53.敵……ですか?(世界の終わりから2年8か月前/3)
夢の続きと、新しい夢と。
選べるとしたらどっちを選ぶ?
わたし? わたしなら選ばない。
夢が見られるのならなんでもいい。
だいたいそんなヒマがあったら
さっさと寝るわ! なんてね!
─真岡水華─
前回のあらすじ!
次々と語られるユキくんの、
そしてこのゲーム「がるどあ」の
真実。
終わる世界と、残る世界。
ゲームの世界と、この世界。
衝突する二つの世界。
残る世界は、
残せる世界は、どちらか一つ。
ユキくんの命か、トーヤの存在か。
ゲーム世界か、リアルの世界か。
わたしにそれを選べと?
このわたしに「世界を救え」って?
そんなことできるわけないでしょが!
「まあでも、ちょっとやってみようか?」
そして──指ぱっちん!
始まります(# ゜Д゜)!
「──このわたしが? こんな28の喪服女に、世界を救えっての!?」
「やってみなくちゃ、わからない」
それはまるで悪だくみでもするような悪戯っぽい瞳で。
「というわけで、ちょっとやってみようか」
「……何を?」
彼が、魔王皇帝トーヤが、戦闘用というよりは儀式用とでもいうような光り輝く漆黒の甲冑に包まれた腕を上げる。
「魔法の呪文──まあ本来ぼくは最終章サイド担当だけど、今は本編担当のミズス祭司長もいないから、その代理ってことで」
「トーヤ? 何を言って──」
「じゃあ行くよ──『さて、一方その頃』!」
言って、わたしの目の前でパチン! と指を鳴らした。
そして──
☆
スマホゲーム『ガルドアース・ウォーテイル』。
本編第二章「憂鬱の帝国」編。
その舞台となるレアルアーシア魔導帝国。
帝都ガルデン。
かつて「星竜レアルース」が落ちてきて穿った巨大なクレーター内に作られた、天然の要害。
帝星宮ラグナレクのある整然とした帝政区。
そこから離れるにつれて、規則正しかった街並みは、劇的に変わってゆく。
世界のあちこちから流入する、さまざまな背景や因習、伝統を持つ人々の手で勝手に作られ、無造作に広がってゆく街の様は、まるでそれ自体が一つの生き物のようで。
──「わたし」の下で、そんな生きた迷路のような街並みが、どんどん通り過ぎてゆく。
といっても、そこに実体はない。
今のわたしは、この第二章の物語をその外から──「神視点」から眺めているだけの語り部でしかない。
実際、こうして「物語」に合わせて場面移動している間も含めて、「語る」以外にできることはない。
と、街の上を行くその速度がぐんぐん落ちてゆく。
それにつれて高度も下がる。
どうやら「目的地」が近いらしい。
他と比べて、多少は落ち着いた街並みが続く通り。
その比較的真っすぐな道を、人々の目線より少し高いあたりから眺めつつ、流れるように飛ぶ。
「これって、自転車に乗ってる時の眺めかも?」
さておき。
なんとなく見覚えがある景色だなと思ったら、
どうやらそこは宿屋街らしかった。
今朝「仲間」たちと歩いた道を、逆にたどっている。
ということは、その目的地は──
目線の先、他の建物と大差ない白漆喰の二階建ての宿屋があった。
わたしたちが泊まっていた宿屋。
そこで目線がぐーんと上がり、いったん屋上の上から見下ろす形になる。
さらに獲物に狙いを定めた猛禽のように、すっと降りて──というか落ちてゆく。
「ちょちょ、こわ! ぶつかるって──!」
すでに高く昇った太陽の照り返しでまぶしいくらいの天井が迫る。
激突寸前、目を閉じて体を固くする。
でも衝撃は来なかった。
一方で体が落ちる感覚もなくなっている。
どこかに浮いているらしい。
うっすらを目を開ける。
どうやら宿屋の部屋の中らしい。
わたしとデミエルフのナナセちゃんが泊まっていたのと大差ない、安宿の一室。
その天井付近にふよふよと漂って、部屋の中を眺めている。
二つある寝台の片方で、誰かが寝ていた。
──ってあれ、今何時?
そういえばスマホも時計もないんだっけ。
でもわたしたちが出発してから、もう結構時間がたってる気がする。
そうでなくても、この手の街の朝は早い(とクロウくんが言っていた)。
リアル世界ほど交通機関も発達してないから、どこへ行って何をするにしても、それだけ余計な時間がかかってしまうらしい。
帝都だけあって、魔法で動く路面鉄道とか馬車──魔導台車とかいうらしい──はあるけれど、一歩街の外へ出れば、やはり頼りになるのは「馬」などの乗用生物&自分の足。
ところがこの人は、その顔に思いっきり陽の光を浴びているというのに、まったく起きる気配がない。
一見黒? と思えるほど濃い色のカールした髪。
今は寝ぐせも加わって、あれじゃ櫛も通りそうにない。
顔は例にもれず「いい男」レベル。
そりゃね、神絵師謹製ゲームキャラですから。
ちょこっと無精ひげがあろうが(例によって芸コマ!)、頭が(どこぞの広報さんに負けないくらい)ぼっさぼさだろうが、関係ない。
どこぞの28歳リアル女子(喪服バージョン)と比べたら──いや比べるまでもない。
そんな必要も必然も需要もない。
ただわたしの心が傷つくだけで、なんのメリットもない。
「まったくユキくんもトーヤも、ゲーム映えするいい顔してたし……イケメンらだけの世界でひとり素顔晒してるっていったいなんの罰ゲームなんだか……!」
「……か」
──うん?
