4.ゲーム世界へ(世界の終わりまであと26日/その2)
深夜──午前2時。
静かで明るい斎場の一室で。
無数の花束に囲まれた白木の柩。
その柩を見守るように置かれた白いクロスに覆われた机の上。
大きなお線香立て(香炉とかいうらしい)から香るお線香の匂い。
その横に置いたスマホの画面を、さっきからずっと見つめ続けている。
パイプ椅子に座ったまま、ふと顔を向ける。
黒い額縁に囲まれた彼の顔と目が合った。
ごく平凡で、ごく普通で、でもわたしの知らない顔。
知らない笑顔。
ここしばらく──ざっと2年近く──リアルで会ってなかった。
わたしが知らないその2年の日々のどこかで、わたしの知らない誰かが撮った笑顔。
その知らない誰かさんへと向けられた笑顔。
これならいっそ、あの魔王なんとか姿のほうがずっとマシだった。
「あっかんべー」
ひとりなのをいいことに、ちろっと舌を出してまたスマホへと視線を戻す。
そんな彼が──リアルでの彼が──言葉なく横たわる柩の前で。
夜中じゅうお線香を絶やさないよう見守りつつ、暇つぶしにあのゲームを調べてみた。
『ガルドアース・ウォーテイル』──
4年前の三月リリース。
直近(7月現在)で、国内でのダウンロード数230万(+海外50万)。
月間アクティブユーザー数は公称25万人。
さらにヒットを狙うには、もう少し数字がほしいところ。
ここが一番大事、ふんばりどころ──といった感じらしい。
一方で内容的には、この手のゲームとしては特に珍しいものでもない。
魔王がいて、勇者がいて、世界の存亡を賭けて戦うお話。
ゲーム内で入手した神話や歴史に名を残す名剣を「抜刀」することで、そこに封じられた戦士たちを解放できる(通称「抜刀解放」──いわゆるガチャ要素)。
他にこのゲーム独自の売りとしては、第一にそのキャラデザイン。
サービス開始からずっと、新進気鋭の若手イラストレーター(絵師さんとかいうらしい)がほぼすべてのメインキャラクターを担当してきた。
サービス開始から3年強で、20体を超えるプレイアブルキャラをデザイン。
その全てが物語内で重要かつ、プレイヤー間でも最も人気のあるキャラとなっている。
物語の内容やシステム面は別論、そのキャラ人気が、このゲームを支える原動力だったのは間違いない。
ちょっと画像検索してみると、確かに出てくる出てくる。
この手の絵にそれほど興味のないわたしでも、けっこう魅かれる。
素直に「いいじゃん?」と思えるレベル。
ゲーム内バージョンの「魔王皇帝トーヤ」(……いいのか魔王がこんな名前で?)もあった。
「くそ、ほんと美形じゃん」
もしわたしがこのレベルでゲームキャラ化(美化)されたら……って、やばいやばい!
ところが去年、まさに周年イベント用キャラデザイン真っただ中の十月初旬。
その絵師さんが急死してしまった。
徹夜での打ち合わせの後、ふらふらの体で会社を出た直後トラックにはねられてしまったという。
(ちょっと他人事とは思えない……)
今年三月のリリース4周年記念に合わせて運営側としても一番力が入っていた時期でもあり、ファンのみならずそのショックは大きかった。
なんたって、大々的に仕掛けようとしていた周年イベントの目玉キャラがなくなってしまったのだ。
ゲーム会社としても、この状況からリカバリーするのはかなり厳しいと判断したらしい。
全体的な数字(売上げ)が伸び悩んでいたことに加えて、これが決定打になって、一気にこのゲームの終了へと舵を切った。
一方で、亡くなった絵師さんのキャラを愛するプレイヤーさんたちから、その努力に報いるためにも、ゲームの最後まで完走したい(きちんと終わりまでプレイしたい)という声も続々と上がってきて。
サービズ続行を断念した運営と。
ゲームの継続を願うプレイヤーたちと。
結局、この四月になって運営側が決断。
八月から開始予定だった新章をこの四か月で急遽大幅改変、「最終章」とした上で、この物語をもってこのゲームの正式な終了とする旨が発表された。
ただし──
もしその最終章において、運営側が用意した難題を、参加したプレイヤーたちの中のひとりでもクリアした場合、最低一年間はゲームのサービスを続行することも、あわせて宣言された。
その最終章は原則招待制で、事前の応募者から選ばれたプレイヤー1500名だけが参加できる。
基本的には、この八月いっぱい──実時間で30日がかりでクリアするミッションイベント。
始めたら毎日ログイン必須。一日でも忘れたら即リタイア扱い。
一方で参加期限は特にない。イベント終了の一日前から挑んだっていい。
でも一日当たりにこなさくてはならないクエスト(タスク)の数は半端ない。
難度は別論、とにかく探索やお使いに時間がかかる。
たとえ参加が遅れても、その数と量は変わらない。
ログイン日数が短くなる分、逆に一日当たりにこなさなくてはならないタスクが激増してしまう。
タスクのクリアまでは、慣れたプレイヤーでも実時間で最低4~5時間。
ちょっとでも迷ったりミスしたりしたら最初からすべてやり直し。
下手をしたら10時間以上かかるケースもあるらしい。
それが30日分。
一応世間的には夏休み期間とはいえ、最終章に参加するプレイヤーは、事実上八月の一か月すべてを、その生活時間の大半をこのゲームに費やさなくてはならない。
ゲームの中だけじゃない。
リアルでも、プレイヤーたちはその「覚悟」を求められる。
いやむしろ運営側としては、それこそプレイヤーたちに問いたい部分なのだろう。
あなたたちが存続を望むこのゲームは、本当にそれだけの価値があるのか?
