52.真実Ⅲ(世界の終わりから2年8か月前/2)
もしかしたら
今の自分自身こそが
誰かの「夢」でさ、
今まさにそれを叶えてる
真っ最中だとしたら、
このしょーもなく平凡な人生も、
もうちょっとは頑張れそうな
気がしない?
─光谷優樹也─
前回のあらすじ!
事故を起こして
担ぎ込まれるユキくん。
研修医として手を尽くしたけど、
でも助けられなくて。
ただ涙して慟哭するわたし。
と、次の瞬間、あれ、ここは?
帝星宮?
目の前にはちゃんとユキくんもいて。
そしてさらに衝撃の発言が。
え? ユキくんは本当に死んでるって?
でも生きてる? どういうこと?
始まります!
「そ。──今現在、この第二章の外の世界では、そのリアル世界では、おれはまだ生きてるってこと!」
煌びやかな黒装束を纏った、神絵師謹製のアニメ風美青年顔(ああ言っちゃった)のユキくんが、これまた極上の「悪戯笑い」を浮かべてみせる。
その彼に負けないくらい、これまた豪華絢爛な部屋の中。
いっぽうの「わたし」は──いつもの三つ編み丸眼鏡自称17歳 (あいたたた)のゲームキャラ「ユナキ」でなく、葬式帰りのワンピース喪服を着たリアル28歳の優樹南は、そのふっかふかの絨毯の上にぺたんと座り込んだまま、
「じゃあ、じゃあ、もしかして──」
わたしの中で、子どもの頃ユキくんと一緒に見た映画のワンシーンが──シルバーのスポーツカー風タイムマシーンが颯爽と跳び上がり、30年後の未来へと飛び去って行く姿が、あの心躍るテーマ曲と一緒にリフレインされる。
「もしかして、今の時代のリアル世界に戻って、ええとあの映画みたいになんかうまくできれば、もしかしたら──」
両手をぐるぐると振り回しながら、頭に浮かんだイメージをなんとか言語化しようとする。
わたしのそんな様子に、ユキくんの悪戯笑いが純然たる苦笑に変わる。
「はいはい、言いたいことはちゃんと伝わってるから」
白手袋を外しながらわたしの元までやってきたユキくんが、その手をわたしに差し向ける。
今さらだけど意外とオールバックも似合うなこの子。
「てか誰だって、こんな状況なら考えるさ──この過去世界の状況を変えることで、最悪の未来を回避できないか、ってね」
「そーそー! それ! ──よっこいせっと!」
6歳下の弟くんに……いやこのユキくんは三年前のユキくんだから、ええ──9コ下? まだ19歳? うわーヤバイ ──じゃなくって、とにかくその彼に手を引かれて立ち上がる(あれ今、よっこいしょとか言ったわたし? ぎゃー)。
「これも結論から言えば……ていうか、3年後の未来から来たナキ姉にはわかってるでしょ」
「そか、そこじゃユキくん、普通に生きてる──んだっけ!」
今触れている手。
この世界の、この時代のユキくんの手。
リアルだけど、でもやっぱりゲームキャラとしての、彼の手。
でもそれはしっとりと温かくて。
それこそまるで本物のような。
やっと立ち上がったわたしを見て、よしよしとでも言いたげに軽く頷くユキくん。
役目は終わったとばかりにさらっと離れる手。
続く会話。
「つまりナキ姉がいるリアル世界は、ゲーム風に言えばその『世界線』は、もうその改変は行われたってこと」
「誰がやったの? やっぱりわたし?」
でも何をどうしたらユキくんが生きてる未来になる?
「車に乗らせないようにするとか?」
「最終章時代のおれは普通に車、乗ってなかった?」
「あーそっか。乗ってたっけ」
あの白いスポーツカー。
お葬式でも、アパートでも。
そしてまさにその最終章でも。
「そいやあのスポーツカー、廃聖堂に突っ込んで壊れたまんまなんだっけ」
「何それ?」
「ユキくんの車。現実世界に出て来たドラゴンに追われて、車で逃げて」
ああ思い出してきた。
「で、そのままログインしたら車ごと最終章に飛び込んじゃって」
「ナキ姉、最終章で何やってんの?」
「しゃーないじゃん。そんでユキくん猫になって運転できなくて、やっぱりそのまま廃聖堂に突っ込んで、がっしゃーん、て……ああ、そか」
ユキくんが事故死した「夢」を見たのは、あの後だったっけ。
誰かがわたしをこの第二章に「転送」させてる間に。
でもどうやらそっちこそが「現実」で……?
