27話 第一皇子に下される沙汰、命じられる立太子
最初にこの国で訪れた、皇帝アルドリック陛下の私設書斎。
部屋の中央には、卓を挟んで威厳を湛えた皇帝。
そして、死線を越えた疲労を隠しきれない第一皇子オーウェン殿下の姿があった。
「うわ……兄上。いくらなんでも顔色悪すぎだろ」
ジークが、茶化すような、けれど心配の混じった声を上げた。
対するオーウェン殿下は、目の下に濃い隈を浮かべ、青白い顔で力なく首を振る。
「これしきの疲れ、私の犯した失態と、それによって招かれた危機の大きさに比べれば、大したことではない。……無事そうで何よりだ」
「それでは、オーウェン。報告を続けよ」
皇帝の低く、威圧感のある声が室内に響く。
私はその迫力に背筋を正し、ジークの斜め後ろで静かに推移を見守った。
オーウェン殿下は姿勢を正すと、淡々と、けれど言葉を選びながら事実を述べていく。
「はい……白の間の崩壊という未曾有の事態に対し、城内に衝撃が走りましたが、不思議なことに、事態の元凶である『白龍』の存在に言及する者は、目撃者を含めても皆無でした」
「……ふむ。あの場にいた近衛兵や刺客たちでさえ、その正体には気づかなかったということか」
「おそらく、白龍の権能の影響かと。……概念そのものを消し去る力が、目撃者たちの意識からも白龍の姿を消したのでしょう」
皇帝は深く椅子に背を預け、鋭い眼光を次男へと向けた。
「……この十年、我が国の追跡から逃れ続けていたのは、その力を使っていたというわけだな、ジーク」
「まあ、そこは白龍が俺の意志に関係なく、勝手にやったことだけどね」
ジークは困ったように頭を掻き、自嘲気味に笑った。
「この能力がどれだけ危険で、制御不能なものかは分かっていたつもりだ。だから、自分からはほとんど使ったことはない。……正直、今回のことで心底懲りたよ。この先も、極力……こいつの力は使いたくない」
「その心がけ、忘れるな。世界を滅し、歴史さえも白紙に戻す力など、人の身にはあまりに過ぎたるものだ」
皇帝は重々しく頷くと、再びオーウェン殿下へと視線を戻した。
「残党の動きはどうなっている」
「今回の件を囮としたことで、彼らの勢力を一気に炙り出すことができました。主導者たちはすでに捕縛、あるいは逃走中です。彼らを完全に抑え込むのも時間の問題でしょう。帝国の膿は、今度こそ出し切れるはずです」
「……苦労をかけたな、オーウェン。そなたの働き、見事であった」
皇帝の労いの言葉に対し、オーウェン殿下は喜びの表情を見せるどころか、謝罪するように深く頭を下げた。
その手は、後悔によって白くなるほど握りしめられている。
「いいえ。今回の騒動の発端は、そもそも私の独断専行が招いた結果です。ゆえに、皇帝陛下より然るべき処分を頂きたいと考えております。私には、このまま第一皇子の座に留まる資格がありません」
「……そなたの行動には、確かに行き過ぎたものがあった。次期皇帝候補たる立場を理解せず、その身を軽率に賭けた。一歩間違えば、帝国の継承順位は瓦解し、さらなる混乱を招いたであろう。この責任は……極めて重い」
皇帝の言葉が、死刑宣告のように重く響く。
オーウェン殿下は覚悟を決めたように、目を閉じる。
「……承知しております。剥奪、隠居、あるいは……どのような責も負う覚悟があります」
「よろしい。それでは、そなたに命じる」
皇帝の黄金の瞳が、覚悟を決めた蒼の瞳を射抜く。
「すべてが落ち着いた後、滞っていた立太子の儀を執り行う。そこで、生涯をかけて龍帝国に身を捧げ、民を守り、この国を導くことを誓うのだ」
立太子は、皇位継承権を確定させる儀式のことだ。
オーウェン殿下は弾かれたように顔を上げた。その瞳には、驚愕の色が浮かんでいる。
「……! それは、つまり……」
「これが、そなたに課す最大の試練だ。己の命を軽んじ、独りで背負おうとする悪癖を捨て、王としての重責に一生縛られ続けよ。……王命に背くことは許さぬ。死ぬまでこの国のために生きよ、オーウェン」
「…………。……御意に。この命、尽きるまで龍帝国ガイアリスのために」
オーウェン殿下は、声を震わせ、跪いた。
それは許しを乞う子供ではなく、一人の王として生きる決意を固めた者の顔だった。





