↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】悪女と呼ばれた令嬢、望まぬ婚約寸前で剣聖皇子に奪い去られる【10月下旬に三章更新予定】  作者: しのギドラ
2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/33

番外編:剣聖の過去、白龍との契約

 森の中を抜けながら、俺は一度だけ、背後の巨大な城壁を振り返った。


 そこには、俺のこれまでの人生のすべてがあった。

 第二皇子としての地位、何不自由ない暮らし、そして自分を愛し、時に厳しく導いてくれた父上、兄上達の温もり。


(これでいい……。俺はもう、ルークじゃない)


 暗い夜の風が俺の頬を叩き、自由の香りが鼻腔をくすぐった。

 警備の隙を突き、誰にも見られず、完璧に脱出できた。

 そう確信した、その時だった。


『――ふふ。実に面白い子。ただひとりの女のために、龍帝国での輝かしい地位も、血筋も、未来さえも捨てるか』


 突如、頭上から降り注いだその声に、俺の全身は凍りついた。

 人間の発する声ではない。

 それは、大気が震えているかのような響きでありながら、氷の刃のように冷徹で、透き通った音だった。


「……誰だっ!」


 心臓が早鐘を打ち、俺は反射的に腰の剣に手をかけ、振り返った。

 

 そこにいたのは、純白。

 月夜の蒼い闇の中で、真珠を散らしたかのように淡く輝くそれは、圧倒的なまでの威容を誇る「龍」だった。


 だが、俺が知るどの守護龍とも違う。


 その龍は、ただそこに存在するだけで、周囲の「色彩」を奪っていくような、無機質で神聖さをまとっていた。


『怯えることはありません。龍帝国始祖の血を引く、愛し子よ』


 龍の巨大な瞳が、俺を見据える。

 その目は漆黒の闇を帯びながら、同時に何もかもを見通す鋭い透明さを持っていた。


『このまま龍帝国を抜け出したところで、何ができます? 汝の血は、帝国の追手を惹きつける標(しるべ)。いかに巧みに身を隠そうと、龍の眼からは逃れられないでしょう。……汝は、あの少女の元へ辿り着く前に、城へ連れ戻されることになります』


「…………っ」


 その言葉は、俺が心の奥底で最も恐れていた事実を突きつけた。

 俺はまだ子供だ。

 皇子という身分を捨てたところで、その血が流れている限り、俺は帝国の所有物であり続ける。


『考えが及んでいませんでしたか。……ならば、私から一つ、良い提案をしましょう』


 白き龍は、ゆっくりと鎌首をもたげ、俺の目の前まで顔を寄せた。

 冷たい霧のような吐息が、俺の肌を撫でる。


『汝という存在を、この世界から、そして他者の目から完全に「消せる」と言ったらどうしますか? 私の権能を使えば、汝は誰からも認識されぬ影となり、想い人の元へ辿り着くことができるでしょう』


「そんな方法……本当に、あるのか?」


『私の力であれば、容易いこと。……ただし、条件があります』


 見下ろしてくる双眸に色はなく、ただ俺を映している。

 品定めをするようでいて、感情がない、無機質な視線。


『私と、契約を結びなさい。汝の命を我が糧とし、我が力を汝の魂の楔(くさび)とする。さすれば、この権能……汝の望むままに貸し与えましょう』


「契約……」


 俺は、その龍の瞳を見つめ返した。


 この龍が、何を企んでいるのかは分からない。

 だが、今の俺には選べる道などなかった。


 彼女の隣に立つためには、俺はこの場所で、ただの子供として捕まるわけにはいかない。


「……わかった。契約する。俺の命でも何でも、好きにしろ。その代わり、俺を彼女のところへ行かせてくれ」


『契約成立です。愛し子……我が新しき主よ』


 龍が小さく、満足げに喉を鳴らし、頭を垂れた。

 

 そして、その純白の鼻先が、俺の左肩にそっと触れる。


「――っ!!」


 次の瞬間、経験したことのないような、焼け付くような激痛が俺を襲った。


 血管の中に熱した鉄を流し込まれたかのような衝撃。

 細胞の一つひとつが、強引に書き換えられていくような、魂を削り取られる苦痛。


 俺は悲鳴を上げる余裕さえなく、膝を突き、地面を掻きむしった。


「あ……が、はっ……っく……!」


 視界が明滅し、意識が遠のいていく。

 肩の皮膚に、複雑な模様の「契約印」が刻まれていくのが分かった。


『耐えなさい。この痛みこそが、自由を手に入れた証。……これより歩む道には、闇の手さえも届きません。ただ、白き虚無だけが汝を護るでしょう』


 痛みが引いたとき、俺の全身は冷や汗に濡れていた。

 顔を上げると、白龍はすでに実体を失い、俺の背後の空間に溶け込むようにして、巨大な影となって漂っていた。


『私の名は白龍。消滅と虚無を司る龍です。汝がこの世に命を繋ぐ限り、私もまた汝の光として、ともにありましょう』


 肩の痛みが、鈍い熱となって脈打っている。

 俺はふらつく足で立ち上がり、再び歩き出した。


(……待っててくれ、エルレイン)


 俺は、もはや戻ることのできない神龍城に背を向け、闇の中へと駆け出した。

 後に残されたのは、月明かりだけ。

 そこにあったはずの足音も、影も、もはやどこにもない。


 ――これが、俺と、この浮世離れした龍との、最悪の腐れ縁の始まりだった。 

番外編のご愛読ありがとうございます。


ページ下部のブックマーク・★1~5の評価・感想・リアクションなど頂けると、今後の投稿の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
※カクヨムにも掲載
【代表作】→「悪役令嬢は全員生存エンドを目指す」
◆累計ページビュー63,000pv超え感謝◆

35i8ez7w862wgf5vybkbztkh6je_1bz4_d3_bz_21il.jpg

あらすじ→「全員生き残るか、一人残らず死ぬか」その二択しかない極限の乙女ゲーム。
前世の記憶を取り戻したルナリアは、自分が"全滅エンド"を招く悪役令嬢だと知る。
導き出した答えは、誰とも関わらず、孤独に生きること。
そう誓った矢先に出会ってしまったのは、攻略対象——公爵令息のグレン。
父の虐待を見抜き、どんなに突き放しても離れない彼に、距離を取ろうとするほど執着されていく。
やがて暴かれる、最初から大切な人を"殺す力"を宿していたという残酷な真実。
それでも彼は、皆の前で誓った。
「生涯をかけて君を幸せにする」と。
虐げられた令嬢×公爵令息。
作品ページはこちら→「悪役令嬢は全員生存エンドを目指す」
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。