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51.真実Ⅱ(世界の終わりから2年8か月前)

ゲームだってひとつの夢か。

みんなで見る白日夢にして明晰夢。

そこではなんでもできる!

なんにだってなれるんだ!

こんな楽しいこと、他にあるかい?

  ─トーヤ・メレゲ・マキナス─


前回のあらすじ!

 ……あ? はい、ええと?

 なんだっけ?

 そうそう、いろいろあったけど

 とにかく帝星宮へと向かう

 ユナキ(わたし)たち一行。


 ところが途中、神視点の

「わたし」だけ切り離されて。

 豪華絢爛な部屋で再びユキくんと

 ご対面。そこで彼が放った一言が。

 ……え? 死んでる?

 死んでるって?

 

 始まります……?

      ☆


 桜も散り果て、春四月……と愛でるにはちょっと遅めの日曜日。


 都内某所にある三次救急対応・地域医療拠点病院──唱和(しょうわ)大学医学部付属病院。


 外来受付を始め各種診療科、医局、手術室に検査室、薬剤部などを備えた堂々たる本棟……の隣。

 こちらも地上一四階地下三階の威容を誇る入院棟。


 その七階(内科病棟)にあるナースステーションで迎える「三度目」の朝……?


 外の廊下に置かれた移動寝台ストレッチャーの上で、むくりと半身を起こす。


 視界が鈍い。


「メガネ……メガネ……」


「ほら」


「あ、どーも……、って、テンカワ先輩?」


 大きくて長い指から、指紋だらけの丸眼鏡を受け取る。


 寝台横の長椅子に座っていた白衣の青年が、のばした手をスマホに戻しつつ、


「いい加減コンタクトにすれば?」


 わたしは小さな鼻先にメガネをのせるようにひっかけると、


「一度それ(コンタクト)で寝落ちしてえらい目に遭って懲りました」


 メガネをする。

 一瞬視界がぼやけたようにくらっとした。


 同時に襲ってくる既視感。

 あれ? なんかこれ、前にも……?


「どした、なんかあったか?」


 スマホを見たまま当たり前のように尋ねるテンカワ先輩。


 この人、ほんと人の気配読むのうまいよな。


 わたしは寝台に座り直して、


「いえ。先輩こそゲームいい加減にしたらどうです?」


 顔見知りの看護師さんから借りっぱのナースパンツの足を寝台から下ろし、ぶらぶら。


 あーむくんだ足が重い。


 背中の三つ編みお下げもほどきたい。


「今週から周年記念なんだよ。2周年」


 わたしと同じほぼ二昼夜完徹明け三日目の朝とは思えない鋭い目つき。


 まるで難しい手術の場に呼ばれた研修医のような。

 といっても実際にはほとんどお手伝いだけど。

 それも三番手、四番手の──さておき。


「でさ、毎日のログインボーナスとか、レア聖剣確定の抜刀ガチャとか。いろいろね」


 横目に画面をのぞく。


 細身の剣士が白いマントの女の子と戦ってる。


 三つ編みロングのお下げがちょっとかわいいかも。


「この子ちょっとわたしに似てません?」


「全然似てない」


 秒で即答。一刀両断。にべもない。


「でもメガネとか」


「だけだろ。髪だってポニテだし、お前」


 わたしは軽く頭を振って、そのポニテを揺らしながら壁の時計の方を見る。


「てか今何時くらい……?」


「5時半くらいだろ。さっきリセットあったから」


「リセット?」


 わからん。


「にしても好きですねそれ、がるどら? だっけ」


「がるどあ。ガルドアース・ウォーテイル」


 面倒そうに訂正するテンカワ先輩。


「自分のパートナーが作ってるゲームだろ。名前くらいちゃんと憶えろよ」


「歳矢(としや)? いいんですそっちは。お互い相手の仕事には口を出さない主義なので」


「ふーん」


 自分から話を振っておきながら、画面から一瞬も目を離さないテンカワ先輩。


 といって熱中する風でもなく、ただ淡々と指を動かし続ける。


 せわしなく動く指先に合わせてカラフルに色を変える画面。


 イヤホンこそしていないが、意識の半分、いや九割はそっちへ持って行かれてる。


「勤務中の研修医がそれでいいのか!」


「本来なら昨日の朝で終わってるシフトだろお互い」


 デシタネー。


「そっちこそ高いびきで寝てたくせに」


「え、いびきしてました?」


「──誰が?」


 素で聞き返してくる。うわ聞いてねえ。 


「今度こそ出そうなんだ、七星剣セブンスセイヴァー」


 それがどうした。


「先輩それ、いくら課金すれば気がすむ──」


「──あ、いたいた! 天川センセ! ユ(・)キ(・)ナ(・)ちゃん!」


 え? ユキ……ナ?