「ああ、やっぱりなんかごちゃごちゃする──!」
「実際、いろんな状況が──リアルの現実世界とがるどあのゲーム世界、その二つの世界の間で、いくつもの可能性が同時に存在してお互いくっついたり離れたり、衝突したりしてるから」
「もしかして、わたしがゲーム世界に入り込んだり、ゲーム世界のキャラやドラゴンが現実に出てきちゃたりしてるのも、そのせい?」
頷くユキくん。
「話半分でいいから、まあ聞いて──このがるどあ世界と、リアルの現実世界は、今まさに衝突しかかってるんだ」
「世界と世界が、衝突してる?」
「量子論的重ね合わせって、聞いたことある?」
「ああ、大学の教養でなんとなく……箱の中の猫が死んでるけど生きてる、みたいなやつだっけ?」
「シュレーディンガーの猫ね。ミズカ先輩にこの話振ると5時間は現実世界に戻ってこれないよ」
ユキくんは、右から左へモノを動かすしぐさをして、
「まあそれは置いておいて、と──それって、今のおれの状況に似てない?」
「ユキくんの? そいえば……」
ある偶然を利用した仕掛けが施された箱。
その仕掛けが作動すると中の猫は死ぬ。
でもそれが作動したかどうかは、箱を開けてみるまで分からない。
開けてみるまで、猫が生きてるか死んでるかはわからない。
箱の中にいる限り、猫は生きてるし、同時に死んでもいる。
それはこのユキくんも。
ゲームの中のユキくん。
現実世界のユキくん。
どっちが本物のユキくん?
生きてるのはどっち?
死んでしまったのは誰?
「全ては、この終わりゆく『がるどあ世界』から始まった物語なんだ」
「終わりから始まった……物語?」
「衝突しつつある二つの世界で、過去と未来が、現実とゲームが、ありとあらゆるレベルで、時間で、場所で、干渉しあってる。コンフリクトを起こしてるんだ」
「第二章のユキくんが、最終章のユキくんを知ってるのも、そのせい?」
「さあ?」
「笑ってごまかせるとでも?」
「ガチで説明したとして、この場でナキ姉が完全にそれを理解できるとでも?」
ぐ……
「もっともこの状況を完全に説明できるやつなんて、たぶんひとりもいないと思うけど」
ただその状況を利用して、なんとか自分たちの望む方向へ事態を収束させるべく頑張るのがせいいっぱいなんだ──と。
「望む方向? って?」
「衝突しかかってる二つの世界。このまま本当にぶつかったら、どちらも一緒に壊れてしまう」
握った両手のこぶしをぶつけて、次の瞬間、パッ! と開く。
「でもその前に、どちらかの世界が先に壊れてしまえば……?」
「少なくとも、片方の世界だけは救える……って?」
「簡単な話だよね」
「じゃあ、ゲームのがるどあのサービス終了するってのは、もしかして?」
「もしかしなくても、その通り」
ユキくんは、豪華絢爛たる部屋の中を──帝星宮の中を見回しながら、
「二つの世界が衝突する前に、このがるどあ世界が完全にリアル化して現実世界とぶつかる前に、まだゲーム世界であるうちに、ゲーム世界に留めている間に、ゲームとして終わらせてしまえば、完全に消し去ってしまえば──すべての世界を含むその場から『アンインストール』してしまえば」
「もう一方の世界……現実の世界、わたしたちの世界は、助かる……?」
ユキくんが頷く。
「だったら、あの最終章は?」
ゲームのサービス終了を宣言した運営側と、その存続を望むプレイヤー側との、30日間のガチ勝負。
「はっきり言えば、時間稼ぎ」
リアル世界の側で、あくまでもこのがるどあ世界を「ゲーム」として扱うことで、その世界を「ゲーム」に留めておくことができる。
「そして最終的には、ただのゲームとして完全にアンインストールする。この世界に存在するすべてのメモリから、スマホから、PCから、サーバーから、そのデータを完全に、非可逆的に消去する」
その準備のための、時間稼ぎ。
「そのために……そんなことのために、がるどあらんなーさんたちは、1500人のプレイヤーさんたちは、頑張ってるの? 頑張らさせられてるの?」
「自分たちの世界を救うためさ」
