45.帝都にてⅡ(世界の終わりまであと22日/6)
世界を生きるのに目的は必要か。
世界を守るのに理由は必要か。
たとえば世界を終わらせるには
どんな理由があればいい?
わたしたちは──世界は。
ただ生きたいだけ。
ただそれを守りたいだけ。
それを終わらせたくないだけ。
そのためには何もしても許される?
何をしても──そのせいで他の人を、
他の世界を、終わらることになるとしても?
前回のあらすじ!
またもや最終章そっちのけ、
ドラゴンブレス一発で瞬殺され、
過去? の本編世界で目覚めたわたし。
そこにいたのは、
デミエルフのナナセちゃん、
老戦士グゲンさん、そして、
青い髪の青年(少年)剣士、クロウくん。
──あれ、チハヤくんや弟のユキくんは?
どうして瞬殺されたのにまだゲームが
続いてるの? 最終章はどうなった?
ドラゴンは(ユキくんの車は)?
始まります!
☆
「こいつを怒らせないようにするのは、素手でダンジョン級の星竜と戦うようなもんだ!」
朝から人でいっぱいの食堂(夜は酒場になるらしい)。
山盛りの焼きたてパンを前にほくほく顔の巨漢──グゲンさん。
「つまり絶対ムリってこった!」
わっはっは、と大口を開けて笑う。
老戦士然とした見た目の印象とは違って、すごく表情豊かな人だった。
対して、わたしの──「ユナキ」の隣に座った赤髪ツインテの(デミ)エルフ、ナナセちゃんは、さっきからずっと無言でパンを食べている。
ちなみにその全部に超々レア級の激辛(さっきユナキがちょっと舐めて本気で死にそうになった)ペーストを塗ったくっている。
こっそりゲームのウィンドウを開いて調べてみたら、本当に「普通の人」には危険なシロモノらしい。
そんなものまであるとは、さすがゲームというか。
てかそんなもの気軽に進めないでナナセちゃん(コロす気か!)。
なんて──そか。そうだった。
これは「ゲーム」だった。
神視点の「わたし」の下で、食卓に座ったゲームキャラ姿のユナキもこくりと頷く。
パンの匂いとか味とかがあまりにリアルなので忘れがちだけど。
目の前の料理は全部、このゲーム内の食べ物だったんだっけ。
パンを置いたユナキが、銀色のマグカップを手にしてそれを飲む。
簡単に言ってしまえば砂糖入りのミルク。
でもこれがけっこういけるのだ。
脂肪分たっぷりのパンと一緒に口に入れると、中でふわ~っとパンが溶けて、まるで上等のクリームのような味わいになる。
こんな感じで、もしかしたらこのゲーム内で作ったり買ったりできる他の「ゲーム飯」とかも、実際にこのクオリティで食べられるとか?
おお、なんか感動。
何か有名な料理がないか、あとでユキくんに聞いてみよう。
──てなことを考えている「神視点のわたし」をよそに、ゲームとしての本編は淡々と進んでいた。
「気にしないで。彼女、人前ではほとんどこんな感じだから」
相変わらず無言で激辛パンを食べ続けるナナセちゃん(真っ赤な髪はもしかしてそれのせい?)を前に、円卓の向こう側から声がかかる。
青い髪の青年(といっても、まだ17歳バージョンのユナキとほとんど変わらないくらいに見えるけど)、クロウくんが、スライスしたパンを嚙み千切るようにして食べながら、
「きみとは部屋の中でけっこう話をしていたようだけど、むしろそっちの方が驚きさ!」
食べかけのパンを持った手を振り回してしゃべるクロウくん。
そのいたずらっぽい表情も含めて、意外と子どもっぽい。
グゲンさん同様、彼も最初はもっと礼儀正しい人に見えたんだけど。
(てか王家の血を引いてるんじゃなかったっけ?)