 あれ?


 いや、それでいいのか……


「ユキナちゃんてば!」


「え? あ、ああナナちゃん? どしたん?」


 部屋に飛び込んで来た顔見知りの看護師に、わたしはぶらつかせてた足をのばして、


「あーごめん、これちゃんと洗って返すから──」


「じゃなくて! ユキナちゃん! 今弟さんが救急に!」


「ユキくんが!?」


「朝早くて、センセの手が足りないの!」


 寝台から飛び降りる。


 まるで白マントのようにひるがえる白衣。


「交通外傷。電柱激突の自損事故。意識レベル300、頭部と胸部で出血。G(グラスゴー)C(コーマ)S(スケール)──!」


 みなまで聞かず、走り出す。


 そういえばあの子、やっと免許取って、約束の車を買ってもらったって──


『朝さ、起きられたら迎えに行くよ。色? 白。白のスポーツカーで……』


 昨日の夜のあれが最後の会話になるなんて……いやいやいや!


「──先輩?」


 エレベーターの銀色のドア。


 わたしの隣に彼の姿も映ってる。


「ゲームは?」


「んなこと言ってる場合か? ──気を強くな。おれたちなら大丈夫だ!」


「──はい!」


 お互い前を向いたまま、強く頷く。


 エレベーターが来る。乗り込んでボタンを押す。


 わたしたちの「戦場」へ向かって動き出すエレベーター。


「ユキくん、ユキくん死なないで──ユキくん!」




      ☆☆



 処置室(そこ)はまさに戦場だった。


「20歳男性。交通外傷。意識レベル300。血圧──70に低下」


 飛び交う指示。

 鳴り続けるモニター。

 忙しく出入りす白衣やナース服たち。

 

 そして──血の匂い。


 さっきまでわたしが寝転がっていたのと同じ寝台(ストレッチャー)に横たわる若い男性。


「余計なことは考えるな」


 テンカワ先輩の声。


「採血のルートを。取れるな?」


 当直のセンセの声。


「は、はい! 2本ですね!」


 頷くセンセ。


 頷き返して、とにかく動き始める。


 いったん動き始めれば、あとは体が勝手にやってくれる。


「酸素を。外科コール。モニターは?」


「やってます」


 テンカワ先輩の声。すぐそこにいる。


 けれど。


 それまでテンポよく刻まれていたモニター音が、突然あちこちで大きく鳴り出す。


「血圧さらに低下中! 脈取れません!」


 ナナちゃんの声。


「心停止! CPR!」


 テンカワ先輩の声。


 わたしは反射的にストレッチャーへ跳び上がると、青年の──ユキくんの血塗れの胸に手を当てて、


「いち、にー、さんしー、ごーろく……!」


 数を数えながらリズミカルに胸骨圧迫を開始する。


「血液型クロスマッチ、バッグ! ナナちゃん輸血、用意して」

 

 はいと返事しながら処置室を出るナナちゃん。

 

 その前ではテンカワ先輩が、


「挿管します!」


 けれど当直のセンセはテンカワ先輩より先にチューブを手に取ると、


「おれがやる。おまえは圧迫交代」


「はい──優樹南(ユキナ)?」


「お願い!」


 ストレッチャーから降りるわたしと入れ替わりにテンカワ先輩が乗っかって、ユキくんの胸を押し始める。


「アドレナリン投与──心電図!」


 テンカワ先輩に代わって表示を見る。


「PEA!」


「よし天川くん圧迫続けて」


 PEA(無脈性電気活動)なので電気ショックはしない。


 基本は胸骨圧迫とアドレナリンなどの薬物投与でなんとかするしかない。


「出血多い。輸血まだか?」


「今来ます!」


 戻ってくるナナちゃんの方へ向かおうとしたわたしに、センセは、


「圧迫交代。天川くん輸血とアドレナリン、手伝って」


「は、はい!」

 

 胸骨圧迫は体力勝負。

 さすがのテンカワ先輩も息が荒い。


 そんな先輩と交代してまたストレッチャーの上に乗る。


 ユキくんの胸に、その下の心臓を目指して手を重ねる。

 祈りを込めて。力を入れて。

 ぐいっと押し込む!