「でもそれじゃ、この世界が──」
「ただのゲームさ。……今ならね」
「ユキくんが、それを言うの?」
ただのゲーム。
たかがゲーム。
「わたしの世界のユキくんは、そんなこと言わない」
「それは知らないから。ナキ姉と違って、おれはがるどあの記憶をリアルには持ち出せなから」
だとしても。
だけど──
わたしの頭に、この世界で知り合ったキャラたちの顔が浮かぶ。
青髪の剣士、クロウくん。
赤髪ツインテのデミエルフ、ナナセちゃん。
巨漢の老戦士、大喰らいの、グゲンさん。
そして空色ツインテの謎少年にして謎少女──ゆーくんことユユリくん&ユユリカ姫。
だけじゃない。
「トーヤがいる」
魔王皇帝トーヤ。
リアル世界で死んで、がるどあ世界に転生したわたしの元相方。
大切な人。
好きだった人。
「彼はどうなるの? この世界が消えちゃったら、彼だって、あいつだって、消えちゃうんだぞ!」
わたしはそれを阻止するために、リアル世界で死んでしまった彼を、このがるどあ世界でまた失いたくないから。そのために最終章に挑戦したんだ。
「なのに──! ……?」
いや……待て。
待って。
「生きてる? トーヤ……歳矢も?」
この第二章の外の世界なら?
そこはわたしのいる「現在」からは3年前の世界。
2年前に死んだはずのユキくんがまだ生きてる世界。
だったら。
リアル時間でほんの10日ほど前に死んだ歳矢だって、ここでは。
この世界では。
「──そう、生きてる」
突然、別の声が部屋中に響き渡って。
振り返る。
これも豪奢で大きな扉の半分が開いていた。
大柄な黒い甲冑。
それに負けないくらい黒い髪。
その頭に控えめに、でもはっきりと突き出た、白い二本のツノ。
それは──彼は。
扉を越えて、歩いてくる。
「トーヤ?」
魔王皇帝トーヤ。
そして。
「……歳矢?」
「まさか、がるどあで、その姿のきみと会えるなんてね」
ゆっくりと歩いてくる。
「もっとも、今はまだ魔王皇帝じゃないし。どころか、現魔王帝ルースルーグの座を狙う奸賊扱いさ」
そんなトーヤの言葉はとりあえず右から左。
わたしは喪服姿の自分をざっと見て、その顔にぱっと手をやって、
「だめ、だめだめ、今ひどい顔だから! あー待って、『ユナキ』にはなれないのこれ!?」
「『彼女』の方は今、仲間たちと一緒にユユリコ姫の護衛を兼ねてこの帝星宮へ向かってる最中だよ」
「なんなら、例の『一方その頃』視点で、様子を見に行く?」
そうだ、第二章──本編世界でのわたしは、ゲームキャラとしての「ユナキ」を、いわゆる「神視点」から眺めているという、ちょっと変わった視点で物語が進んでいた。
今はなぜかこうしてリアル世界の自分の姿でいるけれど。
「てかお互い、次に会うのは魔帝城だって言ってなかった!?」
「それは最終章での話。今は第二章? ゆーあんだすたーん?」
うっせいわ!
「いやもう今はそれどころじゃないでしょ。トーヤ!」
もう開き直って、目の前の魔王皇帝──じゃない、カンゾク? って?──に指を突き付ける。
「あんたはいいの? これで!? このままホントにこのがるどあ世界を終わらせちゃうつもりなの!?」
「そうしないと、滅ぶのはぼくらの世界だよ?」
その見た目とは裏腹に、とてもやさしい声で、歳矢の声で、言う。
「だから、他に方法はないの? せっかく過去の世界だし、ここで何かすれば、きっと未来で世界を、二つの世界を救えるかも──」
「もう手遅れなんだ」
「手遅れ?」
「この状況はもっと前から始まってる。この時間線上で何をやっても、それは変えられない」
「トーヤの、歳矢の命は? ユキくんみたいに、あなたの死を回避することはできないの?」
「そうしたら、彼が──ユキくんが死ぬかもしれない」
「え?」
「もう何年もこのがるどあ世界と付き合って来て、なんとなくわかってきたことさ」
この世界は対価を要求する。
何かをすれば何かを失う。
何かを得るには別の何かを差し出さなくてはならない。
「じゃあ何? ユキくんが死ななかったから、代わりにあんたが死んだって?」
……ナニソレ?
