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【完結】悪女と呼ばれた令嬢、望まぬ婚約寸前で剣聖皇子に奪い去られる【10月下旬に三章更新予定】  作者: しのギドラ
2章

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26話 緑龍の聖風、事後処理へ立ち向かう

 森の奥深く、雨上がりのような、瑞々しい香りが鼻腔をくすぐった。

 重いまぶたをゆっくりと持ち上げると、視界に飛び込んできたのは、柔らかな朝の光に満ちた離宮の寝室だった。


「……ん……っ」


 身体を起こそうとすると、全身の節々にまだ微かな倦怠感が残っている。

 けれど、不思議なほど心は穏やかで、体内の魔力回路は澱みなく透き通っているように感じられた。

 ふと、枕元に気配を感じて視線を巡らせる。


 そこには、一人の少女がいた。


「…………!」


 ふわりとした白い肌に、若葉を思わせる柔らかな淡い緑の髪。

 大きな瞳は、エメラルドのように輝いている。

 まるで絵本から抜け出してきた森の妖精のような、息を呑むほど愛らしく、幼い少女。

 私が驚きに目を丸くすると、少女もまた、その大きな瞳をさらに見開いた。


「…………っ!」


「あ……」


 私が声を出すよりも早く、少女の小さな身体が弾かれたように動いた。

 バサッ、という突風が寝室の中に巻き起こる。


 それは暴風ではなく、春の旋風のような、どこか甘く爽やかな風。

 少女はその風を身にまとい、一度も後ろを振り返ることなく、開いたままの扉の向こうへと、小鳥のような速さで走り去ってしまった。


「……え、待って……?」


 呆然と取り残された私の前に、入れ替わるようにして一人の男が姿を現した。


「エル、目醒めたか。……顔色は良さそうだな」


 水を乗せたトレイを片手に、苦笑いを浮かべながら入ってきたのは、ジークだった。

 いつものアッシュブルーの髪に、騎士の服に着替えている。

 その表情には、私が意識を取り戻したことへの、隠しきれない安堵が滲んでいる。


「ジ、ジーク! 今……今、すごいかわいい女の子がいたわ! ほわほわで小さくて、妖精さんみたいで……あの子、誰なの!? どこへ行ったの!?」


 身を乗り出して詰め寄る私に、ジークはトレイを庇いながら、肩をすくめて応えた。


「起きてすぐに気にするところがそれかよ。……あいつは、……一応、俺の妹……と、聞いている。俺も、昨日初めて顔を合わせたばかりで、正直まだ実感が湧かないんだけどな」


「ジークの、妹君……? あんなにかわいい子が……?」


「なんだ、その『こんな兄にあんなに可愛い妹が』みたいな反応は。……あいつは、第二皇女のフィリア。聖風を司る『緑龍』の契約者だ。緑龍の加護には高い浄化と治癒の力があって……エルの治療をしてくれたのはあいつだ」


 私は、自分の胸元に手を当てた。

 確かに、体内を巡る魔力は、かつてないほど清らかに澄み渡っている。


「ジークの妹君……か、かわいかったー! あんなに可憐な子がいるなんて……! 逃げられちゃったけど、また会えないかしら、仲良くなりたいわ……!」


「……あのー、エルレインさん? 愛する男が目の前にいるのに、いきなり現れた初対面の子に夢中になるのはどうなんだ。ちょっとは俺のことも気にかけてくれない?」


 ジークがわざとらしく溜息をつき、ベッドの脇にトレイを置いた。

 私はハッとして、頬を赤らめながらジークを見上げた。


「あ……ごめんなさい。……ジーク。ジークは体、大丈夫なの? 白龍の力をあんなに使って、どこか痛むところはない?」


「ああ、この通りだ。妹の風が俺にもお裾分けされたみたいで、ピンピンしてるよ。エルの方こそ、どこか違和感はないか? 無理に起きたらダメだぞ」


 ジークが私の額にそっと手を当てる。

 その手のひらの熱が、私を包んでいた非日常の緊張を完全に解きほぐした。


「ええ、大丈夫よ。……私、どのくらい寝ていたの?」


「一晩くらいだ。あと三日目覚めないと思ってたんだが、君の回復力が予想以上だった」


「一晩……。皇族の方々は、大丈夫だったのかしら……」


 私の問いに、ジークは少しだけ眉を下げ、窓の外に広がる帝都の景色に目を向けた。


「兄上は、各所への説明で昨夜から一睡もしてないはずだ。イグニスも、ああ見えて軍部のトップだしな。龍騎士団の再編や警備の立て直しで、あちこちから引っ張りだこになってる」


「なんだか……私だけこうしてゆっくり寝ていたのが、申し訳ないわ。何か手伝えることがあれば……」


「気にするなよ。エルは被害者なんだし、何より白龍を止めた功労者だ。今は休むのが仕事だよ。俺もようやく二人きりでゆっくりできる……と言いたいところなんだけどな」


 ジークが、少しだけ声を潜めて言った。

 その黄金の瞳に、わずかな緊張が走るのを私は見逃さなかった。


「……何か、あるのね?」


「ああ。……このあと、父上に会いに行かなきゃいけない」


 私の背筋に、ぴりりとした緊張が走る。

 父上。

 つまり、この巨大な龍帝国の頂点に立つ、皇帝アルドリック陛下のことだ。


「……それはそうでしょうね。あれだけの騒動を起こしてしまったんですもの。……ご報告に行かないわけにはいかないわ」


「わかってはいるんだけどな。……正直、めちゃくちゃ気が重い。せっかくエルとこうして、平和な朝を過ごせたっていうのに。俺は、このまま君を連れて、また国外に逃げたくなってくるよ」


「ジークってば。最後までちゃんと、二人で向き合いましょう?」


 私がジークの手を握りしめると、ジークは降参したように苦笑し、私の手の甲に軽くキスを落とした。


「……ああ、わかってるよ。最高の相棒がそう言うなら、腹を括るしかないか」


 窓の外では、祝祭を喜ぶ帝都の風が、穏やかに吹き抜けていた。

 龍帝国の長い歴史が、再び動き出そうとしている。

 その先にあるのが皇帝陛下との対峙であっても、隣に彼がいる限り、私はもう何も恐れることはなかった。


「……よし、行くか。……妹よりも、俺のことをしっかり見ててくれよ、エル」


「ふふ、考えておくわ」


 二人は顔を見合わせ、晴れやかな朝の光の中、扉の向こうへと一歩を踏み出した。

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※カクヨムにも掲載
【代表作】→「悪役令嬢は全員生存エンドを目指す」
◆累計ページビュー63,000pv超え感謝◆

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あらすじ→「全員生き残るか、一人残らず死ぬか」その二択しかない極限の乙女ゲーム。
前世の記憶を取り戻したルナリアは、自分が"全滅エンド"を招く悪役令嬢だと知る。
導き出した答えは、誰とも関わらず、孤独に生きること。
そう誓った矢先に出会ってしまったのは、攻略対象——公爵令息のグレン。
父の虐待を見抜き、どんなに突き放しても離れない彼に、距離を取ろうとするほど執着されていく。
やがて暴かれる、最初から大切な人を"殺す力"を宿していたという残酷な真実。
それでも彼は、皆の前で誓った。
「生涯をかけて君を幸せにする」と。
虐げられた令嬢×公爵令息。
作品ページはこちら→「悪役令嬢は全員生存エンドを目指す」
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