 骨が軋む。

 でも遠慮は無用。

 折れたっていい。

 心臓を動かす方が先だ。


「じゅーいち、じゅーに、じゅーさん……!」


 声を上げて数を数えながら、とにかく力の限り押す。


 汗が噴き出す。

 呼吸が荒くなる。

 

 諦めない。諦めるもんか。


 目の前で死にかけてる命を救いたい。


 そんな人を前に、何かできる自分になりたい。


 まして今、わたしの目の前にいるのはユキくんだ。


 わたしの弟だ。


「にじゅく。さんじゅー! ──いーち。にー! さん、よん!」


 ここで頑張らないで、ここで助けなくてどうする!


 わたしはこの時のために医師になったんだ!


 ここで命を救える医師になるんだ!


「圧迫やめ、交代。──脈!」


 一瞬音が消えたかのように静かになる。

 ──けど。


「ありません!」


 首を振るナナちゃん。


「心電図!」


「はっはい、えっと──PEAままです!」


 テンカワ先輩と交代したわたし。


「圧迫再開。続けるぞ!」


 ──それからまた少ししてテンカワ先輩と交代して胸骨圧迫。

 脈を確認。アドレナリンを投与する。


 何度も、何度も。

 みんなあきらめない。

 

 ……でも。


「時間は?」


「19分経過」


「続ける」


 当然のような当直医の声。


 はい! と声を揃えるわたしたち。


 ……………でも。


「──何分?」


「32分、です」


 ナナちゃんが答える。


「状況」


 あくまで冷静なセンセの声。


「気道確保。輸血継続中。緊張性気胸なし」


 テンカワ先輩の淡々とした声。


「圧迫中止。もう一度だ。脈」


「はあはあ。──はい」


 ストレチャーの上で。目を開けない真っ白なユキ君の顔を見下ろしながら。


 手を止めて、息すら止めたように、脈をとるナナちゃんを見つめる。


「……なし」


「心電図。波形」


「変わりません」


 テンカワ先輩。無念そうにうつむいて。


「……そこから降りろ、光谷(みつや)」


 それはまるで最後の宣告のように。


「でも、でもセンセ」


 ユキくんの胸に。まだまだ全然あったかいそこに。

 手を重ねて。指を絡めて。


「センセ。センセ!」


 涙が落ちて。

 でもそれはメガネに阻まれて、ユキくんまで届かなくて。


「降りるんだ」


 それはむしろ優しい声で。


「彼を──弟くんを、もう楽にしてやれ」


 声が出ない。

 体が動かない。


「さあ、優樹南」


 そっと手を、あの大きな手をのばすテンカワ先輩。


 その手を取って、ゆっくりと降りる。

 

 歩き出す。

 

 離れてゆく。


 ストレッチャーから。

 ユキくんから。


 その、命から。 


「蘇生、終了します──時刻」


 ちらりと時計を見るセンセ。


「午前6時16分。記録して」


 はい、とナナちゃん。


 ユキくんはこの後、簡単な清拭をすませてから霊安室へ移される。

 

 ただし交通事故なので、この後警察の調べがある。

 なので、事故の状況に関わる部分はそのままにしておかなくてはならない。

 

 血塗れの服も、まだまだ新品同様のスマホも、みんな回収されて、いったん警察へ引き渡される。


 もうわたしにできることはない。

 してあげられることはない。


 ──でも。


 やっぱり立ち止まる。

 振り返る。


「顔、拭いてやってもいいですか?」


 センセは優しい目で、


「もちろん」


 わたしは踵を返してもう一度ストレッチャーへ向かう。


 もう一度、その顔を見る。


 その声を想像する。


『姉……ナキ姉──』


 六歳下の弟くん。


 わたしのことを、やっと呼べるようになった保育園時代から、最初に言い間違えた「ナキ姉」のまま呼び呼び続けている変わり者。


 何度言い直せと言っても聞かない。

 ナキ姉はナキ姉だ。それ以外いらない、って。


 子どもの頃はそれで大げんかまでして、

 最後はいつもユキくんが大泣きして。

 わたしばっかり怒られて──


 それほどか。


 それほどかよ……

 

 顔を拭いやる。

 そっと、拭いてやる。 


 今大泣きしてるのは、したいのは、わたしの方だけど。


 するもんかよ。


 それは医師として。

 