「しあ……」
「……寝言?」
らしい。
「シアジカ──シア……えっへっへ~」
瞳を閉じたままの口元がにやける。
これってまさか、好きな人の夢でも見てるんだろか。
「おおう、だめだめ……この甘えん坊め……わっはっは!」
夢を見ながら大笑いする人、初めて見たわ(聞いたわ)。
これでも研修医時代、真夜中の入院棟で様々な人の奇態、奇行を見て来た自負はあるけれど。
昼間の部屋で一見健康そうな成人男性が相手だと、逆に怖い。
いったい何を見せられているのやら……
──と。
外の廊下で人が歩く音がする。
たぶん二人。
どんどん近づいてくる。
今朝の要領で、ちょっと廊下の方へ出てみる。
この状況でも、それくらいはできるのだ。
一階へ続く階段のあたりから、どこかで見たような白装束の男女が近づいてくる。
顔のほとんどを隠しているけど、たぶん若い。
下手したら十代かも。
そんな二人は、抜き身でこそないものの、腰に巻いた帯にけっこうな長さのナイフ? ショートソード? のようなものを差し込んでいる。
この二人もしかして「刺使徒」!?
それは謎の組織に操られらた「使い捨ての飛び道具」。
このわたし自身、第一章では同様にお姫さまを狙う「鉄砲玉」にされていた。
(ちなみにゲームキャラとしてのわたしは自称「17歳の女の子」だが!)
まさか本当に襲撃者?
この部屋の彼が狙われてる!?
あの人そんな大物には見えなかったけど(ごめん!)。
でも人は見かけによらぬもの。
わたしたちも今朝、彼らに襲われたし。
「ヤバい、なんとかしないと──!」
とはいえゲームキャラならぬ神視点の身。
そっちの方が偉そうだけど実際は何もできない。
体はどこにもないし、声を出せども聞こえない。
でもこのまま、眼の前で彼に刃が突き立てられるのを黙って見てはいられない。
とにかく部屋に戻って、彼の「上」で見えない体をじたばたしてみたり、ない腕を振り回してみたり、
声に出ない大声で叫んでみたり。
「おおーい! 暗殺者だぞー! 暗殺者だってー!! 起きろこらー!」
「はっはーだめだめ~、シア~、離さないぞ~~ん?」
「ぞ~~ん、じゃない! そんな夢見てる間に死ぬぞ! 幸せっちゃ幸せな死に方か? いやいや! けどそのシア残して死ぬぞ! 死んじゃうんだぞ! いいのかゴルァー!」
「……シア?」
あ、反応が?
──って、え?
わたしの視線の下で、何かの影がだんだん濃くなってゆく。
それは一見して長い髪の女性で。
ナイトガウンのような、足首まで届くゆったりした服を着て。
こちらもまるで寝起きのような、ぼっさぼさの髪をして。
「ゆゆ、幽霊? こんな真昼間に?」
いや違う。
まさかこの人が……シア?
それは直観。
まさにその人が、ふっと顔を上げて。
次の瞬間。
その赤い瞳がしっかりと「わたし」をとらえ──
パチッと、瞬きする。
ぱちぱちっと、わたしも瞬き。
「うん? あれ?」
ぱちぱち、ぱちぱち!
「あれ? あれあれ?」
視線がおかしい。
天井にから見下ろしていたはずのそれが、彼の眠るベッドサイドの視線になってる。
これって、あの女の人が立っていた場所──?
などと思う間もなく、背後の扉がガチャガチャと音を立てる。
まさか合鍵まで持ってる──?
振り返る。
でもこんな姿のわたしに何ができる? ──って?
「これは……?」
いつの間にか、その手には短刀が握られていた。
短刀──短剣。
短いけれど、禍々しく波打つ濃い色の刃を持ったそれは。
これは、これはもしかして……?
ばん! と扉が開く。
「ヤン! ──ヤン・マキ・ヴァレンシュタイン! 天誅!」
部屋の中へ入ると同時に腰の獲物を抜く──が。
ばーん!
こちらも耳元で、ものすごい破裂音。
思わず手にした短剣を落っことしそうになる。
「そいつはエクスバレットの死に装束か。でも中身はどうかな?」
わたしの顔の横から、にゅっとのびる長い腕。
その先に握られた、紺色の小さな拳銃。
鼻を突く硫黄のような刺激臭。
「こいつは見た目はかわいいが、あんたら同様、やっぱり中身は別物でな」
彼の声。意外に若い?
