17話 白龍がもたらした悲壮な覚悟、私とジークの決意
ジークは部屋に入るなり、疲れたようにソファに体を深く沈めた。
アッシュブルーに染めた髪を乱暴にかき上げ、天井の一点を見つめる。
「ったく……あの馬鹿兄上……」
「ジーク……大丈夫?」
私は静かにジークの隣に腰を下ろし、彼の大きな手をできるだけ優しく包み込んだ。
その手は、剣聖として無数の敵を倒してきたはずなのに、今は微かに震えている。
「ごめんな、エル。龍帝国に来れば、少しはゆっくりできると思ってたのに。早速、こんな厄介な騒動に巻き込んで……」
「私のことを気にしてる場合じゃないでしょう? ……それにしてもオーウェン殿下が、あんな自分を犠牲にするような計画を立てていたなんて……」
「兄上の愛国心を舐めてたよ。……くそっ」
ジークは悔しげに毒づき、ソファの肘掛けを拳で叩いた。
「……だけど、兄上にあんな最悪な決意をさせたのは、他でもない俺だ。俺が白龍と契約したから……」
「それは絶対に違う、ジークのせいじゃないわ」
私は語気を強め、ジークの顔を無理やり自分の方へ向けさせた。
「たとえこの国の法であったとしても、それがあなたを縛り、心を殺していい理由にはならない。あなたが自由を求めたのは、一人の人間として当然の権利よ」
「エル……。だけど、皮肉なもんだよな。俺はこの白龍の力があったからこそ、国を渡り、君と出会うことができた」
私の手に、ジークは自分の指を重ねた。
迷子のように不安げな瞳が、月の光を反射してわずかに揺れる。
「……だけど、今は、この力が邪魔でしょうがない。この力があるからこそ、兄上は俺を皇帝に据えようとする。白龍さえいなければ、俺はただの自由な剣士でいられたのに」
神々しく、誰もが羨む伝説の力。
それが今は、彼を玉座へと繋ぎ止めるための鎖にしか見えなかった。
私はそんな彼の葛藤を真っ向から否定するように、ふわりと微笑んだ。
「そんなこと言ったら、白龍がかわいそうでしょう? ……私は、あなたと出会えたことに……白龍の力にも、心から感謝してる。あなたが救いに来てくれたから、今私はここにいるのよ」
私はジークの頬に手を添え、愛おしさを込めてその瞳を見つめた。
「でも……オーウェン殿下は、少し卑怯だと思うわ。あんなことを言ってしまったら、どんなに逃げようとしても、ジークは次代皇帝のことを考えてしまうでしょう?」
「それが狙いだろうからな。兄上は俺の弱点をよく知ってるよ」
ジークは苦笑し、私の肩に頭を乗せた。
私に体温へ溶けるように、ジークの体から少しだけ力が抜けたように感じる。
「……俺は、兄上のいない帝国なんて認めない。あいつらが兄上を殺そうとするなら、俺はその計画ごと、粉々に砕いてやる」
「私も全力で手伝うわ。……オーウェン殿下には、これからもずっと、あなたの不始末を怒鳴り続けてもらわなきゃいけないんですもの」
「はは、違いない。ありがとう、エル……」
ジークはソファから立ち上がり、窓の外、不穏な影を落とす本宮を見据える。
龍帝国の運命を懸けた、不協和音を奏でる祭典の幕が上がろうとしていた。