 だけど……でも。


「……く、」


 くん──ユキ、くん。


 涙が伝う。

 どうしようもなく。


 ユキくんの顔に落ちる。

 メガネももうそれを妨げない。


 ──でも。だけど。


 こんな時に泣けないんて。

 声に出して、大声で泣けないんて。


 それが医師なら。

 それが医者という仕事なら。


 わたしは──


「ユキ、ユキ──優樹也、ゆきやー!」


 その名を呼ぶ。声に出して。

 声を上げて。


 涙の流れるままに。


 わたしは──


 大切な、一番大切な命を。

 

 何年も何年も頑張って来たのに。

 それは間違いなくこの日のために。


 でも、それでも救えなかった命を。


 その目の前で終わってしまった命を。


 ユキくんを。ただ見つめながら。

 ただ泣きながら。


 大泣きしながら。

 

 わたしは──



      ☆☆☆


 暗転。



      ☆☆☆☆



「お帰り」


 顔を上げると、ユキくんがいた。


 豪華絢爛な部屋の中で、きれいな服を着て。

 まるでアニメから抜け出してきたようなきれい顔で。


 しわだらけの喪服姿でふかふかの絨毯の上にぺたんと座り込んでいるわたしの前で。


 ゆっくりと笑っている。


「ユキ、くん?」


「はいな」


「ユキくん、なの?」


「そうだね──」


 ちょっと考えるように目を閉じて、頭を逸らす。


 でも結局観念したように、


「うん。今は、今だけは。それでいいってさ」


「ユキト……ううん、『優樹也』?」


「うん。何? ナキ姉?」


「これが本当?」


「うん」


「これが真実?」


「うん」


「でも、ユキくんは、まだいる。ここにいる」


「そうだね」


 はあああ、とため息をつく「わたし」。


「もう、わかんない。わかんないよ……」


 また泣きそうになる。

 そんなわたしを見かねたのか、


「じゃあちょっとだけ、ヒントをあげる」


「ヒント?」


「今、ナキ姉がいるのは?」


「今?」


 へたり込んだまま、首を回す。


「ここはルーブル宮かサクラダファミリアか……」


「残念でした、ここは帝星宮──って、それは前回やったやつじゃん!」


 ああこのノリツッコミ。ユキくんだ……


「そうじゃなくて! 物語として、がるどあ──ガルドアース・ウォーテイルのシナリオとして、さ」


「ええと、だったら第二章、とかだっけ?」


 わたしが挑戦中の最終章からみれば過去の物語。

「本編」と呼ばれるメインストーリー。


「そう。でもってその第二章だけど、実装されたのはいつだと思う?」


「は?」


「面倒だから先に応えちゃうけど、がるどあのサービスが始まったのが、今から4年前。第二章は、2年目に実装されたから、ざっくり3年前ってことになる」

 

 ユキくんはそこでいったん言葉を切る。


「おれの言ってること、わかる?」


「……わかんない」


 だろねー、と。


「じゃあ本題。おれが──リアルの『優樹也』が死んだのは?」


 一瞬言葉に詰まる。

 さっき見ていた(?)シーンが蘇る。


 とっさに答えられないわたしに、ここでもユキくんが自分から、


「2年前?」


 ゆっくりと、頷く。


「ぶっぶー!」


 両手でバツ印を作るユキくん。


「言ったでしょ? ここは第二章で、それが実装されたのは3年前だって」


「ええと、うん……だから、──え?」

 

 ……え? え?


 まさか?


「やっと気がついた? 曲りなりにも医科大学出てるんでしょその頭」


「それとこれとは関係ない! ──じゃない! じゃなくって!」


 ここは第二章のゲーム世界。

 それは3年前に作られた世界で。


 ならば、だったら。


「じゃあ、外は──『外の世界』も、3年前って? こと?」


 それはつまり、それってつまり──!


「そ。あの事故が起こるざっと1年前」


 いたずらっぽく頷くユキくん。


「今現在、この第二章の外の世界では、そのリアル世界では、おれはまだ生きてるってこと!」


 え、ええええええ~~~~~!!!??


次回予告!

 ……って?

 だからあれ?

 つまり要するに、

 ユキくんは生きてるってこと?

 少なくともこの第二章までは?


 なんてやってるうちに、

 別れ別れになっていた

「ユナキ一行」も帝星宮に到着。

 改めて「ユナキ」と対面する

 ユキくん。

 さあ、どうする? どうなる?

 乞うご期待!

(あ、ちょっと元気戻ったww)

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