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【完結】悪女と呼ばれた令嬢、望まぬ婚約寸前で剣聖皇子に奪い去られる【10月下旬に三章更新予定】  作者: しのギドラ
2章

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23話 1000回目の負けられない勝負

「う……っ……」


 オーウェン殿下の腕の中で、私の意識が暗い淵からゆっくりと浮上した。

 肺に吸い込んだ空気は乾燥し、生きているという実感を伴わない。


「これ、は……」


 重いまぶたを押し上げ、目を開けた私の視界に飛び込んできたのは、神話の終焉を体現したかのような、あまりに残酷な「無」の光景だった。


「エルレイン公爵令嬢……! 気がついたか、体は大丈夫か!」


 オーウェン殿下の、悲痛な叫びが鼓膜を震わせる。

 常に沈着冷静を貫いてきた彼の顔は、いまや見たこともない畏怖と、悔恨に歪んでいた。


「殿下……。これは、一体……何が、起きているのですか……?」


「白龍の、顕現だ。……ルークの絶望を糧に、世界の『消滅』を始めた。このままでは、龍帝国どころか、全てが無に帰す……!」


 オーウェン殿下の言葉を裏付けるように、眼前で伝説の白龍が悠然と、そして無慈悲に翼を広げていた。

 その存在自体が、虚無の根源。

 翼がはためくたびに放たれる白い波紋が、触れるもの全ての存在理由を剥ぎ取っていく。


「ジーク……!」


 私の視線が、その白い嵐の中心に立ち尽くす背中を捉えた。

 ジークは、白龍の巨大な足元で、力の奔流に耐えるように膝を突いている。

 黄金だったはずの彼の瞳は、いまや虚無の漆黒に侵食され、取り乱すように歪められている。


「無理をするな! まだ呪詛から解かれたばかりだ、体がもたないぞ!」


 立ち上がろうとして膝をつく私を、オーウェン殿下が必死に制止しようとする。

 だが、私は震える指先でそれを押し留め、拒絶するように首を振った。


「大丈夫、です……。今は、あそこに行かなきゃ。ジークのところに、行かなければならないんです……」


「正気か!? 今のルークは『消滅』の源だ! あれに近づけば、龍の加護があってもただではすまない!」


 ジークの周囲には、光さえも歪むほどの高密度な虚無が渦巻いている。

 その領域に一歩足を踏み込んだ瞬間に、全てが霧散するだろう。


「……ご心配いただき、ありがとうございます。でも、行きます。あのとき、彼が私を助けに来てくれたから、今の私がいる。私に、自由という光をくれたのは、彼なんです」


 私は、震える足で、迷いなく一歩を踏み出した。


「今度は……私がジークを助ける番。あんな悲しい顔、もうさせない……!」


 決意を込めた声音に気圧されたのか、オーウェン殿下は伸ばした手を止めた。

 私は、吹き荒れる無に向かって、独り歩み出す。


「今、行くから……!」


 一歩進むごとに、ローブのすそが白い粒子となって消えていく。

 肌を刺すのは、自分の境界線が消えていく究極の恐怖だった。


 それでも、私は歩みを止めずに、彼から視線を決して逸らさなかった。


「ジーク!!」


 虚無の渦の中心で、私は叫んだ。

 その声に、ジークがゆっくりと、苦しげに首を巡らせた。

 彼の表情は強張り、今にも涙があふれ出しそうなほど、痛ましく歪んでいた。


「エル……っ。……ああ、やっぱり君は、来てしまうんだな」


 ジークの声は、今すぐにでも消え入りそうだった。

 まるで、発せられた言葉さえも白龍の力に消されかけているかのように。


「だからこそ、頼みがあるんだ……エル。……お願いだ、君の魔法で、俺を殺してくれ」


「……何を、言っているの……」


「俺が死ねば……白龍との繋がりが断たれる。この『消滅』を終わらせるには、これしか方法はないんだ! このままじゃ、兄上も、イグニスも、俺と君がいた世界も……俺自身の手で全部消してしまう!」


 ジークは自身の胸元を強くつかみ、吐き捨てるように、絞り出すように続けた。


「エル! お願いだ……。俺という存在ごと、全部消し去ってくれ……!」


 私は、ジークをまっすぐに見つめる。

 その瞳に、一切の揺らぎはない。


「……それは、できないわ」


「エル! わかってくれ! 俺を殺すことだけが、唯一の活路なんだ!」


「ジーク。神龍の庭で言ったでしょう? あなたがどんな運命を背負っていても……私はずっと、あなたの隣にいるって」


 私は限界までその足を進め、ジークの冷え切った頬を、自身の両手で包み込んだ。

 消滅の波が私を苛み、今にも霧散しそうな自身の存在を、意思の力だけで持ちこたえる。


「エル……! だが、このままでは君まで……!」


「……いつものやり方で決着をつけましょう、ジーク。意見が分かれた時、喧嘩になった時……いつもこうしていたじゃない?」


 それはかつて、アストルシアで十年間幾度となくジークと戦った軌跡。

 私は白龍を睨みつけながら、高らかに宣言する。


「これが、千回目の勝負よ! 今回こそは……絶対に負けない!」

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※カクヨムにも掲載
【代表作】→「悪役令嬢は全員生存エンドを目指す」
◆累計ページビュー63,000pv超え感謝◆

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あらすじ→「全員生き残るか、一人残らず死ぬか」その二択しかない極限の乙女ゲーム。
前世の記憶を取り戻したルナリアは、自分が"全滅エンド"を招く悪役令嬢だと知る。
導き出した答えは、誰とも関わらず、孤独に生きること。
そう誓った矢先に出会ってしまったのは、攻略対象——公爵令息のグレン。
父の虐待を見抜き、どんなに突き放しても離れない彼に、距離を取ろうとするほど執着されていく。
やがて暴かれる、最初から大切な人を"殺す力"を宿していたという残酷な真実。
それでも彼は、皆の前で誓った。
「生涯をかけて君を幸せにする」と。
虐げられた令嬢×公爵令息。
作品ページはこちら→「悪役令嬢は全員生存エンドを目指す」
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