6.助言者(世界の終わりまであと24日)
朝になった。
斎場での火葬は午前中に終わって。
小さな壺に収まった彼の入った白木の箱を抱えて、その外に出る。
「じゃあ、後はお願いします」
改めて、白覆(骨壺入れのカバー)をかぶせたその箱をお義母さんにお預けして、深く一礼。
「こちらこそ。いろいろありがねユキちゃん。わたし大丈夫だから」
「はい──タクシー、呼んできます」
最初の予定では、このままルリさんの家まで一緒に行くことになっていた。
歳矢と二人暮らしだった彼女を、ここでひとりにするのは気が引けたけれど。
でも今のわたしには、他にどうしてもすべきことがあった。
タクシーに乗り込むルリさんを見送った後で、小走りに斎場へ戻る。
それぞれ帰途につく参列者の間を縫うように歩きながら、その影を探す。
──いた。
(アーマーブーツ改め)黒ストッキングの足が止まる。
迷い。ためらい。後悔。逡巡──でも。
でも、心を決めて、歩き出す。
ダークスーツに覆われた、記憶にあるよりも広い背中。
そこに向かって。
一度大きく息を吸って。
声を、かける。
「ユキ、くん……?」
振り向いた青年が、ちょっと驚いた顔で、
「ナキ姉……?」
☆
とりあえず手近の喫茶店に入る。
ユキヤ──優樹也も。
リアルではやはり数年ぶりに再会した弟くんも、黙ってついてくる。
各々注文したラテとカプチーノを、黙って飲む。
いや、黙ってたらダメだって。
「まあその、さ、言いたいことはいろいろあるだろうけど……」
「ないよ。別に」
──ないんだ。
じゃない、頑張れわたし。
「じゃあとにかくこっちの話だけでも聞いて」
黙ったままカプチーノを啜る彼に、それでも席を立つ気配がないのを見て、先を続ける。
「お願い──『ガルドアース・ウォーテイル』最終章の攻略、手伝って!」
「は? …………あち!」
ユキくんは陶器製のマグから口を離すと、
「『がるどあ』の攻略? それも最終章? ──って、あの最終章?」
「へえあれ、がるどあって言うんだ──じゃなくて、そう。その最終章」
ゲーム会社とゲームプレイヤーたちとの、ゲームの行く末を賭けた本気のガチ勝負。
「なにナキ姉、ガルドアガチ勢だったの? 意外……でもないのか」
「ああいやいや、あいつは──彼は関係ないから」
それは『ガルドアース・ウォーテイル』の製作運営スタッフのひとり。
最終章の開始を見届けるように死んでしまった元ダンナ。
「ガチガチどころか、恐れながら遅まきながら、昨日……てかもう今日になってたけど、とにかくさっき始めたばっか」
「それでなんで最終章に挑戦できてんの? あれ確か、プレイヤー限定の特殊イベントだったはずだろ」
「みたいだね──そういや、ユキくんは参加してないの?」
「その言い方──応募はした。けどダメだった。まあそんなにやり込んでたわけでもなかったし」
彼は斎場の方をちらりと見て、
「トシ兄のゲームだからやってただけ。おれはFから始まる英霊召喚戦争一筋だから」
再びこちらを見て、にやりと笑う。
「わかる?」
「全然?」
はあああああ、と大げさにため息つかれた。
「……そんなやつが、なんでガルドアの最終章に招待されてんだよ」
「それは招待したやつに言って」
「誰だよ」
「……や」
「は?」
「とし、や……」
「とし──トシ兄?」
弟くんは、やっと正面からまともにわたし顔を見て。
「お前とトシ兄、仲直りしたの?」
「お前ゆーな。あと最初からケンカなんかしてない。あいつがそんなことするもんか。ただちょっと離婚して距離置いてただけ──そんなことはどでもいいって」
「ちょっとって、がっつり離婚してんじゃん──」
わたしは、どん、とテーブルに手を突く勢いで、
「それよりどうなの? 最終章攻略、手伝ってくれるの、くれないの?」
☆☆
「──で、外に出たとたん、いきなりやられちゃって」
「アホか」
