12話 龍帝国の朝、甘い雰囲気を切り裂く爆熱
離宮の広大な天蓋付きベッドの中で、私はゆっくりと瞳を開けた。
隣を見れば、既に身を起こしたジークが、窓から差し込む光を浴びながら、自身の髪を整えているところだった。
「おはよう、ジーク……」
「おはよう、エル。よく眠れた? 今日は俺の……一応故郷である神龍城を案内してあげるよ」
「え、大丈夫なの? あなたを知っている人に見つかるのはまずいんじゃないかしら……」
「俺がこの城にいたのは十年前までだ。俺の顔をはっきり覚えている奴なんて、父上と兄上くらいなもんさ」
ジークはそう言って不敵に笑うと、ベッドに戻り、まだ横になっていた私の額に優しいキスを落とした。
「今日は一日、ゆっくり散歩しよう。……帝国の美しさを、その目に焼き付けてくれ」
用意された軽やかな服に身を包み、私はジークに手を引かれて離宮を出る。
一歩外へ出れば、そこはアストルシア王国の王宮とは比較にならない、圧倒的なスケールの空間だった。
廊下は騎馬が走れるほどに広く、壁には魔石が埋め込まれ、淡い光を放っている。
「……すごいわね。どこを見ても、魔力の残滓を感じるわ」
「この城そのものが、一つの巨大な魔導具みたいなものだからね。……さあ、あそこが一番の絶景ポイントだ」
ジークが指差したのは、城の西側に位置する、空中に突き出した巨大な回廊だった。
そこへ辿り着いた瞬間、私は思わず声を漏らして立ち尽くした。
視界を埋め尽くすのは、帝都の全景。
そして何より、私の目を奪ったのは、空を舞う龍たちの姿だった。
「飛龍が、あんなにたくさん間近に……! かっこいいわ……!」
私は手すりに身を乗り出し、目を子どものように輝かせる。
アストルシア王国において、龍は稀に国境付近で見かける程度の希少な存在だった。
だが、ここではそれが日常の一部として、空を、帝都を護っている。
「あの翼の動き、魔法的なものではなく、完全に肉体だけで空気を掴んでいるのね。それに、あの龍騎士との呼吸の合わせ方……すごい!」
「はは、そんなに喜んでもらえるなんてね。……あんまり見惚れるなよ、エル。俺が妬いちゃうだろ?」
ジークは呆れたように言いながらも、私の純粋な興奮を嬉しそうに見守っていた。
彼は私の腰を引き寄せ、自分の体温を思い出させるように密着させる。
「……龍騎士は、飛竜と契約しているの?」
「いや、基本的には契約まではしてないよ。龍帝国で龍と契約ができるのは、皇族か、あるいは才能のある遠縁の貴族だけだ。あの飛龍達は、俺たち皇族が従える『上位龍』の威光に調伏されている感じかな」
「……本当に、龍と共に生きる国なのね」
私は感心したように頷きながら、ふと、昨夜の皇帝との謁見を思い出した。
「そういえば、皇帝陛下がご兄弟のことをお話しされていたけれど……。第一皇子のオーウェン様以外にも、お身内はいらっしゃるのよね?」
「ああ、まだ何人かいるよ。……といっても、十年前の記憶だけどな」
ジークは遠い目をして、帝国の空を見上げた。
「上に姉が一人、下に弟が一人。それから、俺が出ていった後に生まれたらしい妹が一人。一番下の妹は……正直、会ったこともないから、想像つかないな」
「たくさんご家族がいらっしゃるのね。落ち着いたら、皆様にご挨拶しなきゃ。お会いできるのを楽しみにしてるわ」
「……俺は、エルさえいれば挨拶なんてどうでもいいんだけど。特に姉と弟は……悪い奴らじゃないんだけど個性的すぎて、エルに近づけたくないな」
「ジークったら。家族でしょう? そんなこと言わないで」
「……今の俺にとっては、この国も、肩書きも、家族すらも、どうでもいい。……君を独り占めできるなら、俺はまた、十年前みたいにどこへだって逃げるさ」
「……ジーク……」
抗えない熱に導かれるように、二人の顔が近づく。
肌を濡らすような朝の空気の中で、重なり合おうとした唇。
だが、その穏やかな時間は、唐突に、爆発的な熱によって切り裂かれた。
「――やっぱりだ! この気配、絶対にそうだと思った!」
弾けるような明るい声が、テラスに響き渡る。
同時に、周囲の気温が数度どころか、一気に真夏のような酷暑へと跳ね上がったように感じた。