「勝手にして」
賑やかな食堂で、周りの連中には聞こえないはずなのに、それでも絞った声音でやっと一言、言い返すナナセちゃん。
「それより仕事の話でしょ」
「だったね! ──ええと、ユナキちゃん?」
「は、はい」
ずっしりと重いベーグル風のパン(二個目)を手にしたまま、ユナキがぴょこんと顔を上げる。
相手をそう呼ぶのはともかく、こっちが「ちゃん」付けで呼ばれるのはまだ慣れない(だって中身は28歳の立派な社会人ですし?)。
「ぼくらがギルドで受けた仕事だけど、正式にはきみの了承が必要なんだ──グゲン、いいかな」
「ほいよ!」
山盛りのパン籠をぐいっと持ち上げて(しっかり)自分の横に置く。
空いた場所にクロウくんが一枚の紙を置いた。
流れるような筆記体で書かれた文書は正直、ユナキには何が書いてあるのかさっぱりわからない。
言葉はそのまま通じるのに。
これもゲームあるあるなのか?
「ギルドの依頼書だよ。よければ最後の欄に署名をしてくれ」
「署名って……」
何が書いてあるかもわからない書面に?
リアルの仕事なら絶対NGやん。
下手に署名したら最後、どんなトラブルに巻き込まれるやら。
一緒に置かれた羽ペン風の筆記具に手をのばすかどうかユナキが迷っていると、
「心配ない。正直ぼくらもよくわからないんだ」
「ってそれ余計に心配なんですけど!」
思わず声が出るユナキ。
そりゃそうだ、と「わたし」も頷く(どの体の頭で?)。
「もしクロウがこの依頼についてウソを言えば、その文書は燃えてなくなるから」
グゲンさんが確保したパン籠へ体ごと手をのばしつつ、ナナセちゃん。
「そうなんですか」
よくできてるなとユナキは思う。
もっとも、その言葉自体が本当かどうかを確かめるすべはないんだけど。
とはいえあれこれ疑い出したらきりがない。
そもそもこれは「ゲーム」なのだし(今ちょっと忘れてたけど)。
「本当のゲーム」ならこんなシーン、一瞬で終わってるところだろうし。
なんであれ、ここでユナキがOKしないことには話が先に進まないようだから。
それとも、ユナキが署名しないルートもあるとか?
てか、そうしたらまた「新しいシナリオ」をでっちあげられてしまう?
どうやらユナキには、そういうスキル(?)があるらしいから。
リアル化したゲーム世界をゆくユナキ──「わたし」は、本来のゲームの仕様にはなかった行動(や選択)が取れるらしいのだ。
一応元のゲームの物語に沿った行動もできるけど、それには従わず、自分の判断で、好き勝手に動くことができる。
オープンワールド系のゲームに近いけれど、やはりそれとは別物だ。
なぜって、そうして「わたし」が勝手に取った行動、選んだ選択が、そのままこのゲーム──かるどあ~『ガルドアース・ウォーテイル』の新しいシナリオとして(他の一般プレイヤーたちには「隠しシナリオの解放」といった形で)追加されることになるから。
要するに「わたし」は、その行動を通じて(好むと好まざるとにかかわらず)、このゲームをリアルタイムで書き換えることができるようなのだ。
もっとも実際に裏でそれをやっているのは、最終章の魔帝城にいる歳矢──魔王皇帝トーヤらしいけど。
なんにせよ、使いようによっては最強のチートスキルかもしれない。
でも問題なのは、心配なのは、そうして追加されたシナリオのせいで、本編からどんどん横道にそれてしまわないかってこと。
上手く行動すれば、それこそ最速でゲームを進めて、さっさと最終章に戻れるかもしれない。
でも今の「わたし」は──いきなり最終章からこのゲームを始めてしまった「がるどあ初心者」のユナキには、この本編ルートで何をしたらいいのか、そもそも自分が今どんなシナリオを走っているのか、どんなクエストが進行中なのか、まるでわかっていない。
もちろん、そのクリア条件なんて知る由もない。
そして困ったことに、それはいま目の前にいる「仲間」たちも同様らしい。
そもそも「わたし」には、彼らのことを「仲間」呼ばわりしてもいいのかすら、はっきりわからない。
何より最終章でドラゴンに瞬殺されたはずの「わたし」が、なぜログアウトすることなく(以前チハヤくんに瞬殺された時は、問答無用でリアル世界に戻されたのに)、そのままこの本編にいるのか。
最終章は──そこで一緒に「瞬殺」されたはずの銀狼の魔剣士チハヤくんや、我が弟ユキくんはどうなったのか。
もしかしたら二人は、あのドラゴンのブレス攻撃を避けられたのか?