乗り込んだ車の助手席で自分のスマホ画面を見せるわたしを、運転席からちらっと見た弟くんは、また大げさなため息をついた。
「抜刀解放式もしないで、初期装備のまま単独で外に出たら瞬殺されて当たり前だっての」
「あーやっぱり?」
「ていうか、ほんとだったらもうそこでゲームオーバー、最終章挑戦失敗でリタイア──のはずなんだけど」
この最終章には、プレイヤー向けの救済措置はまったくない。
死んでしまった仲間キャラは復活させられないし、プレイヤー自身が死ねばその場でリタイア。ゲーム敗退。二度と最終章には挑戦できない。
実際、最終章が始まってまだ6日めだというのに、もう200人近い脱落者が出ている。
熟練者揃いの1500人限定ミッションの序盤で、この数字はやっぱり厳しい。
本来なら、開始早々瞬殺されちゃったわたしも、そのリタイア組に加わっていたはず。
ところが。
「まだエントリボタンは生きてるんだよなあ」
その通り、わたしのスマホに表示された『ガルドアース・ウォーテイル』のホーム画面には、いまだ最終章へログインするための参加ボタンがあった。
赤信号で車が止まったタイミングで、ユキくんはぐっと画面に顔を寄せてじっと見つめる。
でもすぐに、あれ? と首をかしげて。
「聖域の廃聖堂にいたんだよな?」
「ええと、崩れかけの聖堂みたいなところにいたけど」
「で、目の前に何本も剣があって」
「うんうん」
「でもそのまま外に出た──出られたって?」
「いや、その前に何本か剣を抜こうとしたんだけどね。でも全然抜けなくて諦めた」
「だからそれは最初にコスト払って抜刀する剣を選んで抜刀解放式しないと──」
そこまで言ってフリーズする。
「ちょっとユキくん、青、あお!」
おっとっと、とギアを入れて車を発進させる。
「今どきマニュアルとか。マニアめ」
「うっせい。じゃなくって──引き抜こうとした? 剣を? どうやって?」
「だからこうやって、柄を握って、ぐい~っ! と」
わたしは柄に見立てたスマホを手に、それを持ち上げる動作をして見せる。
でもユキくんは、さらに顔をしかめて、
「何それ? スマホ握って振り回しても剣が抜けるわけないだろ」
「違う違う。実際に手で柄を持ってね──」
「いやもういいって。問題はそこじゃない」
わたしの話をさえぎると、ユキくんはゲームの説明をはじめた。
それよると、聖域廃聖堂は抜刀解放式──要するにキャラクターやアイテムをゲットするためのいわゆる「ガチャ」をするための場所であるらしい。
仮にガチャをキャンセルしても、通常はホーム画面に戻るだけ。
そのまま物語が進行することはないという。
例えば初めてゲームにログインした場合、まずチュートリアルを兼ねた物語が始まる。
そこで最初の抜刀解放式をして、最初の仲間を迎えることになる。
そして改めて序章から第一章へと進んでゆく。
一方で最終章のイベントは、すでにゲームをやり込んでいるプレイヤーが前提。
なので、ログインしたらすぐに最終章が始まる仕様になってる。
つまり最終章は、最初から初心者の参加を想定していなかった可能性が高い。
本来ならまっさらの初心者が──ゲームアカウントすらないプレイヤーが、いきなり最終章イベントに応募できるわけがない。
仮に応募できたとしても選ばれるわけがない。
何よりそんな状態で最終章に挑戦したところで、クリアできる可能性は万に一つもないから。
「まさに今回瞬殺されたナキ姉のように」
それ以前に、そもそもわたしはこれが初めてのログインで。
「だから本来は、ログインしたらゲーム最初のチュートリアルに進むはずだった」
ユキくんは、何か考えるように、とんとんと指でハンドルを叩きながら、
「なのにいきなり最終章から始まっちゃった……」
本当ならそれはできないこと。ありえないこと。
ハンドルを叩いていた指が止まる。
「まさか……バグ?」