「弾はドラゴンの鱗も貫通するミラメル製の特注品だ」
銃を構えたまま、背後の彼が横に立つ。
そしてさらに半歩、前に出て、半身でわたし(?)の体を守るように立つ。
「もっともめちゃくちゃ高くてな、二発しか買ってもらえなかった」
ふっと笑う。
振りでも嘲笑でもなく、本当に思わず口から出ちゃったような、無防備の笑い。
「だから先の一発目はただの脅し。音だけの空砲さ。でも次は違うぞ?」
普通にしゃべっているだけなのに、わたしも含めて部屋の中の誰一人、動けない。
「ちなみに、腕はそんなに良くはない。けどこの距離でそんなでかい的を外すほど悪くもない──でもってこの弾は当たり所を問わない。ちょっとかすっただけでも、体半分持ってかれるぞ?」
そしてはふう、とため息。
「なんかさっきからオレばっかしゃべってるんだが? レディの前だし、さっさひげ剃って服も替えないとな」
そして、寝台横の鳥の置物に向かって、
「バード、時間!」
「朝の刻、七つ半かも?」
「かも、じゃないだろ! 五の刻には起こせって言ったはずだぞ? なんで七つ半なんだ!」
「起こしたかも? 起きなかったかも?」
「えいくっそ、遅刻だ……ってなわけでな、こっちは立て込んでるんだ」
銃を持った手を振る。
「行けよ、もう行け。命を無駄にするな」
明らかに動揺する二人。
「てめえがいらなくても、誰かがその命を必要としてる──生きててほしいと願ってる。そいつを忘れるな」
銃を下げる。
「あともしこの失敗で消されそうになったら、なんとかしてミラメルまで来い。そこで誰でもいい、カラミティへの保護を願い出ろ。わかったか?」
答えはない。
「わかったのか!」
「はっ!」「はいっ!」
とても若そうな声ふたつ。
それを残して、競うように部屋から出ていく。
「はー……ったく!」
わたしから離れて、どすん! と寝台に腰を下ろす。
振り返るわたしの前で、小さな拳銃の四角い銃身部分をぱちん、と折るように開く。
四つある穴の一つから銀色の小さな筒を取り出す。
「……で?」
ちょっと焦げ目のあるそれを寝台の足元にあるくたびれたバッグのサイドポケットに入れ、さらに別のポケットをがさがさと探り始める。
そしてそのまま、
「きみは、何者?」
ポケットから引き抜いた手の指には、折れ曲がった紙タバコと、新しい銀色の筒が挟まれていた。
口に紙タバコをくわえ、残りの筒を拳銃に差し込む。
銃身をカチリと戻すと、そのままタバコの下に持っていって、引き金を引く。
ばん! とまた大きな音。
「わっ!」
と驚くわたしの前。
見ると、くわえている紙タバコに火がついていた。
まさか?
そんだけ?
彼が笑う。
「凝ってるだろ? どこぞの王さまが暇つぶしに作らせた超高級火付け具だ。ただタバコに火を点けるだけで、魔法を仕込んだシルバーブレット一本まるっと使う。浪費の極みだな!」
まあヒトの命を使い捨てするのに比べたら、こんなもの──とそこで、
「ああッ!」
と声を上げる。
「ななッ!?」
何事かと思ったら、
「タバコ……よかったか?」
「え? ああ、はい、どうぞ」
身内でタバコを吸う人はないけど、わたし自身、タバコを吸う姿にはちょっとだけ憧れがある。
これも子どもの頃、小さな黄色い車で異国を泥棒行脚してる二人組が好きだった。
この二人がやたらとタバコを吸うのだ。
それもちびた「シケモク」ばっかり。
なのに、それがどこかカッコよく見えた。
(でもやっぱりポイ捨てはダメ! 絶対!)
彼もうまそうに煙を吐き出しながら、
「悪いな。彼女の前じゃ、普通にタバコ、吸ってたから」
「はい──彼女?」
思わず自分を指さす。
「彼女」
くわえタバコで頷く。
「でも『きみ』は違う」
まるで最後の一服でもあるかのように深く煙を吸い込む。
タバコの先がぼうっと赤くなる。
それを寝台横にいるあの鳥の下の灰皿に押し付けて。
返す手で、わたしにあの紺色の「ライター」を向ける。
「こいつはただのおもちゃだが、一応は王国貴族さまの持ち物だからな。護身も兼ねて、本物の弾も撃てるようになってる」
かちり、と何かがはまる音がした。
「さっきのセリフ、覚えてるか? 二発しか買ってもらえなかった魔法の実弾」
それがきみを狙ってる。
「だから、正直に答えてほしい。お願いだから」
それは本当に、心からの思いのように。
とても真剣な声で。
だからこそ、ウソも言い逃れも許さない決意で。
文字通り命懸けの覚悟で。
襲撃者の命でさえ大事に扱ったその同じ人が。
「もう一度だけ聞く」
まったく揺るがない四つの銃口。
「きみは、誰だ?」
次回予告!
この先はまだ長くなりそうなので
とりあえずここまでです!
というわけで次回も宿屋で
見知らぬ姿で見知らぬ男と二人きり!
大人の恋の予感──なわけあるか!
こっちは銃を突きつけられてるし!
って、え。彼が?
この人が──敵?
待て次回!