だったら二人は、まだ最終章の側にいるのか?
それってどういう状況?
ゲーム世界の中で別々のシナリオが同時進行してるってこと?
でも主人公の「わたし」が瞬殺されてしまえば、どの道そこでおしまいなのでは?
うーん。
こんなとき頼りになるユキくんはいないし。
とにかく考えても始まらない。
てか終わらない。
まずはこの「シナリオ」を、そのまま(だと思う方向へ)進めるしかないか。
たぶんそれが現状での最短ルートだろうし。
結局そう「わたし」は──ユナキは結論すると、
「文書に署名するのはいいけど、まずはちゃんと話を聞かせて下さい」
「もちろん──と言っても、さっきも言ったように、本当にぼくらも何も知らないんだ」
クロウくんは、食べかけのパンで文章を示しながら(あーパンくずが)、
「具体的に言えるのは依頼者の名前くらいでさ、マツリ・ミャラメル……っていうらしいんだけど」
「マツリ・ミャラメル──? マツリ……って、あ!」
「おやユナキちゃん、知ってるの?」
期待がかった顔のクロウさんに、でもわたしは、
「ええと……やっぱり知らない、勘違いだったかも」
あははー、と苦笑いでごまかすユナキ。
神視点の「わたし」も、どこにあるのかわからないエア頭でうんうん頷く。
だって「ネット番組のがるどららじおん配信部の片割れ」だとか、「リアル世界で、ドラゴンが出てくる前にそれを警告しに来た猫耳少女」だとか、そんなことをここで言っても、それこそ意味が通じるわけもない。
クロウくんも、さして気にした風もなく先を続ける。
「とにかく正体は不明。だけど金払いはいい。そりゃあね、帝都での仕事だし。おまけにそこで何をさせられるのかもわからないときた!」
依頼の出ていた聖王都の冒険者ギルドで聞いても、ただ帝都にいる黒髪の女の子──「ユナキ」と会って、彼女の行きたいところへ一緒に行けと、それだけ。
「まさかその女の子が、あの夜聖王都で会ったあの刺使徒のきみだったとはね!」
「そうだ、あの後は? わたし、どうなりました?」
各々勝手にやっていた三人はぴたりと動きを止めて、顔を見合わせる。
「そういえば、どうなったんだっけ? ナナセ、覚えてる?」
「さあ。いろいろあったしね。あれから」
ナナセさんに続いて、グゲンさんがぽん、と手を打つ。
「確かギルドを通して、この件は他言無用ってことで、かなりの金が出たような」
「そういえば。ただの口止め料にしちゃ、びっくりするような額だったっけ」
「代わりに、あの思わせぶりな短剣入りのバスケットも持ってかれちゃったけど」
クロウくんが、例によって食べかけのパンを持った手をくるくる回しながら、
「それに加えて、記憶の一部封印も受けて──そうだよ。それで覚えてないんだ!」
よくわからないけど、そういうことになっているらしい。
眼前(?)で展開されている物語の「外」に置かれた「神視点のわたし」は、その劇中にいるユナキの頭の中で考える。
これも本編物語のシナリオのうちなんだろか?
それとも「今ここ」で追加された設定だったりする?
これもまた、「わたし」の──ユナキの行動に合わせて(利用して?)、裏でこのゲームをリアルタイムで書き換えているらしい歳矢──魔王皇帝トーヤの仕業?
だとしたら、彼は一体何を考えてる?
ユナキのチートスキルを利用して、何をしようとしている?
ユナキに──「わたし」に、何をさせたいの、トーヤ?