それだけの現実を犠牲にしてでも、このゲーム世界を救いたいのか?
それは文字通り、ゲームを作っている会社自身の存在意義を賭けた問いかけ。
その賭けに打って出た今だからこそできる、魂からの呼びかけ。
「たかがゲームなのに、みんなあっついなあ……」
たかがゲーム。
されどゲーム。
もう一度遺影を見る。
それは彼がその命を削り続けながら、それでも頑張って作り続けてきたゲーム。
この現実世界の中で創り続けてきた、もうひとつの「世界」。
それが、あと一か月弱で消えようとしている。
一方で、この瞬間もその世界のために頑張ってる人たちがいる。
そして──
「歳矢──トーヤ」
魔王皇帝トーヤ。
彼もまた、その世界の住人──支配者として、今はその世界と運命を共にする存在となっている(らしい)。
もしこの世界が終わってしまえば、彼も一緒に消えてしまう。
彼が命懸けで創った世界と共に、現実で、リアル世界で失った彼を、また失うことになる。
「いやいや、だからそれはゲームの中の話で……」
でも先日アパートに出た彼は、とても「ゲームの中の人」とは思えなかった。
もし──もしも。
たとえゲームの中であっても、また彼がそこにいるのなら。
そこにいて、まだ手をのばせば届くかもしれないとしたら。
現実ではもう叶わないそれは夢だけど。後悔だけど。
このゲームの中では、その世界の中でなら、まだ間に合うとしたら。
このまま、わたしはこのままでいいの?
このまま、彼を、彼の世界を、その終わりを待つだけで。
このまま、また彼が死ぬのを黙って待っているだけで──
「いやだ」
いやだ。
スマホ画面に、ゲーム会社から──歳矢から届いたメールを表示する。
あーにーすとーん
あーにーすとーん……
(このお話も)この現実世界の無数の作品のひとつでしかないけれど
圧倒的なリアル(日常)に立ち向かうにはあまりに細く頼りない夢だけど
そのリアルから嘲笑されるような(どーしょもない)日常を
終わらせてやりたいほどお疲れのあなたへ
そんな(夢)物語のひとつでも読んで、遊んで、プレイして
このあざ笑う現実世界にせめてもの抵抗をしてみるのはいかが?
そしてその一番下にある、「参加する」のボタン。
ただの表示(絵)でしかないそのボタンの上。
のばした人差し指が震えている。
たかがゲーム。
されどゲーム。
たとえそこがゲームの中でも。
ゲームの中に作られた──創られた仮初の世界だとしても。
のばした手の薬指に、もう何もはまってないとしても。
目の前で助けを求めている人に、苦しむ人に、何もできないのは嫌だ。
その一心で目指した医師の道は自ら断ってしまったけれど。
そこにいる、そこに「生きて」いるあなたを、もう見殺しにはできない。
見殺しにはしたくない。
一瞬、会社や論文や「明日すべきこと」が頭をよぎる。
でもスマホの上の指先は、そこから離れることはない。
行くんだ、今度こそ。
彼を──あいつを。
トーヤを──歳矢を。
待ってて。
わたし行くから。
きっと行くから!
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