「ばっからしい! 何それ! もしかしてわたしに選べっての? ユキくんか、歳矢、あんたか、そのどちらかを!」
どちらを生かすか?
どちらの命を残すか?
それを、わたしに選ばせる?
「わたし何様? どこぞの神さま? そんなものになった覚えはなんだけど!」
人の命をなんだと思ってる。
あの処置室でのユキくんを思い出す。
みんな全力で頑張って。頑張って。
頑張って。
頑張って。
でも、救えなかった。
どんなに頑張っても、願っても。
それは人の手には負えない。
命は、人の、命は。
それが生かせるか。
死なせてしまうか。
それが人の手で決められるなんて思うのは傲慢だ。
「ほんと、人の命をなんだと思ってる!」
「その通り、人ひとりの命でさえ、ぼくらには選べない。選べるとも思えない」
てっきり反論が来るかと思えば、すんなり肯定された。
でも。
「だったら、それが世界だったら?」
それはあくまで優しい声で、淡々と。
「二つの世界のうち、それでもそのどちらかを選ばなくてはならないとしたら?」
責めてはいない。ただ、問うてるだけ。
ただ聞いてるだけ。
でも。
「そんな、そんなの、だから、決められるわけないじゃ──」
「それでも決めないと」
それはまるで急き立てるように。
もう本当に時間がないかのように。
「何もしないでいれば、消えてなくなるのは確実にぼくらの世界だ」
「そんなの、わかるわけない──」
「そうだね。でもそれを信じて、出来ると信じて、そのために動いてる連中がいる。頑張ってる連中がいるんだ」
トーヤの顔が間近に迫る。
「それは今、この瞬間も」
その漆黒の瞳に映る、まるで怯えたような顔のわたし。
これがただのゲームなら、ほんとすごいと感心するところだけど。
もちろん今はそれどころじゃなくて。
「ぼくらがぼくらの世界を残そうとするように、なんとしてもこのがるどあ世界を残そうと、ただそのために全力で、躊躇なく、容赦なく、リアル世界を、ぼくらの世界こそを、終わらせようとしてる連中が」
「こっちが手加減しても、相手はそんなこと気にしない。むしろその機にに乗じて、一気にこの世界のリアル化へ舵を切るかもしれない」
背後から、ユキくんの声が言う。
「これは『戦争』なんだ。お互いの世界を賭けた、本物の」
「戦争……」
わたしはまた床にへたり込みそうになる。
でも足に力を入れて、顔を上げて。
目の前の──その上の、トーヤの顔をぐっと見返して。
「でもまだ世界はある。こうしてここにある。二つとも!」
それは少なくとも今から三年後までは。
最終章が終わるまでは。
「だったら、それまでにやめさせればいい!」
そんなバカげた戦いを。
戦争なんて、それこそ世界でもっとも野蛮で無益で、最悪の争いを。
「どうやって?」
後ろを振り返って、ユキくんを見る。
「どう、って……?」
「そこまで切った啖呵だ、はいたツバは飲み込めないぞ?」
前を向き直って、トーヤを見返す。
「わたしに? わたしが?」
自分の胸を叩く。
喪服ワンピの裾をばっと払う。
「このわたしが? こんな28の喪服女に、世界を救えっての!?」
「それは──」
「やってみなくちゃ、わからない」
この期に及んで、むしろ楽し気な男ども二人。
まるで悪だくみでもするように、目と目で合図をする。
「というわけで、ちょっとやってみようか」
「……何を?」
トーヤが、何重にも重なるアーマーのついたガントレットの手を上げて、
「魔法の呪文──『さて、一方その頃』」
言って、パチン! と指を鳴らす。
直後──わたしは。
一瞬だけ「神視点」にもどったその視界の中で。
パッと消えてしまったのだった。
次回予告!
いよいよ物語の核心に迫ってきて、
正直ちんぷんかんぷんです!
最後にはわたしに世界を救えとか
言い出すし!
そうして「神視点」で送り込まれたのは……
え? ここは今朝出発した宿屋?
そして目線の下、ベッドで寝てる
この男は?
もしかしてこの人が……?
お楽しみに!