わたしは、ただ、少しでも早くあなたに会いたいだけなのに。
そのために、このゲームの終わりを──運営のサービス終了を阻止したいだけなのに。
リアルではもうできない──もう死んでしまったあなたと、このゲーム世界で、もう一度手を取り合いたいだけなのに。
ちゃんと「お別れ」を言いたいだけなのに。
わたしは大丈夫だと、そう言いたいだけなのに。
ただそれだけのことなのに。
なのにゲーム内ではもちろん、リアルの現実世界でも敵の女将軍やドラゴンやらに追い回されたり。
リアル世界の人のはずの、がるどあ開発会社広報ミズカさんからは、「刺客とトラックに気を付けろ」的な謎警告まで受けてるし(実際出てきたのはトラックじゃなくてドラゴンだったけど!)。
リアルとゲームの境界が、どんどん曖昧になっていってる感じがする。
だいたいゲーム世界に入り込んで、リアル化したその世界で、こうしてパンをかじってるとか、それ自体がもうファンタジーというか、どうなってんのこれ? っていう状況だし。
そもそもどうして熱中症で死んだはずのトーヤ──歳矢が、ここで魔王皇帝なんてやってるの?
ああいや、彼が「魔王皇帝」になるのはまだ先だったけか?
それとももう先の魔王帝──ルースルーグだっけ? を倒して、彼がその座に就ている世界?
感覚的には、先の序章からそれほど話は進んでないようだけど。
──あーだめだめ!
この段階でいくら考えても始まらない。
「わたし」はいったん頭を劇中の「ユナキ」へと切り替える。
「聖王都での話はもういいので、仕事の話の続きをお願いします」
一時停止していた時が流れ始めたかのように、ユナキが言った。
クロウくんは、そんな彼女にうんと頷いて、
「仕事の期間は不定期。ぶっちゃけきみ次第。ただきみと一緒にいる間は、ギルドから定期的に給金が出る」
「前金もたっぷり。あんたがこんなところに泊まっていなきゃ、宮殿街の御殿に転がり込んで、今頃はこんなパンじゃなく、テーブルいっぱいのご馳走にかぶりついてたとこだ!」
一斤はあるパンの塊にそのままかぶりつきながら、グゲンさん。
「御殿なんていって、要は娼館付きの歓楽宿でしょが」
すでに滴り落ちそうな激辛ペーストの上に、さらに真っ黄色な何か(辛いんだろなやっぱり)を塗り重ねながら、ナナセちゃん。
グゲンさんはふふん、と鼻で笑って、
「いらんとこで潔癖だからな、我が愛しきデミエルフの乙女は」
「また殺されたい?」
「おうとも! 何度でも蘇ってやるさ!」
がたん、と椅子を揺らせて立ち上がる二人。
「はいはいやめやめ! 仕事の話の途中だぞー!」
さすがに手のパンを置いて、クロウくん。
「そんな醜態で、彼女に断られたらどうする? わざわざ帝都くんだりまで来て、手ぶらで帰る気か?」
お互い睨み合っていた二人は、最後にはつん! と同時に顔をそらせて再び席に着く。
「……というわけで、まあ、断るなら今のうち、かもね」
肩をすくめて苦笑いするクロウくんに、ユナキもちょっと笑顔を浮かべて、
「いえ、いいです。はい。あなたたちにお願いします」
そもそもこの三人は、がるどあの公式サイトのキャラ紹介も載っている主要メンバー。
信用する、しない以前に、この彼らがいなくては「物語」は進まない。
そうい意味では、これ以上身元の確かな連中もいない。
「よかった。じゃあ改めて、これをみんなに配っておこうか」
クロウくんが懐から布製の小袋を出した。
書面の上でその紐をほどいてひっくり返す。
ころんと転がり出たのは、三つの指輪。
銀色のリング。
幅広の腕部には、細かく彫り込まれた精緻な意匠。
そしてその真ん中には黒光りする楕円形の石が嵌まってる。
それは──
ユキナは思わず自分の右手薬指のそれと見比べる。
「がるどあ周年記念のリング──!?」
次回予告!
またもや出て来た「がるどあリング」!
一応「仲間」の証らしいけど?
と、ここでナナセの短剣が──!?
問題解決の鍵は帝都中央、帝星宮にあり?
でもそこにいたのは──え、ユキくん?
──って、本当にそこまで話が
進むのか(^^;!?
(その意味で)ハラハラドキドキの
次回を待て!




