怪訝そうに俺を見る。


 ごめんなさい、兄上。

 俺は、あなたを裏切って、自分のわがままを通そうとしている。


 けれど、ようやく見つけたんだ。

 この空虚な世界で、初めて「守りたい」と思える光を。


「……ううん。なんでもないよ。あんまり根を詰めないでね、兄上。……おやすみ」


「ああ。お前も、早く寝るんだぞ」


 背後で聞こえる、兄の優しい声。

 俺は一度も振り返らずに、自分の部屋へと戻り、そのまま夜の闇に紛れて城を飛び出した。


 捨てるものに未練はなかった。

 あるのはただ一つ。


 あの日、庭園で見た白銀の火花のような、彼女の瞳。

 エルレイン。

 俺は強くなる。

 君が俺を見つけたとき、君を守れるだけの、本物の強さを手に入れる。

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※カクヨムにも掲載
【代表作】→「悪役令嬢は全員生存エンドを目指す」
◆累計ページビュー63,000pv超え感謝◆

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あらすじ→「全員生き残るか、一人残らず死ぬか」その二択しかない極限の乙女ゲーム。
前世の記憶を取り戻したルナリアは、自分が"全滅エンド"を招く悪役令嬢だと知る。
導き出した答えは、誰とも関わらず、孤独に生きること。
そう誓った矢先に出会ってしまったのは、攻略対象——公爵令息のグレン。
父の虐待を見抜き、どんなに突き放しても離れない彼に、距離を取ろうとするほど執着されていく。
やがて暴かれる、最初から大切な人を"殺す力"を宿していたという残酷な真実。
それでも彼は、皆の前で誓った。
「生涯をかけて君を幸せにする」と。
虐げられた令嬢×公爵令息。
作品ページはこちら→「悪役令嬢は全員生存エンドを目指す」
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